向かうは好奇心のままに
揺れる馬車にお尻の痛みを感じて、庶民が使う馬車と聖女が使う馬車の違いを実感するリリスだ。しかも人数制限というのがないのか、乗れるだけ人を乗せているようで、隣の人と肩がぶつかりそうなことに気を使ってしまう。
それでもリリスはこの馬車に乗ったことを後悔していなかった。
「もうすぐ公爵領ですよ」
そんな声が馬車の先頭から聞こえてきた。目的地が近づいたことにほっとしながら、あと少しお尻の痛みを我慢すればいいと自分に言い聞かせて揺れる馬車に乗ることになった。
やがて目的地の街に到着すると、リリスは固まっていた筋肉をほぐしてから、目の前の光景に目を向けた。
「ここがオリエント公爵領」
帝国の北部に位置するオリエント領地は冬には雪が降る。今は春なので雪解けも終わり緑が生い茂っていた。さらに北には魔物が住み着いている草原と山があるため、オリエント領地はずっと魔物の恐怖と戦いながら生きていく土地なのだ。
「無事に到着したことだし、働き口を探さないといけないわね」
リリスができることは聖女として傷を癒したり、結界を維持することだった。魔物と戦っているのだから怪我をする人間はいるはずだ。それを癒せる存在として雇ってもらえれば生活していくことはできるように思っていた。
行ったことのない土地に行ってみようと行動したが、そこでの生活のことも考えているつもりだった。とはいえ、孤児院での生活と神殿での生活しか経験したことがないリリスは漠然とした考えでここまで来ていた。
王都の孤児院で生活し、聖女としての力を見出してもらってからは神殿で過ごすことが多く、時々視察という名目で外に出ていた以外、外での生活に関する情報を持っていないのだ。
オリエント領主が住んでいる街は魔物との戦いに備えて砦のようになっている。街全体を高い塀で囲んでいるため、外と街の中が別世界であるかのような錯覚を覚えていた。
大きな門を潜って街の中に入ってからリリスは馬車から降りることになり、そこからは自由だ。一緒に馬車に乗っていた人たちは、それぞれの目的の場所へと荷物を抱えて歩き始めていた。
リリスも目的の場所を決めていたので、荷物を抱えて歩き出した。
「やっぱり、公爵様に会っておくべきよね」
オリエント公爵は街の中心にある大きな城に住んでいる。目的の場所は街のどこにいてもわかるくらい大きかった。普通の貴族が住んでいる場所は大きさこそ違いはあるが邸宅と呼べるものだ。だが、ここでは魔物との戦いを意識しているのか頑丈な要塞と表現してもよさそうな城なのだ。
目印が目立ってくれているので、迷うことなく進むことができた。
街の中を歩いていると、商業地域に出たようで、途切れることなくいろいろな店が並んでいる。
「わぁ」
神殿にいた頃は街で買い物を楽しむという発想がなかったため、リリスは並べられている商品に目を輝かせながら見ていく。目的が城なのでそれを忘れることなく歩きながらもどんな物があるのかチェックすることも忘れない。
「もう春だけど、まだ厚着の服があるのね」
神殿にいた時は支給された制服だったし、帝都は春になればどんどん薄着になっていた。厚着の服など必要なかったが、ここではそうはいかないようだ。神殿を出た時に制服は置いてきた。普段着があるとはいえ、目の前で見ている服の方が明らかに暖かかそうだった。
「私の服だと、ここで過ごせないかも」
北部の知識が乏しいことを実感させられてしまった。
「とにかく、お城に行きましょう」
まずは城で領主に会う。リリスは神殿を追われても聖女としての力はそのままだ。その力を生かしてここで暮らしていけたらと考えている。まずは領主に自分の存在を知ってもらわなければいけないだろう。
今は春のコートで寒さを感じていないが、この後どうなるかわからない。早めに城に行こうと決めてリリスは街の中心に見える城へと歩みを進めることになった。
この時のリリスは公爵領で聖女がどういう認識だったのか知る由もなかった。




