8 裏切り
「出産予定が……12月の中旬?」
「何度も確認し直したのだけど……」
アシュトンが領地に向かったのが3月初旬。
事故に遭って行方不明となったのは3月中旬。
妊娠期間は十月十日の約280日。
出産予定日が12月中旬。
「私……計算が……間違ってる?それだと……アシュトンとフラヴィアさんは……」
2人の出会いは、アシュトンが事故に遭ってからだったのではなかったのか?助けてもらって、献身的に世話をしてもらって、その優しさに惹かれて───
「嘘だった?」
「「「「…………」」」」
出産予定日が12月中旬だと言うなら──
「あの2人は、事故に遭う前には……既に……」
そういう仲になっていた──
「マリレーヌ様……」
「……少し……外に出てくるから……ここで待っててもらえる?」
それだけ言って、私は1人、執務室を出た。
アシュトンの、フラヴィアさんとの出会いの話は、嘘をついているようには見えなかった。でも、それが嘘だった?それとも……
「ねぇ、アシューは本当にマリレーヌさんと愛し合っていたのかなぁ?」
「どうだろう?私は記憶を失っているから分からない。でも、どうしてそんな事を聞くんだ?」
廊下の角まで来たところで、廊下の突き当りにあるテラスで話をしているアシュトンとフラヴィアさんの声が聞こえて来て、咄嗟に身を隠して2人の話に耳を傾けた。
「だって、マリレーヌさんって、アシューの事『アシュトン』って呼んでるでしょう?愛称呼びもしないなんて……アシューが許さなかったからじゃない?だから、アシューは本当はマリレーヌさんの事、好きじゃなかったのかな?って」
「どうなんだろう?」
「それに、帰って来て早々にプチトマトを出したり、仕事をさせようとしたりするし。お母様も、マリレーヌさんには良い顔してないし……」
「まぁ……確かに、母上はマリレーヌさんの事は良く思ってないみたいだね。でも……ラヴィーの事は気に入っているみたいで良かった」
「っ!」
私は、それ以上聞いている事ができずに、その場から走り出した。
走って走って……庭園の奥にあるベンチに腰を下ろした。
ーアシュトンは、私の全てを忘れてしまったのねー
愛称で呼ばなかったのではなく、呼べなかったのだ。『アシュー』と愛称で呼んでいたら、義母が私に嫌がらせをするようになったから。アシュトンが何度も義母に注意をしてくれたけど、嫌がらせが止む事がなく、愛称で呼ぶ事を止めたのだ。ただ、2人きりの時だけは『シュー』と呼んでいた。その愛称は、私だけのものだった。それすらも、アシュトンは忘れてしまっている。
ーもう、アシュトンの中に、マリレーヌは居ないのねー
胸は痛んで苦しいのに、やっぱり涙は出ない。
「あれ?ブレイザー夫人?どうしてこんな所に?」
「え?あ……コペリオン様」
「あ、すみません。客の私が言うのは変でしたね。ただ、今は叔母上達と話し合っていると思っていたので……どうかされましたか?」
「あ……いえ……少し気分転換をしていただけで……すぐに戻るので、コペリオン様はここでゆっくりして下さい」
ゆるく微笑んでから、私はその場を後にした。うまく笑えていたかどうかは……分からなかった。
そうして、執務室に戻ると、コネリーがハーブティーと私の好きなケーキを用意してくれていた。
「話の途中で、ごめんなさい」
「謝らないで下さい。謝る必要なんてありませんから。これからの話は、また改めて違う日にしましょうか?」
ここに居る4人が、私の事を心配そうな顔で見ているけど、私はふるふると顔を横に振った。
「今のうちに、ある程度、話をつけておきたいから……」
そう言って、私達はこれからの事を話し合い、ある程度話が纏まったところで、私はカロリーヌさんと2人で、フラヴィアさんと話をしに行く事にした。
『主治医の許可が出たので、少しずつ執務をしていただきます』
と、アンセルの静かなる圧で、アシュトンを連れ出してもらい、私とカロリーヌさんとフラヴィアさんの3人だけにしてもらった。
「早速仕事だなんて、可哀想なアシュー」
「アシュトンは伯爵だから、問題がないのであれば、しなければいけない事なの」
「ふーん……それで?私に何か言いたい事があるんでしょう?ひょっとして、『出て行け』とか?それなら、答えは『嫌です!』よ」
ふんっ──と、アシュトンに見せる可愛らしい彼女はどこに行ったのか。不機嫌さを隠そうともしない。これが、彼女の本性なんだろう。
「そんな事は言わないわ。いくつか確認したい事があるの」
「何を?答えられるかどうかは分からないけど」
「貴方達の関係は、アシュトンが事故に遭ってからと言うのは確かなの?」
「どうしてそんな事を聞くんですか?」
「計算が合わないのよ」
フラヴィアさんの質問に答えたのは、カロリーヌさん。
「事故に遭ったのが3月で、関係を持ったのが4月だと言うなら、出産予定は1月以降になる筈なのに、貴方の出産予定日は12月なのよ。おかしいでしょう?」
すると、フラヴィアさんが笑いだした。




