case4# COMING SOON! -7/7
「きっかけにして、やつはここへ鞍替えした。だが動機が動機だ。配属先の西側では扱い切れず、当時、一番平穏だった日本に落ち着いたというわけだ。いいか」
念を押す目がストラヴィンスキーと百々の間を往復する。
「こうも公私混同な捜査員など前代未聞だぞ。腕は立つかもしれんが、ビッグアンプルの時もそうだ。そのせいで頭に血の昇ったきり勝手と飛び出すようなヤツと一緒に仕事をするこっちの身にもなれ」
勢いのままハートは掴んだポテトを口の中へ押し込む。噛み潰す様は鉄くずか何かのようで、少なくとも百々には美味そうには見えなかった。口の端にタコライスのレタスをのぞかせたストラヴィンスキーも、渋い顔でうなずき返している。
「らしいですね。噂で聞いたのもその辺りです」
「百々にまで言われたなら世話はない。知らず、一緒に危ない橋を渡れるやつがいたらそいつが馬鹿だ」
だからあのとき逃すつもりはない、といきまきレフは単独で最上層へ向かったのか。そしてハートは白い面が冷静に見えるとは限らないと罵り、挙句、役に立たんとまで切り捨てたのか。とたん、解せなかったあれやこれやは一気に霧を晴らしたが、それでスッキリしたかと言えばまったくもって違っていた。全ては見なくてもいい舞台裏をのぞいてしまったあとのガッカリした気分にそっくりで、いたたまれなさに百々は黙り込む。紛らわせて、中途半端に浮いていたタコライスへかぶりついた。味について言及できるほど堪能できる気分にはなれず、ただ機械的に咀嚼する。
「チーフも腹の底では同じだ」
言うハートへ視線を上げていた。
「テロの過疎地だったとはいえ、厄介者を押し付けられたと考えているからこそ持て余している」
とハートもまた百々へアゴを引き返す。
「ヤツと組まされたのもそのためだ」
「え、あたしが?」
「ええ間違いなく」
すかさず口添えるストラヴィンスキーが最後のソーセージをさらっていた。理解しかねて百々は頬を歪め、あいだにも店員を捕まえたハートは「バーボン」と短く告げる。
「言っては何だが」
話すさまは、まるでその続きのようだ。
「ド素人と行動を共にすれば、当然そちらに手が取られる」
「す、すみません」
「そもそもチーフは奴を百々の警護に当たらせ、捜査から退かせたかったんだろうが、露骨なやり方で突飛な行動に出られてもかなわん。そこで組ませることにした。百々の臨時採用なんてもの自体が苦肉の策だ」
知らされた百々に、言って返す言葉などありはしなかった。ただ氷も解けて薄くなったスプモーニへ口をつける。飲み干して、濡れたグラスをじっと見つめた。
「けれど百々さん、意外にアグレッシブだから」
微笑んだストラヴィンスキーの手元もカラだ。ハートへと「自分もバーボンをもらっていいか」とたずねる。振った手で呼び寄せた店員へ、百々のおかわりと共にグラスの追加を手早く頼んだ。
「チーフはきっと頭、痛めてると思います」
「……そか」
だからして奮起するたび、どやされるはずだと思えていた。気づいているだろうレフにたいした愛想がないのも当然で、今頃とれた足かせにせいせいしているに違いないとさえ想像する。
皿に残ったレタスは張りつき、つまみにくくて仕方ない。それでもさらえて溜息もろとも、百々はそろえた箸をテーブルへ置いた。
「あさっての件、はずされて抗議したらしいな」
などと切りだしたのはハートだ。
「そのあと非常階段でヤツに追い回されただと」
「へ、なんで知ってるの」
百々は目を瞬かせる。向かいで頭を下げるストラヴィンスキーに気づいていた。
「すみません。口、軽くって。あ、でもハートにしか言ってませんよ。そうしたらこうなりました」
「気に病むな。今回ばかりはヤツを遊ばせておけるような状況でなくなった。残念な部分もあるだろうが、ドドはヤツのせいで振り回されただけだ」
「ええ、チーフもやり方が紙一重です」
いい具合に落ち着いた腹をなでつけたストラヴィンスキーが、椅子へと背を預けてのけ反る。前へグラスと、ボトルでバーボンは運ばれていた。
受け取ったハートがグラスを並べる。そこから先はまるで儀式だ。琥珀色した液体をやたらめったら慎重な手つきで、きっちり均等に注ぎ入れていった。
「でも、なかなかの名コンビじゃないかって僕は思ったんですけどね」
手際を眺めるストラヴィンスキーの声はどこか眠たげだ。
「え?」
「いえいえ、阿吽って意味じゃないですよ。百々さんへチームワークを納得させたのはレフです。示しておいて自分がおろそかには出来ないじゃないですか。だからいいバランスだと僕は思ったんです」
言われように百々はあんぐりし、グラスを満たし終えたハートがかすかと鼻で笑う。
「ふん、反面教師か」
「ええ。狙ったところとズレていても、百々さんがアグレッシブな分、良いおもりと見させていただきました」
それが「お守り」を意味しているのか「重り」のことなのか、百々には全く分からない。ただ「はぁ」とだけ返していた。
「なるほど。でかしたぞ、期待のストッパー!」
その背をハートに叩きつけられる。
「うわぁ」
体は前へ放り出されて、百々のグラスもそのときちょうどと運ばれていた。
「これで少しは安心して仕事ができるというわけだ」
「ってあたし次、待機なんですけど」
聞かず豪快と笑うハートの機嫌は元通りである。
ぶり返さぬうちにとストラヴィンスキーが巧みと話を切り上げていた。
「まま、欠席裁判もここまでってことで」
「ようし、仕切り直しだ」
応じてハートがグラスを持ち上げる。ならってストラヴィンスキーも掲げる一同の顔を見回した。
「じゃ、何に乾杯を」
「え、えっと」
百々もグラスを手に空へと視線をさ迷わせる。ならよほどめでたい出来事らしい。提案はストラヴィンスキーから出されていた。
「チーフには悪いですが、名コンビ誕生にとか」
いやいや、それだけはいただけないだろう。却下すべく百々の脳裏へ、そのとき見合う一大事は閃いていた。
「そうっ。昨日のおかげであたし、あさっての舞台挨拶に来る人たちのお出迎えスタッフ、することになったんですよ」
「ほう」
「へえ、誰が来るんですか」
「スタンリー・ブラック監督ですっ」
と、時は止まっていない。単に反応が返ってこなかっただけだ。
「だ、誰です? ブラック監督って?」
ストラヴィンスキーが眼鏡のフレームを押し上げる。
「ええっ、知らないんですか。作品数は少ないんですけれど超有名監督です。じかに会えるなんて俳優さんより確率、低いんですから」
「すみません。こういう仕事してると、どうも流行にはうとくなっちゃうみたいで」
自慢だっただけに問い返されるなどと、百々には心外でならない。
「今度のアカデミー賞候補で、もしかしたら賞、取っちゃうかもしれないんです。今夜、ノミネートの公式発表があるって」
思い出し、店の時計を仰ぎ見ていた。
「同じ、あさってか……」
巡る思いにハートも分厚い唇をすぼませる。すぐにも解いて左右の二人を見比べた。
「なら映画の大入りと移送の無事完了を願って乾杯はどうだ」
百々とストラヴィンスキーは顔を見合わせる。
次の瞬間、悪くないと宙でグラスは鳴らされていた。




