11 切れた気持ち
「コペリオン様、申し訳ありません」
「ブレイザー夫人が謝る必要はありません。私は、ブレイザー伯爵にしがみついている女性に言っているんです」
さっきまでの優しい雰囲気ではなく、見た目の印象通りの冷たい空気を纏ったコペリオン様。同一人物とは思えないほどの変わりようだ。
「私はフラヴィアです。侮辱なんてしてません。事実を言ったまでです。我が家の庭先で2人きりでお茶なんてしていたら、誰だってそう思いますけど?」
「まず、ここは貴方にとっての“我が家”ではない。それと、2人きりではない。侍女のノエラが居たし、ガゼボの外側には私の護衛も居たからね」
ー護衛?それには全く気付かなかったー
スッと視線を巡らせると、今までどこに居たのか分からなかった、その護衛が、コペリオン様の後ろに控えていた。
「まして、私は既婚者に手を出すような男ではない」
「何を……偉そうに……」
「ブレイザー家は、客人に対してこのように対応するのが普通なのか?」
ーこれ以上はヤバいー
「コペリオン様。ブレイザー家の者として、私が謝罪を。この者が無礼を働き、申し訳ございませんでした。私から……きつく言い聞かせておきますので、今回限りは、これでご容赦いただけませんか?彼女は身重ですから……」
「……はぁ……分かりました。妊婦に何かあっては困りますからね。ブレイザー伯爵は、良い夫人をお持ちで良かったですね?」
「「…………」」
結局、アシュトンもフラヴィアさんも、謝罪する事はなかった。
******
それから1週間。社交界で、一つの噂が一気に広がった。
「ブレイザー伯爵が無事に戻って来たそうだけど、どうやら記憶を失っているらしい」
「事故にあって倒れていたところを助けられ、令嬢が献身的に世話をしてくれたらしい」
「なんでも、その優しさに惹かれてお互い思いを通わせたらしい」
「その間の、ブレイザー夫人ときたら……執務執務で、旦那の事はなおざりだったそうだ」
「伯爵の座を狙っていたとか……」
「先代の伯爵夫人が、嫁が冷たいと泣いていたわ」
「それに引き換え、その助けてくれた令嬢は、先代夫人にも優しくて、おまけに子供もできたとか……これでブレイザー伯爵家も安泰ね?」
「予想通りの展開ね……」
「人の不幸は蜜の味で、愉しんでいるだけなんでしょうけど……このまま放っておくんですか?」
と、私を心配してくれているのはカロリーヌさん。
「このままで良いわ。私が何を言っても変わらないだろうし……」
この1週間、アシュトンは何も変わらなかった。執務も『無理だ』と言って、2、3時間机に向かうだけで、殆どは私とアンセルが処理をしている。その時間以外は、フラヴィアさんと一緒に過ごしている。あのガゼボで、よく2人でお茶をしているそうで、私はあのガゼボに行く事も、花を育てる事も止めた。そうして、私の気持ちも、あの時には決まっていたのだと思う。
「私……ここを出ようと思ってます」
「「奥様………」」
「マリレーヌ様……」
「コネリー、ノエラ、ごめんなさい」
「いいえ、責めているのではありません。私としては残念で寂しい気持ちはありますが、奥様にとっては良い判断だと思ってます」
アンセルとコネリーとノエラは、いつも私の味方だった。いつも私に優しく接してくれた。アシュトンとフラヴィアさんと義母が大きい態度に出て来た今、邸の使用人達も私から距離を置き始めているけど、この3人の態度は変わらない。それが、とてもありがたい。
「私が離婚を願い出ると、すぐに受け入れてもらえると思うの。ただ……慰謝料が問題なのよね……」
先に裏切ったのは向こうだけど、世間に広まった噂が、慰謝料にどんな影響を与えるのかが分からない。
「それなら、何とかなるかもしれません」
「え?」
そう言って、カロリーヌさんがニッコリ微笑んだ。
******
『出て行く』
『離婚する』
口では簡単に言えたけど、気持ちが追いついていないと言うのが本音だ。2人の姿を見ると胸が痛むし、記憶が戻ったら──なんて望みが残っている。本当にアシュトンが好きだったから。今でも『マリレーヌ、ごめん!』と謝って抱きしめてくれるかも──なんて思ってしまっている。
「今日は、月が綺麗ね……」
今は日付が変わるか変わらないかの時間。誰も居ないうちにと、久しぶりに私のガゼボへとやって来た。
「……これ……は…………」
そのガゼボで目にしたのは、様変わりしたガゼボだった。
私が植えて育てていたのは、白色と青色の小さくて可愛い花だった。それなのに、今目の前にあるのは、赤色とピンク色の花だった。もう、私のガゼボではなくなっていた。
ーここにも、私の居場所はないのね。ここも、奪われてしまったのねー
ここでようやく、アシュトンへの気持ちが、プツリと音を立てて切れた。




