case2# Higher than Higher -2/10
「現場って、テロの?」
百々の脳裏にあの俳優似の顔は蘇る。
「爆破予告があった」
拳を握りしめていた。
「ついに出たな怪盗ソーワットめぇっ!」
「いや、相手は盗人じゃない」
「こっ……、この悪の軍団がぁっ!」
「テロリストだ」
「わーっ、知っていますっ。人の平穏を乱すならみんな同じですっ」
喚けば傍らへ、ワインレッドのワゴンは滑り込んでくる。ハンドルを握る瓶底眼鏡の彼、外田ことストラヴィンスキーへ、挙げた手でレフは合図を送ってみせた。
「細かい話は中だ。乗れ」
助手席へ乗り込む。もちろんと百々も、後部座席のドアへ手をかた。
「つまりあたしのシフト、そっちに流されてるってコトですか」
乗り込めばワゴンは間髪入れず、走り出す。
「でなければサボタージュなのか拉致されたのか、万が一のとき把握できない」
「それ何も聞かされてないんですけどっ」
空には、分厚い雲が切れ目なく敷き詰められている。のぞかせたフロントガラスを背に、レフは百々へと振り返っていた。
「指紋が一致した」
「指紋?」
繰り返す百々へうなずい返す。
「テロリストと接触後、俺たちは『20世紀CINEMA』を出たがあの後、鑑識が駆けつけている。そこで採取されたものだ」
「……あ、ショーケース」
「彼、列の最後に並んでたらしいですね。だから指紋がついたのも一番最後。ということで結構いい状態で採取できたそうですよ」
ルームミラー越しにストラヴィンスキーも口添えた。
「元に、各局のデータと照合。合致するものはないと結果が出た。そして今日だ。犯行予告は送りつけられた。そこに残されていた指紋と、ガラスケースのものが一致している。再度、行われた入国管理局のデータとも一致した」
ワゴンはもう国道へ抜け出している。天候のせいなのか時間のせいなのか、ガランとした路面の、またもや青一色で連なる信号の下をひた走っていた。
「あのお兄さん、何者だったんですか?」
百々は眉をひそめる。
「不法就労者だ。再入国したのだとしたら問題レベルのな」
「外国人っ」
声を裏返した。
「そう見えたか?」
問うレフに、ひとたび空を睨みつける。
「っていうか言葉も全然、違和感なかったし……」
ならレフは胸ポケットから端末を抜き出した。親指の腹で画面を弾き、百々へと差し出した。左折したワゴンは高速道路へ乗り入れるべく、跳ね上がったETCのバーの下を通り抜ける。
「それがコイツだ」
のぞき込んだ百々の眉もそこで跳ね上がっていた。
「それ、むしろハートに似てませんか」
問うストラヴィンスキーこそ言い得ている。エラの張った四角い輪郭に浅黒い肌。天然パーマとぶ厚い唇に黒目がちの大きな瞳。どれをとっても俳優のお兄さんというより、よほどタンクトップ姿のハートにそっくりだった。
「ホセ・マグサイサイ。三十三歳。フィリピン国籍。二年前、裁判所の判決に基づき強制送還を食らっている」
「違う。いくら記憶が曖昧だって言われても、絶対違うって言い切れる。あのお兄さん、こんな顔じゃなかったっ」
まくし立てる百々を前に、レフは満足げだ。端末を胸ポケットへとしまい込んだ。
「ならどいつがこれを仕掛けたのか、確かめる」
前へと向きなおる。
「予告現場はビッグアンプルです」
ストラヴィンスキーが教えていた。
「あのっ?」
そう、ビッグアンプルこそ若人なら誰もが来年春のオープンに期待を寄せる、仮想現実を駆使したアトラクションが目玉の、完全屋内型テーマパークである。半年前から広大な鉄道の引込み線エリアを潰して工事は進められると、百々も『20世紀CINEMA』へ通う電車の中から進み具合を日々、眺めていたのだった。
「現場にはもうハナさんとハートが到着していて、ぼくたちもそこへ合流します」
「でも、こんな時間に建設現場って、誰もいませんよね」
唖然としたあと気付いたそれは、百々にも明らかな勝機だろう。
「怪しい人がいたらすぐ分かっちゃいますよ」
だがストラヴィンスキーに、三秒も経たず打ち砕かれる。
「それが、そうもいかなくって」
「むしろこの状況だからこそ実行に踏み切ったのかもしれない」
「どういうことですか」
言うレフへ百々は頭を振った。
「本来ならこんな時間には動いていない現場だが、今日に限ってこの天候だ。急遽、作業員が駆りだされて保全作業を行っている。現場には今、百名近くの作業員がうろついているらしい」
「作業員にでも扮装して、映画館の時みたいに紛れていたら大変ですね」
笑うストラヴィンスキーはまったくもって他人事といった具合だ。おかげでようやく百々は、自身が呼び出された理由を理解していた。
「あ。はは、は。だからあたしの出番か。犯人探し、がんばりますっ」
その頭上を目的地を記す看板は飛び去ってゆく。従いワゴンも高速を降りてゆく。鉄道の引込み線があったといわんばかり、一切の生活感を欠いた風景の中へもぐり込んでいった。
片側に延々伸びるフェンスは工事現場を囲うものらしい。ワゴンは沿って敷かれた真新しい車道をなぞる。やがて行く先に、名前とおりと薬液が閉じ込められたアンプルさながら、首と思しき場所から上を細くしたビッグアンプルは頭をのぞかせた。まだ上へいくらか積み足す予定らしい。強風の中、浅く明滅するクレーンの赤いランプは天辺に灯っている。
「まぁ言ったところで、わざとらしいほど残された文書の指紋に、照合したところで出てきた別人の顔写真。この騒ぎ自体、ぼくたちを撹乱するためのものじゃないかってハナシもあるんですけれど」
工事現場の搬入口だ。視界にとらえたストラヴィンスキーがワゴンの速度を落としていった。両端に灯るパトランプと、開かれたアコーディオン式のフェンスが、明らかに中に人がいることを知らせている。
「だとすれば真の狙いはどこにある」
レフの口調は苦々しく、ストラヴィンスキーもこのときばかりは愛想に欠けていた。
「相変わらず何ら要求もありませんしね」
オープンを楽しみにする一人なら、百々も再び拳を握る。
「どうしてこんなことばっかするのか知らないけど……、待ってなさいよ、怪盗ソーワットっ!」
「いえ百々さん、彼らは何も盗んでませんよー」
つっこむストラヴィンスキーと共に、ワゴンは工事現場へ侵入していった。




