リリスの提案
「公爵様」
その声にロベルトは驚きと煩わしさを感じながら振り返った。
なぜかこの場にいたリリン。その姿を認識したときは正直驚いた。ここへ来て初めての魔物討伐の現状に戸惑いながら訓練場へ来てしまったのかと思ったが、無表情でロベルトを見返している態度から違うとすぐに判断した。本当はリリスも視線が合ったことに驚いていたのだが、彼女の表情が乏しいことで勘違いをしたのだ。
ロベルトは興味本位で顔を見せたか、何かの偵察の可能性も頭の隅に意識した。
振り返った先にいたリリンはやはり表情が動くことはなく、静かにロベルトを見つめていた。
「なにか?」
なぜ声をかけてきたのかわからず聞き返すと、リリンは慌てることもなく落ち着いて口を開いた。
「これから魔物討伐が始まりますが、この街には結界を張るつもりはありませんか?」
「・・・は?」
一瞬何を言われたのかわからなかった。結界は帝都を守るために神殿に所属する聖女が施すものだ。帝国内でも数えるほどしか街を守るための結界は存在しない。もちろんオリエントに結界など存在しない。魔物の襲撃を考えれば帝都よりもここに結界を施して魔物の侵入を防ぐことがいい。だが、帝都に住む皇帝や神殿の誰もがオリエントに結界を施そうとはしない。協力などしてくれるはずがなかった。
その結界を張らないのかと問われて、当たり前のように話す目の前の聖女に一瞬怒りさえ覚えてしまった。
怒りに任せて言い返してしまいそうになったロベルトだったが、まっすぐに見つめて答えを待っているリリンを見て、その怒りが急激に萎んでいくのもわかった。
彼女はただ疑問に思ったことを口にしただけ。そこに悪意も善意もないように思えたのだ。
「一体何を言っている?」
思っていた以上に冷静な声が出た。すると、リリンは少し考えてから口を開いた。
「ここには結界を張るための媒体石はありませんか?」
結界を張るためには聖女の力が必要になるが、出来上がった結界を維持し続けるためには、聖力を増幅させて安定させておくクリスタルと呼ばれる媒体石が必要不可欠だと聞いたことがあった。
実際に見たことはなかったが、結界を施すためには媒体石は必要になるという知識だけが持っていた。
「何をするつもりだ?」
リリンの質問から予想できることはあったが、まさかという気持ちの方が大きくて質問で返してしまった。
「可能であれば街に結界を張りたいのです」
予想した言葉が出てきたことに驚いてしまう。
「結界を、張れるのか?」
聖女が結界を張れることは理解しているが、それはどの聖女でもできるというわけではない。
聖力が多く、結界を張れるだけの技術も必要だと聞いたことがあった。それを表情を変えることないリリンが結界を張ると言い放ったのだ。
確認するように聞き返してしまったが、彼女は動じる様子がなく頷いた。
「媒体石になるクリスタルがあれば、強度や範囲もどれほどのものができるかわかりませんが、街を守る手段が必要だと思いました」
ここへ来て初めての魔物襲撃だというのに、リリンは状況を把握して自分が結界を張れることを主張してきた。帝都では魔物襲撃がほとんどないはずなのに、彼女はどこかで経験を積んできているのかもしれない。
そう考えた瞬間、不思議とリリンに対する不信感がロベルトの中から薄れていくのがわかった。
「ダミアン」
ロベルトの近くには騎士団長のキリアスと副騎士団長のダミアンがいる。2人ともリリンとの会話を聞いていたが、彼女の発言に不信感を持っているような気がした。彼らにロベルトの考えを押し付けることはできない。それでも、ロベルトが命じれば従ってくれるだろう。
「彼女を宝物庫へ案内してくれ」
「・・・・・はい」
抵抗があるのだろう。少し間を開けてからダミアンが返事をした。
もしもリリスが妙な動きをすればすぐに動けるようにするだろう。そこは心得ているはずだ。
「こっちだ」
ダミアンにリリンがついて行く。その後ろ姿がなぜか頼もしく思えたのはロベルトの気のせいかもしれない。
「ロベルト様」
キリアスが声をかけてくるが、何を言いたいのかわかりきっていた。
「今は試す価値はあると思う」
そう言うとキリアスも反論できないようで黙ってしまった。
魔物襲撃の今、ロベルトたちは魔物討伐に街の外に出るが、すべての魔物を防げるとは限らない。街に侵入してしまうと負傷者が一気に増えてしまう。それを防げるかもしれないのだ。リリンの聖女としての力どれほどなのかわからなくても、可能性があるのなら試す価値はあると考えた。
「我々も行こう」
ここで論議している暇はない。魔物は待ってくれないのだ。
気を引き締め治して、ロベルトも魔物討伐への準備を始めるのだった。




