case4# COMING SOON! -6/7
「んー、美味しいっ」
蒜山バスの一件で支給されると聞いていた「危険手当」に百々は唸る。いまだ湯気をあげるマルガリータピザを勧めたのはハートだった。囲むテーブルの隣で百々へと口をすぼめる。
「嘘は言わん」
「運動した後だから、おなかすいてたんだよね、これが」
待ち合わせの場所にはもう一人、ストラヴィンスキーがおり、テーブルの向かい今も湯気に眼鏡を曇らせていた。
そんな店内はアメリカンな雑貨にざっくばらんと飾り付けられている。厨房とを隔てるカウンターには色とりどりの洋酒が並び、壁掛けの大型テレビではロック歌手がシャウトしていた。時間も時間なら散らばるテーブルは全て埋まり、弾む会話に笑い声があちこちから聞こえてくる。
揺さぶられて百々もスプモーニの赤いグラスを傾けた。心地よさに酔いもスムーズにまわってゆくようでたまらない。
「アルコールは大丈夫なのか」
ハートの手には届くなり半分、飲み干したビールのジョッキがある。
「強くはないけど、飲めまぁーすっ」
「ん。相変わらず美味しいですね」
百々に続いてマルゲリータを頬張ったストラヴィンスキーも、満面の笑みを浮かべていた。
「だよね」
そこへ運ばれてきたのは鉄皿でビチビチ音を立てる自家製ソーセージだ。さらに黄金色に積み上げられた皮つきのフライドポテト、半透明からのぞくエビの朱色が涼やかな生春巻きに、取り分け用の木製スプーンが添えられたタコライスが押し寄せる。その皿から皿へと目を泳がせて百々は両手を握り合わせた。
「おいしそうっ」
「遠慮はするな。実際お前はよくやった。俺からの労いだ。今日はたらふく飲んでたらふく食え」
「はいはい、百々さん。お箸、こっちです」
ハートに促され、ストラヴィンスキーから取り皿を受け取る。前にすれば遠慮なんて失礼だ。
「いっただきまーすっ」
百々は早速、生春巻をつまみあげる。残るピザをハートが引きあげ、ストラヴィンスキーもポテトをつまむとその先でケチャップをすくった。
「ホント、後で聞きましたけど昨日は大変だったみたいですね。お疲れ様でした」
かじる姿はリスか何かのようで、ペコリ、百々へと頭を下げる。
「あぁ、最後は二本とも引き抜いちゃったけど、解除番号、間違えてなくてよかった。うん」
百々はため息をつき、なら聞いてもらいたい話はもっとほかにあったことを思い出していた。
「だってさ、あたししかいないんだから。任せようったってレフはおばあちゃんにかかりっきりだし。おかしいよ。バイクで飛び移ってくるくらいなんだから絶対実力行使だと思ってたのに。やたらめったら優しいんだから」
とは言え、責め切れない成り行きがあったことも忘れてはならないだろう。
「って、車、運転できなかったのはあたしだし。おばあちゃん、重すぎて動かせなかったのもあたしなんだけど」
「百々さんがそこまで言うのはどうかと」
自虐が過ぎるとストラヴィンスキーが眉を下げる。二本目のポテトへ手を伸ばした。早くも二杯目らしい。ハートも店員を呼び止めるとビールを注文する。
「それはそれで悔しいな」
「そういうところ、見習いたいものです」
言葉は百々にとってただこそばゆい。まぎらわせて残りの春巻きを口へ押し込んだ。入れ替えた気分で改め、最大の疑問を口にする。
「ってさ……、レフっておばあちゃん子とか何かなの」
とたんハートが届いたばかりの二杯目を手に、つんのめった。
「どうしてそう思うんです」
怪訝な面持ちで確かめたのはストラヴィンスキーだ。
「だって、おばあちゃんが日本人なんだって聞いた。漢検一級も取りたいってスゴんでたし。バスでだって……」
「相変わらず勤勉な人ですね」
こぼす面持ちが瓶底眼鏡の向こうでわずかに歪む。表情は感心しているのか問題視しているのか、百々にはつかみ辛かった。
「何かこう日本とかさ、おばあちゃんにこだわりあるのかなって思って。でないとあたしの頭じゃ、非常時であの行動は理解できないよ」
「ヤツはそんなことまで喋っているのか」
今度こそ二杯目を堪能したハートが百々へと視線を投げる。
「精一杯の世間話ですけど」
聞いてむっと口を結ぶと黙り込んだ。そのまま骨付きのソーセージを掴み上げる。先端をポテトのケチャップへ突っ込み、豪快にすくい上げた。
「俺はヤツを認めん」
「あっ、ハートはまたそれをする。ほら、いっぺんに減っちゃったじゃないですか」
無残な姿になったケチャップをのぞき込むストラヴィンスキーは悲しげだ。
に聞こえた様子はない。思いがけない言葉に、ソーセージへかぶりついたハートへ百々は顔を上げていた。
「そう、なの?」
「やつはもともとファイアーマンだ。それもロシア軍下のな」
咀嚼に紛れ話すハートの目は、ただ前を睨みつけている。
「ロシア国土の大部分は湿地帯だ。自然発火に人為的過失。何にせよ、そこに眠る泥炭へついた火を消すことがヤツのそもそもの仕事だった。俺たちとは畑が違う」
「ハート、それ個人情報漏えいです」
そんなこんなでポテトは諦めたらしい。いさめてストラヴィンスキーは、仕方なくタコライスを取りわけ始める。
「フン、内部の者なら誰もが知っている話だろう。ならドドも知る権利がある。そもそもヤツがばあさんのことを漏らしたなら、かまう必要はない」
「まぁ、それはそうですけれど」
ハートが手元に残った骨を放り出していた。タコライスを盛り終えた小皿を、ストラヴィンスキーは百々へ差し出す。
「そういえば」
受け取った百々の中に蘇ったのは、いわずもがなのあの一幕だった。
「バスに乗り移ったとき、知り合いに空軍がいて助かった、とかって言ってた」
「ええ、その火事、一旦、燃え出したら数か月続くこともある大規模火災だってことですよ。聞くところによれば広大な焦土の真ん中にパラシュートで降下。空輸を受けながら現場でキャンプを張って火を追いかけつつ消火するらしいです。消防士とはいえ一種のレンジャーですね。空軍に知り合いがいてもおかしくないかと」
どうやらハートに取り皿は必要ないらしい。小皿へ自分の取り分を確保したストラヴィンスキーは残りを全てハートへ向けている。
「な、なんだかスゴい」
とはいえレフなら実にしっくりくる話だった。
ともかくよそってくれたストラヴィンスキーへ礼を言う。百々はタコライスへ箸をつけた。
「そんなヤツが野っ原で火を消している間だ」
などと、どうやら全ては前置きだったらしい。
「そのばあさんは庭園美術館の爆破事件で、施設ごと焼け死んだ」
百々の動きはそこで止まる。
「SO WHAT だ」
持ち上げたきりの箸先から飯粒がぱらぱら、こぼれて落ちていた。
「おばあちゃん子か」
呟いたハートがジョッキをあおる。




