プロローグ
「リリス=アスクベル。お前は自分が最高聖女ということを理由に他の聖女を見下し、力の強いシーリアを邪魔するように虐めていた。よって、君との婚約を解消し、最高聖女としての称号も剥奪する」
そう宣言するデンベルグ帝国の第3皇子でありリリスの婚約者であるジェイク=デンベルグの言葉を、リリスは何の感情も生まれることなくただ聞いていた。
2人の婚約は国が決めたことであって、リリスもジェイクも自分の意思がなかった。そして、2人の間に愛情というものも存在していなかった。婚約者ということで少しは親しくなるべきかと思っていたが、相手のジェイクは孤児院出身のリリスに対して嫌悪している様子を見せ、まともな会話をしたことなどなかった。リリスも神殿での仕事を優先していたため会う機会もほとんどなく、ジェイクのことを放っておくような形になってしまっていた。嫌っているリリスにジェイクが会いに来ることなど当然のようにない。だが、神殿には何度も足を運んでいることは報告を受けていた。
それがジェイクの隣でか弱そうなふりをして寄りかかっているシーリアに会いに来ているのだと知ったのは最近のことだった。
だが、リリスは特に気にしていなかったのだが、まさかリリスを陥れる計画を立てているとは考えていなかった。
「言い訳は聞きたくない。シーリアからお前の悪行は報告を受けている」
リリスとジェイクの婚約は国が決めたこと、リリスが他の聖女を虐めていると適当な嘘を言っていたとしても、そんな簡単に婚約破棄などできるはずがない。それなのに、ジェイクは何を考えているのかシーリアの話だけを真実として、リリスとの婚約を破棄すると宣言しているのだ。
「頭大丈夫かしら」
その呟きは誰にも聞こえなかったようだった。
ジェイクは気にすることなく話を進めようとする。
「他の聖女を虐めるなど、神殿の頂点に立つ最高聖女としてあるまじき行為。こんな女がいては神殿の威厳も保てないだろう。他の聖女を虐めていた罰として最高聖女の称号をはく奪し、神殿からも追放処分にする」
なんだか自分に酔いしれているような言い方に感じられた。自分の言っていることがすべて正しいのだと主張しているように聞こえるが、リリスは他の聖女を虐めていないし、シーリアに何か良からぬことをした覚えもなかった。そもそも最高聖女という仕事をしていて、そんな暇などない。
「よろしいでしょうか」
軽く手を挙げてリリスが口を開いた。そこに何の感情もなかった。事実確認をしておきたかっただけだ。
「私が他の聖女を虐めていたという確固たる証拠がありますか?」
「そんなもの。大勢の聖女が証言している」
「では、婚約破棄は皇帝陛下の許可が下りているのでしょうか?」
国が決めた婚約。リリスは事前に何も聞かされていない。
「陛下の許可などなくても皇子である俺が宣言しているのだから問題ない」
問題大ありだということがわかった。
「最後に、私が神殿を追放された後はどうするおつもりですか?」
リリスが持っている最高聖女という称号は建前だけのものではない。最高聖女には重い使命が託されている。
「そんなこと、あなたが心配することではないわ。もちろん力の強いわたくしが最高聖女となって神殿を支えていくつもりだから何も問題ないわ」
今までか弱いふりをしていたシーリアが、急に勝ち誇ったように言ってきた。だが、リリスはシーリアの実力を知っている。とてもではないが最高聖女としての務めを果たせるとは思えなかった。だが、ここで指摘すると激昂されて、余計にこじれそうな気がして口を閉ざした。
この先どうするべきか周りを見回してみたが、下級の聖女たちは何も言えないようでリリスとは視線を合わせない。補佐となる神官たちも我関せずといった態度だ。
ここは神殿の大広間。突然やってきたジェイクに呼び出されて、仕事の合間に来たらちょうど広間にいた聖女や神官たちを巻き込んでの芝居が始まったのだ。
リリスを陥れるための芝居。それに対して周囲は何も言えないか関係なとばかりに無視することにしたらしい。リリスの見方はここにはいないようだった。
リリスにどれだけ力があっても孤児ということが彼らが助けようとしない理由になっている1つなのだろう。
「まぁ、あなたがどうしても懇願するのなら、最高聖女は降りてもらうことになるけれど、わたくしの補佐として神殿に残れるように取り計らってあげてもいいわよ」
その発言でシーリアが最高聖女という称号だけを手に入れたいということがわかった。
皇子はリリスとの婚約破棄さえできればいいのかもしれない。そのあと、何か理由をつけてシーリアと婚約しようとしているかもしれないが、そんなことはリリスの知ったことではない。
「わかりました」
「あら、素直じゃない。わたくしの補佐として神殿に残れる」
「私はここを出ていきます。お世話になりました」
それだけ言って踵を返した。決して振り返ることをしないのは、神殿との決別を意味していたのだが、周囲の人間がどれくらい理解していたかはわからない。
「ちょ、ちょっと」
「本当に出ていくのか」
驚いた2人の声が聞こえてきたが、追放宣言したのは皇子の方だ。出ていくことでせいせいしていてほしいものだった。
もう関係ないと言わんばかりにリリスは断罪劇が繰り広げられた大広間を出ていった。
できるだけ速足で自室へと向かう。特に持っていく荷物はないのだが、大事なものが数点あったのでそれだけ持ってすぐに神殿を出ていくことを考えながら足を動かした。
「もうここにいる必要がないのね」
考えるとこの場所に未練がない。孤児院で生活していたリリスが強い聖力を持っていることが判明し神殿に引き取られてから、ひたすら聖女としての修行に明け暮れた。力の強さから最高聖女まで上り詰めたが、剥奪されたことに悔しさが湧かない。
それよりもこれから自由なのだと考えると、心が軽くなるような気がした。
それがリリスの表情に少しだけ出ていたことを本人も周囲も知ることはなかった。




