聖女訪問
執務室で仕事をしていたロベルト=オリエントは、補佐のエジェスが部屋に入ってきて淡々と話す内容に一瞬耳を疑うことになった。
「聖女だと名乗る女が城門前にいます」
「は?」
聖女という単語に何を言っているのかと思った。この領地で聖女など存在しないと言っていい。
その聖女だと名乗る女は頭でもおかしいのではないかと思うしかなかった。
「公爵様にお会いしたいと言っているようですが、門番が事前の申し込みがないことと、聖女ということを疑って、今門の前に待機するように言っています。その自称聖女ですが、なぜか大人しく待っています」
待っていろと言われて大人しく待っていること自体どうなのかと思う。
「門番がその女を聖女かどうか疑っている理由は?」
聖女だと言っているからという理由だけで疑っているようには思えなかった。
「聖女であるなら神殿から配布されている制服を着ているはずです。それに、たった1人で来ていることも気になります」
神殿から派遣されたのであれば、聖女以外に補佐の神官がいるはずだ。1人で聖女を行かせるはずがない。それに、ロベルトは聖女派遣の依頼を神殿に要請していなかった。
明らかに怪しい。
少し考えてからロベルトは椅子から立ち上がった。
「どんな女かこの目で確かめてみるか」
何が目的なのかわからないため、自分の目で確かめるべきだと考えて、エジェスとともに城門へと向かうことにした。
「本当にいるな」
城門へと向かう途中、昼間は開けている門から、門番の前で静かに佇む女性がいるのが見えた。
今は春だが北部の春は寒いと表現してもいい気候だ。昼間だから問題ないだろうが、日が沈むと気温が下がってしまい、明らかに薄着だと言えるローブをまとっていた。北部の環境を全く知らない人だということが一目でわかってしまう。聖女だと言っていたそうだが、神殿から支給される白を基調としたローブも身に着けていない。普通の街娘と言っても問題ない恰好に見えた。
門番の前で平然と待っていられることから世間知らずなのかもしれない。
ただ、近づくにつれて女性の顔立ちが綺麗の部類に入ることもわかった。あの顔で男にすり寄れば何でも願いを聞いてくれるとでも思っているのかもしれない。質の悪い女だった場合は即刻追い出さなければ。
勝手な想像だったが、無性に腹が立ってしまった。
不意に女性がロベルトに視線を向けた。近づいてくる男2人に気が付いたようだった。しかし、彼女はロベルトと視線が合ってもきょとんとした顔をしている。
もしかすると、ロベルトが公爵であることを知らないのかもしれない。そう考えると、やはり世間知らずなお嬢様のように思えた。
門番がこちらに気が付いて軽く会釈をする。
「私に会いたいと、聖女だと名乗る者が来たと聞いたが」
「はい。この女性が公爵様にお会いしたいと言って、自分は聖女だとも言っています」
わかっていたが門番に質問すると、門番は明らかに不愉快そうに女を見ながら答えた。
聖女という単語がこの公爵家では悪い印象しかない。そのことを目の前の女は理解していないようで、静かにロベルトに視線を向けていた。そこに敵意はないが、こちらはいつでも敵意を向けられる感情を持っているのだ。
「君が聖女だと名乗って、私に会いたいと言ってきたのか」
何の反応も示さないため、ロベルトから声をかけることにした。
「はい。聖女リリン=サフィアといいます」
まっすぐこちらを見つめたままリリンと名乗った。公爵であるロベルトになにも臆することのない態度に違和感を覚える。聖女とはいえ、高位貴族である公爵家の当主に対して対等な態度を取っていることは、他の誰もがおかしいと思うはずだ。
門番も一緒についてきたエジェスも戸惑った顔をしている。
明らかにおかしな態度のリリンだが、ロベルトに対して敵意はない。
「あの・・・」
他の者たちの態度から何かを察したのか、首を傾げて困った表情になった。
「聖女として公爵城で雇ってもらえないかと思ってきたのですが・・・」
「は?」
ロベルトよりも先にエジェスが驚きと不快感が混ざった声を出していた。
一体この女は何を言っているのか理解できないのだろう。ロベルトも同じ気持ちだが、態度にそれを示すことはしなかった。
「公爵領には聖女が派遣されていないと聞きました。私の力が役に立つと思ったのですが・・・あまり歓迎されていない様子ですね」
エジェスの態度で拒否されていることを悟ったのだろう。リリンはそれでもなぜ拒否されているのかわからない様子だ。ただ、無理強いをするつもりもないようだ。
どこか落ち着いていて、まとっている雰囲気も穏やかな不思議な女性だと思えた。
「とりあえず、詳しい話を聞きたい」
ロベルトはそう言って公爵城へとリリンを招き入れることにした。何が目的なのかより詳しいことを探りたいという考えもあった。
「ロベルト様」
エジェスは今にも追い返したい気持ちなのだろう。だが、ロベルトが迎え入れると判断したので、それ以上何も言わずに従ってくれた。だが、リリンを睨むような視線だけはやめるつもりがないようだった。
とりあえず、謎過ぎるリリンを迎えて、ロベルトは城へと戻ることにした。




