10 私だけの場所
庭園の奥にある小さなガゼボは、私が結婚した時にアシュトンが造ってくれたもので、私が気分転換にお茶をする私専用の場所。
ガゼボの周りには、私の好きな花を植えてある。アシュトンでさえ、私に気遣って、ここに来る事はあまりなかった。
「ここの花は、相変わらず綺麗ね」
日当たりも良いからか、このガゼボ周辺に咲く花は、他の場所に咲く花よりも色が鮮やかで、咲いている期間も長かったりする。そのせいか、綺麗な蝶がよく飛んで来る。
これからどうするべきなのか──なんて、考える必要はないだろう。
「あー……またまたすみません」
「え?あ、コペリオン様?」
「ここの花が綺麗だなと思って……」
「ありがとうございます。良かったら、一緒にお茶でも飲みませんか?」
「お邪魔でなければ……」
控えていたノエラにお茶を頼んで、私はコペリオン様とお茶の時間を過ごす事にした。
リシュー=コペリオン
スカレティア皇国の伯爵家の嫡男で、王宮付きの文官の父親の補佐をしているらしい。
火属性の魔力持ちだからか、赤……真紅色の髪に、瞳は切れ長で紫色。少し冷たい印象があるけど、口調や雰囲気はとても柔らかい。27歳の独身で婚約者もいない。
『優良物件なのに、仕事馬鹿過ぎて女性の影すらないんですよ』
と、カロリーヌさんがぼやいていた事を思い出す。今回の来訪も、働き過ぎを父親に咎められて、休暇を兼ねてカロリーヌさんに同行させられたらしい。
「仕事が気になりますか?」
「え?あ……気になりません──とは言えませんね。でも、ここの庭園に居ると、心が落ち着いて仕事の事を忘れてゆっくりできている気がしますね」
「ふふっ……そう言ってくれると、育てている私としては嬉しい限りだわ」
「この花は、ブレイザー夫人が手入れをしているんですか?」
「このガゼボの周辺の花だけですけどね。だから、私の好きな花を好きなだけ自分で育てているんです」
『伯爵夫人ともあろう者が土いじりだなんて』と、義母にはチクチク言われたけど、あの時はアシュトンが庇ってくれたし、『ここはマリレーヌだけの庭だから、マリレーヌが好きにすれば良いよ』と言ってくれた。
「そんな貴重な空間に入れていただいた上に、お茶まで淹れていただいて、ありがとうございます」
『仕事馬鹿の無愛想』
なんてカロリーヌ様は言っていたけど、私が見る限りでは柔らかい人だ。一緒に居ても居心地が良い。カロリーヌさんの甥だからか、初対面の時から緊張する事もなかった。
婚約者どころか、結婚していてもおかしくない感じなのに。結婚が全てではないけど。なんて思いを巡らせていると、このガゼボの入口辺りが騒がしくなった。
「奥様」
「ノエラ、どうした───」
声を掛けて来たノエラの方に視線を向けると、そのノエラを越えた視線の先に、アシュトンとフラヴィアさんの姿が視界に入った。
ー何故私のガゼボに、あの2人が?ー
「コペリオン様、少し、失礼します」
「どうぞ……」
私はコペリオン様に断ってから、2人のもとへと向かった。
「アシュトン、どうしてここに?今は、アンセルと執務をしていたのでは?」
「それなら、今日の執務は終わりにした。流石に、あの量をいきなり全部こなすのは無理だからね」
『あの量』と言われても、あれはまだまだ少ない方で、8割程は私とアンセルで済ませている。2割で無理と言われたら、こっちこそ『無理な話』だ。
「それで……どうしてここに?」
「ここのガゼボ付近の花が綺麗だと聞いて、私がアシューに連れて行って欲しいってお願いしたんです」
アシュトンの腕にしがみついて、にこにこ笑って答えるフラヴィアさん。二重人格も甚だしい。
「申し訳ないけど、ここは私専用のガゼボなの。遠慮してもらえるかしら?」
「何故ですか?ここは、ブレイザー伯爵家の庭ですよね?アシューが『良い』と言ってるのだから、夫人が拒否する事はできませんよね?」
「ここは───」
「マリレーヌさん、花を見るぐらい良いだろう?庭師だって、色んな人に見てもらえた方が嬉しいだろうし」
「旦那様!ここは───」
「ノエラ……」
「っ!」
ノエラの言葉を遮って、私は首を横に振った。
「そうね。花を育てた者も……喜ぶわね。私はこれで失礼するけど、2人はゆっくりして下さい」
「ふふっ……ありがとうございます、マリレーヌさん」
私はアシュトンを見る事はせず、ガゼボに戻り、コペリオン様に邸に戻る事を告げると、「私も一緒に戻ります」と言われた為、一緒に戻る事にした。
「あれ?マリレーヌさんもお連れ様が居たんですか?それも……見た事ない男性だなんて……マリレーヌさんも隅に置けませんね」
「な──っ!」
これにはノエラがキレた。そして、キレたのはもう1人──
「それは、私に対する侮辱とも受け取れるが……そう受け取っても良いのか?」
「え?」
その場の空気が、一気に冷たいものになった。




