オリエント公爵城
違和感のある対応ではあったが、リリスは無事にオリエントの城へと入ることができた。
しかも、公爵自ら出向いてリリスの案内までする形になっている。もしかして、リリスが帝都の神殿で最高聖女だったことを知っていての対応かと思ったが、それにしては先を歩く公爵はただ前に進むだけでリリスに声を掛けようとはしない。突然訪れた聖女をとりあえず城の中に入れただけかもしれない。
疑問はあるが下手に質問して追い出されても困るので、今は大人しくついて行くことにする。
「こちらの部屋にどうぞ」
公爵の隣を歩いていた男性が一つの扉を示した。公爵もその部屋に入り、男性に促されて部屋へと入った。部屋に入ろうとした時に男性の鋭い視線を受けたが気にしないことにする。
やはり、何かを疑われているのだろう。
公爵がソファに座り、リリスはテーブルを挟んだ向かいのソファに座った。
リリスを睨んでいた男性は公爵の後ろに立って座るつもりがないようだった。
「改めまして、聖女のリリン=サフィアといいます」
リリスはあえて本名を名乗らなかった。ここに来たのは最高聖女を剥奪されて行く当てもなかったリリスが、一度も訪れたことのない北部に興味を持ったからだ。交流がなかったため、リリス自身オリエント公爵がどんな人なのか全く知らない状態ではあったが、相手もリリスのことをどこまで知っているかわからない。最高聖女だったと気が付かれると大騒ぎになりそうだったし、もうすでに最高聖女ではなくなっているため、聖女ではあるけれどリリスの名前も伏せることにした。
サフィアは孤児院にいた時にお世話になった先生からもらうことにした。リリスのアスクベルも孤児院を出て聖女として神殿へ行くときに、その先生がつけてくれた性だった。
懐かしさを感じていると、向かい合って座っているオリエント公爵が口を開いた。
「オリエント公爵家当主、ロベルト=オリエントだと名乗っておいた方がいいだろう」
そう言われて、改めて目の前の人が北部一帯を統治し、さらに北からやってくる魔物から国を守っている絶対的な守護者と言っていい人なのだと確認することになった。
一度も顔を合わせたことがなかったが、リリスとそれほど年が変わらないように見える。帝国でも珍しい銀髪に青い瞳はどこか冷たい印象を与えていた。全体的に整った顔立ちをしているが、射抜くような視線が人を寄せ付けないようにしているようにも見える。
「それで、こんな北の地にやってきて、わざわざ私に会いたいと言ってきた理由を聞こうじゃないか」
どこかリリスを突き放すような声色をしていた。だが、ここでリリスも臆するわけにはいかない。ここでダメなら別の領地に行くしかなくなるが、できれば北部に身を置きたかった。
一度も訪れたことがなくリリスの顔を全く知らない貴族はもしかしたらオリエント公爵だけかもしれない。最高聖女を剥奪されて神殿を追放されたが、どこの領地に行っても門前払いするように国が手を回していた場合、リリスがこの国で生活していくことはできなくなるだろう。そうならないためにもリリスを知らない北部に身を寄せたいと考えた。一度も訪れたことがないからという好奇心も北部行きを決めた理由でもある。それに、ここは魔物が出没する。国最強と謡われているが、被害が出ていないわけではないはずだ。
ここでならリリスの力を受け入れてもらえるかもしれない。そんな気持ちもあるのだ。
「私は帝都の神殿に在籍していましたが、その神殿を出ることになりました。聖女と名乗りましたが、正確にはみなし聖女という立場になっています」
聖女は聖力を使いこなせる女性で、神殿に在籍している者たちを示す。それ以外にも力を保有しているが神殿に在籍しなかったり、できない者たちをみなし聖女として分類していた。リリスは最高聖女であったが、その地位を引きずり降ろされ、聖女として神殿に残ることもできなかった。
力はそのまま残っているので、今はみなし聖女という立場になっていた。
「神殿に入れば、保護下になり生活面は不自由がないと聞いたことがあった。それなのに、その神殿を出たのか」
「いろいろありまして」
正確には追い出されたのだが、そこの説明をするといろいろと複雑になりそうだったので省くことにした。
「いろいろとは?」
だが、ロベルトはそれでは許してくれなかった。鋭い視線を向けてリリスの真意を探っているように思えた。
「・・・他の聖女を虐めていたから、お前には聖女の資格がないと言われて追い出されました」
嘘ではないが、最高聖女であることと、婚約破棄されたことは伏せることにする。
「聖女を虐めていた?」
「あくまでも向こう側の判断です。私は一切誓って、そんなことをしていません」
これは本当のことだったのではっきりと答えた。それが相手に伝わるかどうかはわからない。
まっすぐにロベルトを見ると、彼は不思議そうに首を傾げた。
「神殿内で聖女同士そんなくだらないことをするのか」
「私はしていませんし、虐めの話など聞いたことがありません」
リリス以外で聖女同士のいじめがあった事など聞いたことがなかった。皆お互いに自分の仕事をこなし日々神殿で生活している。大変なこともあるが他の聖女や神官たちに補佐してもらってリリスも最高聖女という仕事をこなしていたのだ。
「私は孤児院出身です。聖力が強かったこともあり貴族出身の聖女たちから疎まれることはありました」
それでも手を出すようなことをする聖女はいなかった。それなのに、シーリアは伯爵家の出身で、最高聖女の称号と皇族と婚約をしている孤児のリリスが許せなかったのだろう。
「聖女を虐めたということで、私は神殿を追放されることになりました」
「他の聖女を虐めただけで?」
神殿から追放となると、重い犯罪でも起こさなければ追い出されるまではいかないと考えたようだ。リリスも神殿から追放されるほどではないと思ったが、リリスが最高聖女であったことも影響したのか、それともシーリアはリリスが神殿に残れるようにと、自分の仕事を引き受ける存在としてこき使うつもりでいたのかもしれない。
だが、リリスは神殿に残るという選択肢を切り捨てた。
「私が孤児だというのが一番の原因かもしれません」
最高聖女であったこと、第3皇子と婚約していたことは伏せておきたかった。だからこそ孤児が原因だと押し切るしかリリスにはできなかった。これ以上追及されたら引き下がるしかないだろう。
そんなことを考えてロベルトを窺うように見ると、彼は少し何かを考えるそぶりを見せてから口を開いた。
「追い出されたことはわかった。それで、君がここへ来た理由を聞こう」
話が本筋からそれてしまっていたので、ロベルトが戻してくれた。リリスが神殿を追放されたことは理解してくれたのか、とりあえず放置することにしたのかはわからなかった。
「私には帰る場所がありませんので、一度も行ったことがない北部に行ってみようと考えました」
神殿を追放されたことで得た自由。リリスはこれまでに最高聖女として地方へ行くことはあまりなかった。帝都を守るのが基本であり、地方の貴族がリリスに会いに来ることの方が多かった。ただ、北部のオリエント公爵だけは一度も会ったことがなく、オリエン領に関する情報もあまりなかった。北からの魔物の侵入を防いでいるこの国で最強と呼ばれる武力を持っているという話だけは聞いていた。神殿に聖女派遣の要請もされたことがない。どんなところなのか、公爵がどんな人なのか、今なら自分で確かめることができると思い来てみたのだ。
「来たのはいいですけど、懐事情もありますし、せっかく聖力を持っているので、みなし聖女ではありますが、ここで働かせてもらえないかと思っています」
荷物は少ない。最高聖女をしていてもほとんどが神殿からの支給品だった。自分で自由に使える資金はあまりなかったため、手持ちも少ない。働かないと生きていけないことをリリスも理解していた。
「・・・どれくらいの力を持っている?」
前向きな返答だと思えた。力を示せれば働き口を確保できる。
「ある程度のことはできます。怪我の治療に、薬の知識もあります。結界は・・・」
張れないことはないだろうが、帝都の神殿のように媒体石がないと範囲は狭く弱いものになってしまうだろう。
「結界までは期待していない。ある程度の怪我人の治療ができるのなら治療専門でいい」
ロベルトはリリスが最高聖女であることを知らないので、結界を張るなんて大変なことはできないと考えたようだった。
「こちらとしては魔物との戦いで怪我人が出る。それの治療役がいてくれることはありがたい」
「ロベルト様」
後ろに控えている男性が何か言いたそうにロベルトの名を呼んだが、彼が振り返ることはなった。それがロベルトの判断だと悟ったのだろう。男性は複雑な表情をロベルトに向けた後に、なぜかリリスを睨むように視線を向けてきた。どうしてここまで嫌われているのかわからない。
「公爵家で君を受け入れよう。部屋を与えるから、明日から働いてもらう。詳細については契約書を作って対応しよう。エジェス、あとのことを頼む」
「・・・承知しました」
あまり納得できていない様子ではあるが、エジェスと呼ばれた男性は頷いた。
これでリリスは公爵家で働くことができる。しばらくの生活に困ることはないだろう。
初めて来た北部ではあるが、何とか生きていけそうだ。心の中で安心しながら、明日からのことを考えてリリスは息をついた。
「よろしくお願いします」




