case1# SHAKE HANDS -3/9
「どれが売れてるの?」
シアターAへ、つい先ほど送り出したところなのだ。鑑賞せず今ここに立つ意味に百々は少なからず混乱を覚える。
目もくれずお兄さんは、並ぶグッズを眺めていた。
「あ、は、はい。こちらのストラップが人気です」
答えた百々へ、「へえ」と気の抜けたように吐く。様子には購入の意志こそあるように見えなかった。つまり冷やかしなのか。ショーケースへ手を貼り付けると、大げさなまでにストラップをのぞき込みもする。
「映画、楽しい?」
投げかけられていた。
「あか、ウサですか?」
「映画」
頑なな口調に百々は少なからずドキリとする。ならお兄さんもこう続けていた。
「実はね」
などとその言葉が意味するのは、これまでのやり取りは全て無意味だということだろう。そのとおりとお兄さんも、探ってパンツのポケットへ手を入れる。
「受け取ってほしいものがあるんだ」
抜き出すと、百々へ握り締めた拳を突きつけた。戸惑う百々へ、誘って優しく笑いかける。
「ホラ、手、出して」
同時だ。お兄さんのもう片方の手は伸びていた。電卓を持つ百々の腕を掴み、引き寄せる。力は強く、痛みに開いた手から電卓は飛んでいた。その手をお兄さんは、突き出していた拳の上へ押し付ける。すかさずもう片方も引き寄せ下からあてがうと、中から己の拳だけを抜いて、両手で百々の手を包みこんだ。送るのは熱い眼差しで、しっかり持っていろと上下に振る。
落ちた電卓の音にも、大柄な男性と黒髪の女性がロビーで振り返っていた。水谷こそこの場の責任者だ。一部始終に急ぎカウンターを飛び出して来る。
「お客さ……」
かき消し怒号は飛だ。
「動くなッ」
シアターA前だ。
「両手を頭にっ。そのままゆっくりこちらを向きなさいっ」
声は大柄な男性と黒髪の女性のものだった。
瞬間、お兄さんは身を低くする。
制して腰へ、懐へ、ロビーで二人は手を差し入れていた。
銃はそこから抜き出される。
逃れて駆け出すお兄さんの動きに躊躇はない。追う男が体ごと、構えた銃を流していた。任せて女性は百々の元へと走る。
「あなた!」
そんな女性へ声を上げたのは水谷だ。
「ええ、そうです」
などと会話は成立していても、百々について行ける道理はない。
「なっ、どなたですか」
ただ開け放たれた正面扉のけたたましさに気を取られる。
「うぁ、っととっ」
ショーケースの向こうから、その体を女性に引っ張り出されていた。
「見せて」
飛び出していったお兄さんはもう見えない。
男が追い切れなくなった銃口を投げ捨てるように下げていた。同じく百々の元へと駆け寄ってくる。
「逃げた」
「コレね」
「わ、ちょ」
そんな男へと、女性は掴んでいた百々の手を預けた。つまんだ襟へと口を開く。
「こちら20世紀CINEMA。不審者と接触。今、外へ出た。見えてる?」
「ふシュ、ふしんしゃ?」
事態に口が回らないのだ。仕方ない。
「何を渡された」
百々はどもり、男に浴びせられていた。
「そ、その。ナニって言われても……」
答えて男へ顔を上げる。だがなかなか目標へ辿り着けない。ようやく至って息をのんでいた。鈍色の空。そんな言葉がしっくりくる色だ。遥か上空から見下ろす瞳は、透けるような色をしていた。
「のっ、のーさんきゅー。あいあむじゃぱにーずっ」
とたん吹き出す島国コンプレックスは、絶滅したようなステレオタイプが永久保存版か。
「待て、日本語は話せる」
「ここ任せるわよ」
「ぷりーず、じゃすたもーめっ」
いやむしろ話しているから女性も投げると駆け出していた。
「いいから、早く何を渡されたのかを見せろッ」
怒鳴りつけられ百々は伸び上がる。
「ふぁいいっ」
もう何が何だか飲み込めないままだ。上下合わさる手を開きにかかった。
はずが、ピクリとも動かない。
「ん?」
力を込め直してみる。
「とっ、はぁむぅっ」
どうにも、ナニカ、どこかがおかしかった。おかげで格闘すれば気合も入る。
「どぉぅっ、やあぁぁ……、ああぁっ」
果てに息を切らして、男へおずおず顔を上げていた。
「あの、離れません。えへ」
笑顔も添えて。
瞬間、男は百々の手を掴み上げる。身長差に百々が爪先立とうが、かまわず絡む指の隙間から中をのぞき込んだ。一転、放ってジャケットの襟を掴む。口元へと引き寄せた。
「爆発物と思しき遺留品を確認」
そのとき時は確かに止まる。飴色の『20世紀CINEMA』フロアは艶を失くすと、色の全てを蒸発させていた。
「ば、くは、……つっ?」
ただ中で呟いた水谷に、橋田の顔も大いに引きつる。目にして百々こそ、己が手の中を食らいつかんばかりにのぞき込んだ。なるほどそこには黒く小さな箱がある。表面にこまごま灯るのは赤いランプで、それらは一秒ごとにカウントダウン。律儀に時を刻んでいた。
「残り七分二十秒。今すぐ応援、頼む」
「こんなの……」
足元から這い上がってきた震えが、これでもかと脳みそを焼く。
「こんなのいただけませんっ、いただけませんっ、いただけませぇんぅっ」
などとあげく放ったそれは謙虚か、ノーサンキューの意か。男も銃を脇へ差し戻すと力任せだ。むんずと掴んだ百々の手を剥がしにかかった。
「いだ。いだだだだだ。くっついてるよっ。くっついてるんだってばっ」
この感覚は黄色い容器のあの瞬間接着剤、一択としか思えない。
「クソッ」
諦め男は百々の手を掴みなおす。
「来いッ」
駆け出す歩幅が合わない。
「うわぁあ」
引きずられて百々は、開け放たれたままの正面扉から飛び出した。横断する通りでクラクションを浴びせられる。かまわず男は尻ポケットからキーを抜き出すと、その頭を押し込んでいた。前方、路肩に停められたワインレッドのワゴンだ。ドアロックを解除する音は鈍く聞こえてくる。
「乗れッ」
体当たるように辿り着くと、指示する男は運転席へと回り込んでいった。おっつけかけられたエンジンにワゴンは小刻みと震え出す。イヤだと拒否する理由がない。むしろ死に物狂いだ。中から押し開けられた助手席へ百々もすかさず転がり込んでいた。
回されたハンドルに車体が路肩を抜け出してゆく。それきりワゴンは一気に加速していった。




