襲来
その音に、仕事も終わり自室で寛いでいたリリスは驚いて窓の外を見た。
夜の暗い空に、笛の音がこだましている。これが何を意味しているのか、リリスはわかっていなかったが、これが警鐘音だということは無意識に理解していた。
リリスはすぐに部屋を飛び出すと医務室に向かって走った。
廊下を走っていると、城で働く者たちが足早に移動していた。淡々と動いている者たちを見て、これはいつものことなのかもしれないと思えた。甲高い笛の音が何を意味しているのか理解し、皆が動くべき方向を知っている。
リリスはとにかく医務室へと向かった。
「ベルトさん」
部屋に入るとすでにベルトとルークがいて、何かを相談しているところだった。
「リリンさん、こちらに来てくれたんだね」
「笛の音が聞こえたので、何かあると思ってこちらで待機するべきかと思いました」
とにかく何かが起きていることだけはわかっていた。
「魔物が集団で現れたそうだ。夜ということで危険度が増している。我々はすぐに騎士団に向かう」
ここでは怪我人が出た時に手狭だということで、臨時で騎士団の訓練場を使うことになっていた。そこには臨時で雇われたみなし聖女が数名来ることになり、怪我人の対応をするという。
「どれくらいの怪我人が運ばれるのですか?」
前もって情報があれば教えてほしかった。
「状況によって様々だ。だが、夜の戦いは昼間より視界が悪いから怪我人が多くなる傾向だ」
リリスの問いかけにルークが答えた。魔物の襲撃は昼も夜も関係ないが、特に夜は視界が悪く怪我人が多くなる。
「覚悟しておいた方がいい」
怪我人が多いことを覚悟しろというのか、怪我がひどいことを覚悟しろと言っているのか、その両方だったのかもしれない。
ベルトとルークの手伝いをしながら一緒に騎士団へと向かいことになる。
足早に進んでいくと、すれ違うのは使用人よりも騎士たちが多くなっていく。そこでこれから魔物討伐が始まるのかと改めて実感することになった。
魔物の多い地域であり、そこで暮らしていくため騎士団も力をつけてきている。もしかすると帝都を守る騎士団よりも強いかもしれない。オリエントの騎士たちは強いのだと神殿にいた頃に聞いたことがあった。強いため、怪我人が少ないのか、聖女を派遣してほしいという要請を受けたことがなかったことを思い出した。聖女がいなくても、討伐時にはみなし聖女が動いてくれている。それで十分賄えているのなら、リリスが公爵に直談判して城で住み込みの生活をさせてもらえることは幸運だったのかもしれない。
「怪我人が運び込まれるまではここで待機になる」
医師が待機できるように部屋が用意されていた。訓練場に怪我人は運び込まれ始めたら移動し、治療を開始することになっていた。
「今は訓練場に騎士たちが集結して配置などの指示を受けているはずだ。それが終わって騎士たちがいなくなったら、我々の荷物を運び入れて受け入れ態勢を整える」
ベルトの説明に、リリスは今訓練場に多くの騎士たちがいることがわかった。
「あの、ベルトさん、訓練場を少し見に行ってもいいでしょうか?」
魔物討伐は初めてのことだ。リリスは自分の目でこれから戦いに向かう騎士たちの姿を見ておきたいと思った。帝都では魔物が出現することが稀だ。それに結界があるため帝都に侵入することもない。騎士団はあるが、魔物討伐で駆り出される姿など見たことがなかった。
「見るだけなら大丈夫だろうが、決して邪魔だけはしないようにね」
初めてのことということでベルトも許してくれたようだった。それに、怪我人が運び込まれれば悠長なことを言っていられる状況ではなくなる。
「ありがとうございます」
礼を言ってリリスは部屋を出た。少し歩けばすぐに訓練場になる。数日前に騎士のけがを治した場所なので、真新しさは感じなかったが、そこに集まっている騎士の数と気迫に、訓練場に足を踏み入れた瞬間リリスは息を飲んだ。
魔物討伐をするという気迫が騎士たち一人一人に溢れているのがわかる。その熱気で訓練場の気温が上がっているのではないかと思えるほどだ。
全員が準備を整えて整列している。誰かを待っているのは明白だった。
騎士団長の指示を待っているのかと思ったリリスだったが、一人の男性が姿を見せると、騎士たちが一斉に敬礼をした。
「公爵様」
そこに入ってきたのはロベルト=オリエントだった。その後ろをエジェスと副騎士団長のダミアン、それに黒髪に青い瞳の大柄の男性が続く。初めて見た男性だったが、それが騎士団長であることはすぐにわかった。
静寂に包まれる訓練場に騎士団長の声が響いた。
「全員集まっているな。これより各隊の配置を支持する。すぐに魔物に備えて移動するように」
前置きなどの挨拶はない。これが日常であり、余計な話をしている暇がないことが窺えた。
団長がそれぞれの隊を呼んで配置を言い渡していく。その後ろで静かに立っていたロベルトも鋭い視線を向けていたが、不意にリリスに視線が向いた。
「あ・・・」
視線が合ったことに驚くリリスだったが、それはロベルトも同じだったのか、一瞬驚いたような表情になった。だがすぐに鋭い視線を向ける厳しい表情に戻る。リリスが訓練場にいることが予想外だったのだろう。
リリスも少し気まずい気持ちになったが、騎士団の魔物討伐など経験がないので最後まで見ていたいという気持ちがあって、その場に留まり続けた。ロベルトも気にしないことにしたのか、すぐに視線を外した。
「では、それぞれの配置についてくれ。くれぐれも深追いはするな。健闘を祈る」
無事に戻って来いという騎士団長の声を最後に騎士たちが一斉に動き出した。
リリスはその光景を見ながら、不意にある考えが浮かんだ。
その考えは公爵であるロベルトに話をして確認を取らなければいけないことだった。
「言ってみる価値はあるわよね」
つぶやきを聞く者はいなかったが、リリスは自分の言葉に後押しを受けるように足を動かした。
騎士達が動き出した訓練場をリリスはロベルトに向かって歩き出したのだ。




