媒体石
先を歩くダミアンの背中を見つめていると、なんだか怒っているような気がするリリスだ。それを確認する勇気がなかったのは、声をかけると言葉のものすごい反撃を食らいそうな気がしたからだ。
静かについて行くという選択肢をしたリリスだったが、ダミアンの歩くスピードが速いため小走りになりながらついて行くのがやっとになっていた。
「リーレイ卿」
待ってほしいと声をかけるべきか悩んでいると、前からダミアンに声をかける者がいた。
「エジェスか」
ロベルトの補佐をしているエジェスが不思議そうにこちらを見ながら歩いてくるところだった。
「どうしました?」
ダミアンも予定通りなら魔物討伐に行っているはずなのに、リリスと一緒にいることが不思議だったのだろう。
「彼女にクリスタルを見せることになって」
ダミアンが訓練場でリリスが提案した経緯を話していく。ロベルトの許可を得ていることも説明していくと、エジェスは話を聞いていくにつれて眉間にしわが寄っていくのがわかった。
「あなたは何を言い出したのかわかっているのですか?」
話を聞き終えるとエジェスが詰め寄るようにリリスの前に立った。
「魔物が攻めてきている状況で、できるかもわからない結界をいきなりやると言い出して、我々を混乱させるつもりか?」
完全に怒っている。だが、リリスは動じることはなかった。
「私は自分にできることをしようと思ったまでです」
リリスは帝都の神殿で最高聖女を務めていた。帝都を守る結界を維持するというのは最高聖女の仕事だ。結界に関しての知識と技術も身に着けていなければいけない。
「結界を作るためには媒体石となるクリスタルが必要です。どんな状態か確認したうえで、街を守れる結界を作りたいと思っています」
リリス一人ですべてができるわけではない。必ず媒体石となるクリスタルが必要だ。聖力を吸収し増幅してくれる重要な鉱石。魔法士たちが使う魔法石は魔石になるが、聖女たちが扱うのはクリスタルになる。貴重なもので大きい物ならそう簡単に手に入らない代物だった。
「ここにクリスタルがあるのなら、結界を張れる可能性が高いです」
大きさや状態によっては結界をどれほど大きく強固なものにできるのかわからないが、リリスなら魔物と戦えない住民を守れると思った。
「本当にできるのか?」
リリスのはっきりとした受け答えに何かを感じたのか、疑いながらもエジェスはゆっくりとリリスの前から避けた。可能なら結界を作ってほしいという気持ちが彼の怒りを削いでくれたのかもしれない。
「行きましょう」
それだけ言うとリリスはダミアンを促した。少し戸惑いながらもダミアンは無言で歩き出した。その後ろをリリスがついて行くと、なぜかエジェスもついてきた。自分の目で確かめようと思ったのかもしれない。彼がついてきても邪魔をしなければ問題ないので、リリスは何も言うことなくダミアンについて行くことにした。
「ここが宝物庫になる」
大きな扉は重厚で、大事な物を保管していることが窺えた。
ダミアンが鍵で開けると重厚な扉を開けてくれた。彼だから簡単に開けたように見えたが、おそらくリリスが開けようとすると相当な力が必要な気がする。そんな扉を潜って中に入った。
「わぁ」
中を見てリリスは自然と声が漏れた。整然と置かれている物はどれも貴重な品なのか丁寧に保管されていることが窺える光景が広がっていたのだ。
小さなものは台座に置かれ、ガラスのケースを被せてあるものもあった。武具などもあるが綺麗に飾られていて、博物館に来た気分になる。
「クリスタルは一番奥にある」
ダミアンが先に進んでいくのでリリスは他の宝物を見ている暇がなく後を追うことになった。
一番奥にあるというクリスタル。神殿で見ていた光輝く大きなクリスタルを見ていたリリスにとって、他のクリスタルも大きさは違っても綺麗なのだろうと思っていた。
「これがクリスタルになる」
「あら?」
そんなリリスの前にダミアンが案内してくれた場所には、長い台座に8つの手のひらより少し大きいクリスタルがあった。ただ、想像していた物と違い、クリスタルはくすんでいて光り輝くものではないことにリリスは内心驚くことになった。
「これが・・・」
クリスタルだと言われなければ、くすんでいる大きいガラスの塊のようにも見えていたかもしれない。
「触ってもいいですか?」
「触れたところで何も反応しないだろう。ここにあるのは寿命がきているクリスタルなのだから」
リリスの問いかけにエジェスが答えた。
「ずっと昔に抱えるほどの大きさのクリスタルだったらしいですが、何かのきっかけで8つに割れてしまったと聞いています。そこからは光を失いここに保管されたままになっているとか」
もっと大きかったクリスタルが光を放っていた頃はオリエントにも結界があったという。だが、何がきっかけだったのかわからないが、突然割れてしまい今の状態になってしまった。そこから結界が消えうせ、オリエントは魔物の脅威と戦いながら領土を守り、国を守ってきているのだ。
「均等に割れていますね」
話を聞きながらリリスはクリスタルを手に取った。どれも同じ大きさで、故意に外から割ったとは思えない物だった。
「こんなもので本当に結界が張れるのか?」
リリスがしばらくクリスタルを見ていると、後ろから覗き込むようにダミアンが問いかけてくる。彼は結界など無理だと決めつけているのだろう。
「・・・これなら、弱いながらも結界はできると思います」
そんな中でリリスは他のクリスタルも確認してから、確信をもって言葉にした。
「え?」
「そんなことが可能なのか?」
後ろにいる2人が信じられなくて声を上げたが、リリスは気にすることなくクリスタルの一つを持ち上げた。
「このクリスタルたちは生きていますよ」
そう言って聖力を流すと、クリスタルがわずかに光を帯びた。
ピンク色の光は神殿にある黄金に光るクリスタルとは違ったが、これがこのクリスタルの特徴なのだろうとリリスは理解してさらに聖力を流していく。すると光がどんどん強くなっていき、それと同時に他のクリスタルもほのかに光始める。
「もともと1つの石だったから、他にも反応を示すのね。これなら文献で読んだ方法が使えるわね」
納得するリリスに対して、男2人は唖然としたように光を放ち始めたクリスタルを見つめることしかできなかった。
「ここに街全体がわかる地図はありますか?」
「古い物なら保管されているはずだ。街の全体像を知るだけなら今の状態と変わりない」
リリスが声をかけるとエジェスがハッとしたように答えた。
「地図を見せてください。それから人手が必要になるので、騎士を貸してほしいです」
「何をする気だ?」
リリスの説明にダミアンが不思議そうに首を傾げた。
「これから結界を張ります。そのための準備が必要ですので、ご協力をお願いします」
リリスには考えがあった。帝都の神殿のように大きな1つのクリスタルで結界を張れたらよかったのだが、ここにあるのは小さな8つのクリスタル。それでもうまく利用すれば結界を作ることができることを知っていた。それを実行するためにはリリス1人では時間がかかってしまう。
「魔物討伐はできませんけれど、戦えない街の人たちだけでも守ります」
そう宣言すると、何かを感じ取ったのかダミアンは静かに頷いた。
「あなたたちの力を発揮してもらうわよ」
リリスはクリスタルを振り返ると、それに反応するようにクリスタルが光を強めたような気がした。




