表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SO WHAT ?! 1st.season  作者: N.river
2/51

case1# SHAKE HANDS -2/9

 きっかけに次々と人が増えだす。詰め込んだ小さなフロアの喧騒は錯覚でもなんでもなく、ただ中で発券をこなす橋田の動きにこそ無駄はなかった。及ばないならサポートして右、左。反復横跳びで百々も発券補助に、パンフレット販売に精を出す。

 さなかシアターAのモニターで衝撃の結末が映し出されていた。主人公を吹き飛ばしたフィルムは、短いエンドロールを足早と巻き上げてゆく。

「次回、バッファローをご鑑賞のお客様へご案内いたします。チケットをお手元にご用意のうえ、向かって右、シアターA前へ詰めてお待ち下さい」

 視界の端で確認した橋田の、誘導を開始するタイミングは絶妙だ。

 見えない位置で田所の、防音扉を開放するこもった音も聞こえていた。

 ややもすれば鑑賞を終えた客らがフロアへ現れ、だからポールチェーンは必要なのである、狭いフロアは行き交う人でいっときごった返す。もうシアターB側の壁際で「あかウサ」グッズを販売する水谷の姿さえ見えない。

 と田所がシアターAから戻って来た。捉えるや否や合わせる視線は阿吽の呼吸というやつで、百々はカウンターを抜け出す。到着を待つことなくヘッドセットのマイクを弾き繋がっていることを確かめた田所も、場内アナウンスを始めていた。

「えー、大変長らくお待たせいたしました。ただ今よりシアターA、十三時十分の回。バッファロー開場いたします。お手元のチケットをご確認のうえ二列に並んでゆっくり前へお進みください。外出の際は半券の提示をお願いしております。半券を必ずお持ちいだだくようお願いいたします」

 傍らに百々がついたのは、そんなアナウンスが終わると同時だ。合図にして前へと進み出てくる客へ笑顔を添えて、差し出されたチケットを千切っていった。

 結局「バッファロー」を待っていたのは十人余り。二人がかりでさばけばあっという間に終了し、大盛況な「あかウサ」の客にフロアは占領されてしまう。

「ほい、コレ」

 あとは田所に任せ、投げ渡されたヘッドセットを手に百々はシアターBへきびすを返した。そのさいショートカットとカウンターの中を通れば案の定、橋田から、扉を解放後、支配人とグッズ販売を代わってください、の指示もまた受ける。脳裏に、シアターBの二重になった防音扉の中へ身を潜り込ませた。タイミングはバッチリだ。聞こえていた「あかウサ」エンドロールの音楽は切れ、密封していた空気をかき混ぜる手ごたえこそ醍醐味である、百々は防音扉を力いっぱい引き開けた。

「本日はご来場、誠にありがとうございました。当館は全席入れ替え制となっております。お忘れ物にご注意の上、お足元にお気をつけてお帰り下さい。ありがとうございました」

 前屈みとなり開け放った扉を固定する。ゆっくり灯る明かりの下、夢うつつと動きだした観客の動きは鈍いが次回上映までの時間は限られており、グッズ販売も控えていたなら牧羊犬の素早さで百々は前列から座席のチェックを開始してゆく。最上段へたどり着く頃には客の退場も完了していた。座席に目だった汚れもなく、最後、スクリーンで始められた短い試写の左右に非常灯が点いていることを確かめる。ショーケースを目指して座席の間を駆け下りていった。

「うあ……」

 飛び出した通路からのぞくフロアにロビーは人だらけだ。『20世紀CINEMA』が手狭なせいでがぜん拍車がかかっている。水谷はそんな人いきれの向こう、壁沿いのショーケースと潰されることなく積み上げられたままの空箱の間にいた。

「えっと、これとこれ。在庫が切れそうだから持ってこさせますね」

 百々が辿り着けば、告げた水谷の撤退こそ早い。立ち位置を入れ替われば百々の手元で電卓は唸り、追加の商品を抱えた橋田も人をかき分けやって来る。

「このまま販売、続けてください」

 通常なら入場案内の片手間にグッズ販売をする程度ですむのだが、比べ物にならいだけに預かっていたヘッドマイクを渡す手にも淀みはない。

「分かりました。お願いします」

 そうして上げた顔に見えたフロアの様子は意外だった。どうやら「バッファロー」を観に来ていたのではなかったらしい。そろそろ予告が流され始めるだろうシアターA前には黒髪の女性と、ロビー側へ移動した大柄な男性がまだ残っている。傍らを横切って、一段落ついた田所が応援にシアターBへ回り込む姿があった。

 知っているかのように橋田の場内アナウンスが客の誘導を始めている。案内されてシアターBへ吸い込まれてゆく人の流れはとにかく穏やかだった。田所も加わればチケットさばきもぐんと加速し、観客を格納し終えたフロアはついに混乱の山場を越える。百々もまた短くなったグッズ購入の列を前に、電卓を弾く指へスパートをかけた。

 コトはそのとき起きている。

 ついに「バッファロー」本編の上映が始まろうかというシアターAからだ。あの俳優似のお兄さんはひょい、とフロアへ戻ってきていた。

 まず気づいたのは水谷だ。追いかける目はいわずもがな、シアター内で何かあったのかとクレームを警戒していた。だがお兄さんは何食わぬ顔で残り数人にまで縮んだ「あかウサ」グッズの最後尾へと並んでみせる。

 もうまもなく「あかウサ」の上映も始まるはずだった。

 人足の途絶えたフロアはすっかり元通りの静けさを取り戻し、田所へ残りを預けた橋田もカウンターへ戻ってゆく。画質チェックのルーティンをこなすべく田所も、それきり別れて防音扉の向こうへ身を潜り込ませていった。

 そうしてまた一人、百々は会計を終えた客を見送る。入れ替わりで立ったお兄さんへ顔を上げていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ