怪我人
「意外と遠いわね」
騎士団の訓練場に到着したリリスは医務室からの距離に、軽く息を切らせていた。
急いでいたこともあるが、訓練場は騒がしいことも多いため城の敷地内ではあるが、城から離れた北側にあった。
薬を抱えていたこともあって、余計に時間がかかったような気がする。
だが、訓練場に入るとすぐに怪我人の場所はわかった。訓練場の中央に人が群がっていたのだ。その中にベルトの姿を見つける。一人の騎士が土の上に横たわっていて、ベルトが処置をしているが、他の騎士たちは周囲を囲って見ているだけで、何も動きがなかった。
「しっかりしろよ」
「動かないほうが今はいいだろう」
「このままにはできないだろう。医務室に何とか運ばないと」
騎士達の会話が聞こえてくるが、リリスに気が付く者はいなかった。
「あの・・・」
リリスは薬を抱えたまま少しだけ声を張った。すると、騎士たちが一斉に振り返ってリリスを見る。機敏な動きと全員の視線を急に受けたことで腰が引けそうになったが、リリスは感情が表に出ないため、無表情の女性が立っているだけに騎士達には見えたことだろう。
「患者さんを診せてほしいのですが」
怪我ならリリスの出番だ。
「・・・・・誰だ?」
リリスと面識のなかった騎士の一人のつぶやきが聞こえると、誰もが顔を見合わせてリリスがこの場にいることを不思議そうに見ていた。誰もリリスが聖女であると認識していないのだ。
最初から説明をしなければいけないのか、その暇があったら怪我人を診せてほしいと思っていると、ベルトが気が付いて声を上げた。
「リリスさん、ちょうどよかった。怪我人がいるので治療をお願いしたい」
「はい」
怪我人は地面に横たわっていた。膝をついて怪我人の確認をするため、抱えていた薬を近くの騎士に預けてからリリスはすぐに怪我人の処置を始めることにした。
「騎士団の訓練中、刃を潰してある剣で打ち合いをしていたのだが、どうやら目測を誤ったのか腹部に相手の剣が強くめり込んだそうだ」
横たわっている騎士は苦しそうな表情を浮かべながら左の脇腹を押さえていた。
「骨が折れているでしょうね。内臓にも影響があるかもしれないので、すぐに処置しましょう」
それだけ言うと、リリスは右手を騎士が押さえている手の上に重ねた。
ゆっくりと聖力を流していき損傷している場所を治療していく。すると、苦しんでいた騎士の顔が穏やかになっていくのがわかった。痛みがなくなり、怪我が治っていくと、荒かった呼吸も落ち着いて、リリスにぼんやりと視線を向けてきた。
「もう大丈夫です」
治療が終わり手を離すと、騎士がむくりと起き上がった。
押さえていた部分の痛みがすっかりなくなり、何事もなかった体に何が起きたのか騎士本人が理解できていないのか呆然としている。急に状態を起こした騎士に対して、周りを囲っていた騎士たちもあまりの速さの回復に驚きと戸惑いを乗せて、近くの騎士と顔を見合わせていた。
「これは見事だね」
ベルトが感心したように声を出すと、周囲にいた騎士たちがハッとしたようにリリスに視線を向けてきた。
「聖女だ」
「これが聖女の力か」
まるで初めて聖女を見たかのような雰囲気だったが、リリスは気にすることなく立ち上がった。治療が終わればリリスがここにいる必要がない。
「薬も必要なくなりましたね。持って帰ります」
後のことはベルトに任せればいいと考えて、医務室に残っているルークも気にしているだろうからすぐに戻ることにした。
「あ、あの・・・」
薬を抱えて戻ろうとすると後ろから声を掛けられた。振り返ると怪我をしていた騎士のことを気にしている者たちの中で、1人だけリリスに近づいてくる騎士がいた。
「怪我を治してくれてありがとう。私はここで副騎士団長を務めているダミアン=リーレイと言います」
「私は自分の仕事をしたまでですが、感謝は受け取ります。怪我が治ったとはいえ、無理はさせないでください」
「わかりました」
短い会話だったが、ダミアンからは好意的な雰囲気を感じた。ここに来てから値踏みをするような視線や、決して好意的とは思えない雰囲気があった。部下の騎士が大怪我をしたのを治してくれたことが印象を変えたのかもしれない。
すぐにダミアンは集団の中に引き返してしまったので、その後の会話はなかった。リリスも引き留める理由がなかったので、そのまま訓練場を出た。
まっすぐ医務室へと向かうと、ルークはメイドの1人に薬を渡しているところだった。
「ただいま戻りました」
メイドがいなくなると、リリスは騎士の訓練場で起きたことを説明してから、使われなかった薬を戻すため奥の部屋に入っていった。
「本当に聖女だったんだな」
薬を棚に戻していると、あとから入ってきたルークが感心したように言ってきた。聖女だと言っていたが力を見せていなかったため、どうやら疑われていたようだ。ルークは直接見ていないが、騎士の怪我を治したことを報告することで、リリスが聖女であることに納得したのかもしれない。
「神殿所属ではないので、みなし聖女になりますが、ちゃんと治療はできますよ」
「それで、見返りはもらったのか?」
「・・・見返り?」
何を言っているのかわからなかった。
「聖女が治療をするときに、金を払わないときは何かしらの見返りを求めると聞いたことがある」
「・・・そのような見返りを求めたことはありませんが」
一体どこで聞いた情報なのだろう。聖女が見返り欲しさに治療を行っていると思われているとは思わなかった。
リリスは依頼されて治療をするだけ。帝都での結界を維持するときも、それが最高聖女の役目であり責務だと思っていたので、何かを求めたことはなかった。補佐する神官たちも何も言っていなかったことを思い出す。
首を傾げると、ルークも戸惑ったような表情になった。自分の情報が正しいと思い込んでいたのだろう。リリスが不思議そうにしているのを見て、戸惑いながらも間違ったことを言ったことに気が付いたようだ。
「すまない。俺はそういう風に聞いていたから、聖女はただでは動かない傲慢な奴ばかりかと・・・」
「・・・もしかして、他の人たちも同じように思っていたりしますか?」
最初に会った時に、値踏みするような不信感を抱かれていることは感じていた。それはルークだけではなく他にも似たような視線を浴びたことがあった。聖女に対する誤解があったのなら解く必要があるだろう。そうしなければリリスがここで働いていくには肩身が狭くなってしまう。
「全員ではないだろうが、ある程度は聖女に対する印象は良くないと思う。まぁ、俺は人から聞いた話を信じていたけど、聖女を良く思っていない人の中にはそれ以外のこともあるだろう」
なんとなく含みのある言い方に、追求しようとしたリリスだったが、急に扉が開いて患者が入ってきた。怪我人ではなく薬が欲しいという要望にルークがすぐに動き奥の部屋に行ってしまう。
うやむやになってしまった会話だったが、リリスはここでの生活にはいろいろと誤解が生じていることを明確に理解できた。
ティテルのように何事もなく接してくれる人もいるが、どうやらリリスを敵視している者もいるようだ。聖女に対する誤解を解きながら北部での生活を続けていくことになる。
「いろいろとやるべきことが増えたようね」
そんな独り言を呟きながら、リリスも仕事に戻るのだった。




