第二章 【前半】英雄はいないし、英雄にはなれない
第二章 英雄はいないし、英雄にはなれない。
第十三話 探索協会からの依頼
本物の探索者として過ごす二ヶ月目。
今日も今日とて、薬草採取に励んでいた。飽きないかと言われれば、飽きない。自然を感じながら薬草を採取して、モンスターを倒す。時には、レアな蜜を入手したり、キノコを採ることだってある。蜜熊からドロップアイテムが落ちた時には、天使がファンファーレのラッパを心の中で吹くもんさ。
まあ要は、ちょっぴりギャンブル要素もあるってことだ。
強くなる目標は今のところ叶えられていないが、生活は安定している。
それは、とてもいいことだ。
「ぎゃあ!」
「おっと」
ラットマンとの戦いにも慣れてきた。数回も盾を激突させれば、頭が回って動きが止まる。まるで、スタン状態だ。盾を構えつつ、短剣を首に刺せば終わり。
「きゃあ!」
筋肉がついたから、一撃でラットマンを仕留められるようになってきた。相変わらずシンナー臭い。ペンキ色みたいな原色の青い血が首から舞う。青い血も、だいぶ見慣れてきた。普通の血とは違うから、生き物を殺している実感はあまりない。
盾の使い方も、上手くなっていると思う。前は全身で受けていた感じだが、少しずつ全てを受けずに流せるようになってきた気がする。まあ、気がするだけで、上手くいってるかは不明だ。
こういうのは気持ちの問題だろう。きっと、上手くいってる。
そう思う方が上達も早い気がした。
「うし、ちょっと休憩するか」
ある程度、薬草採取に目途が立ってから、休憩をはさむ。
雑木林ゾーンに来てからのお気に入りの場所は、休息地だ。ゾーンの中には、モンスターが近寄らない場所がある。何というか、光の聖域っぽい空気を放ってる場所だ。見た目で説明するのは難しいが、休息地に立ち寄れば分かる。ここモンスターこないわって感じで、直感的に。
「お、着いたな」
休息地には、小川が流れている。雑木林ゾーンは、基本的に青臭いのだが、休息地は花の蜜の香りが濃い。なんというか、肩の力が抜けて、体が勝手に休憩モードに入る。昼を食べた後、眠らないようにしないといけない。
「ふう、ようやく外せる」
リュックを降ろし、盾とガントレットを外して、小川で手を冷やす。革ガントレットの吸汗速乾性能があるとはいえ、ずっと手に装備していると気持ち悪くなるんだ。
「ああ……心地いい」
冷たい小川が、火照った手を冷やしてくれる。顔もついでに洗う。下流に人がいたら申し訳ないが、気にしたら負けである。バシャバシャ浴びさせてもらった。
「んー、水が美味い」
休息地に流れる水は、飲料水にもなる。本来なら、川の水を直に飲めば腹を壊すのだが、休息地ではそうならないらしい。現実世界とは勝手が違うのだろう。こういう変化は、正直ありがたい。
水分補給が終われば、次は昼飯だ。卵と鶏肉、トマト、レタスを挟んだサンドイッチ。パンは場所を取らないからな。
「いただきます」
うーん。トマトの酸味と、レタスのシャキシャキ感、卵と鶏肉のマスタードケチャップマヨ和えのサンドイッチは上手いな。外で食べるサンドイッチはいい。心と体、両方が満たされる。
「ごちそうさまでした」
お昼を食べて、しばらく休憩したら、また薬草採取再開だ。午前中の活動時間を長くして、午後は短くする。それが、今の活動スタイルだ。
休憩後は、どうにも集中力が途切れやすい。長くやることにメリットを感じないから、三時間程度で終わらせる。
「お」
運が良ければ、ここで蜜塊とであう。
【蜜塊】――見た目は大きなカマキリの卵。蜜熊というモンスターが、花や果実を食べて、体内で生成した蜜を唾液と絡ませたものを木に塗りたくる。理由は解明されていないようだが、ある程度の大きさの蜜塊の中には、甘い蜜が詰まってる。見た目も味も、ハチミツそのものだ。
「中身は……あるな」
蜜塊は、地面から120cmくらいの高さについている。蜜塊の上の方を壊して、蜜があるかを確認した。ぶわっと花と果実の香りが広がる。蜜塊の中身は、たっぷりとつまった琥珀色の蜜だった。
蜜熊の蜜だ。
第一エリア、雑木林ゾーン限定アイテムの一つである。
「このサイズなら、1Lはあるな」
これで一万ポイントは確実だ。探索協会から支給されるアイテムの一つである蜜塊専用の金属ストローを刺す。中身が満タンになるまで待機だ。
「グアアアア!」
蜜塊を壊すと蜜の香りが広がる。蜜塊を壊されて怒った蜜熊が姿を見せるのだ。
「来たな、蜜熊」
【蜜熊】――全長130cm。黄色と黒のまだら模様の小熊だ。ラットマンよりも大きいが、子供サイズ。ただ、熊の姿をしているから迫力はある。正直、最初は足が震えるほど怖かった。
もちろん、今は問題ない。
「ガアアアア!!」
ギィン!!――盾で太い前足についた太い爪を弾く。初戦闘時は、これをもろに受けてしまって左腕が上がらなくなった。そこからだ、盾を流す様に意識し始めたのは。
「うらあ!」
「グア!」
肉を刺した手ごたえはあるが、皮膚が分厚く一撃で倒せる相手ではない。血は青いが、シンナー臭いというよりは、甘ったるい香水の臭いが広がる。これは、これで、満員電車を思い出すからやめてほしい臭いだ。
「はあ!」
蜜熊との初戦闘は、1時間ほどかかった。なんなら、一度撤退した記憶もある。油断ならない相手だ。
「グルア!」
「ふん!」
「ガア!」
とはいえ、月に10体ほどは倒している。余程のことがない限り、大怪我を負うことはない。
行動を観察し、太い前足を流す様に弾いて、隙が見えたら即攻撃。
それを10回ほど繰り返せば……。
「グアア……」
「っしゃおらあ!」
見事に勝利ってわけだ。とはいえ、さすがにしんどい。腕はビリビリ痺れてる。まだ、受け流すのはうまくできていないようだ。これも修行の内として、受け入れるしかない。
「先に蜜の回収するかな」
戦闘が終われば、蜜がたっぷり詰まった容器の出来上がりだ。まだ、中には蜜が残っている。自分用にも保存しておく。自分用の蜜を採ったら、最後に蜜塊を食べる。
「うんめぇ……」
口に広がる甘い香りと、砂糖よりも甘い蜜は濃厚だ。蜜塊は最中みたいな硬さと味だ。最初は食べるのを躊躇したけど、興味本位で食べたら大当たりだった。
「……うし、疲れもいい感じに取れたな」
蜜塊を食べると、あれだけ重かった体が昼休憩くらいに軽くなるのもいい。本当に効果のあるエナジードリンクみたいな感じか。滋養強壮バフだな。今までの疲れが嘘のようだ。全快ではないが、まだまだ体力に余裕が感じられるほどの効果。
「うお!」
蜜熊のドロップアイテムを拾いに来たら、魔石とまさかの【蜜袋】を発見。蜜熊の内臓で、蜜が入った袋という感じだ。蜜熊を倒すと、たまにドロップされるアイテム。
「2万TP……」
薬草70株、蜜熊の蜜、それに蜜袋……。
今日は……焼肉だ。
「帰ろう」
それから、すぐに帰った。
恐らく、今までで一番早い速度で。
◆◆
「お待たせいたしました。こちらが、今回の換金額でございます。換金はTPでよろしいでしょうか」
「お願いします」
「かしこまりました。では、端末にタッチをお願いいたします」
ピピ――デバイスをかざすと、音が鳴った。
換金額を確認する。
――――――――――――――――――
薬草70株 14000TP
蜜熊の蜜1L 10000TP
蜜熊の蜜袋1つ 10000TP
魔石15個 7500TP
蜜熊の魔石 1000TP
――――――――――――――――――
4万TP!!
二週間ぶりに、4万TPを稼いでしまった。ここ最近は、毎度薬草100株を採れるようになってきたが、やはり蜜熊のアイテムは、換金額と効率が桁違い。
やはり、今日は焼肉で決まりだな。
「漣さん、少しよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
換金所の眼鏡の女性職員に話しかけられた。
珍しいな。いつもなら、ここで終わりなんだけど。
「実は、探索協会から依頼がございまして」
「依頼……え、俺にですか?」
思わず、もう一度聞いてしまう。夢も希望もない採取するだけの俺に対して、探索協会から依頼が来るとは思えなかったからだ。
「さようです。採取したアイテムを定期的に換金していただける探索者様に依頼を出しているのです」
「それは、どのような?」
「お話を聞いていただけるということで、よろしいでしょうか」
「もちろんです」
「ありがとうございます。では、少々お待ちください」
依頼ということは、お金も支払って頂けるということだ。内容は、採取についてだろう。でなきゃ、俺みたいな底辺探索者に声がかかる訳がない。
しばらく待っていると、数枚の紙を持った眼鏡の女性職員が戻ってきた。
「こちらが、依頼書となります」
「これが」
依頼書を確認する。
どうやら、薬草・蜜熊の蜜・ブルーマッシュに関しての採取のようだ。
「薬草の換金額というより、採取の換金額が高いと思ったことは?」
「あります」
薬草1株200TP、一株程度なら大した換金額ではないが、塵も積もれば山となる。ラットマンを倒すよりも、はるかに効率よく稼げるからな。
「需要と供給が見合っていないのです。薬草を使用した塗り薬は、探索者の方々にとって必要不可欠。それに、塗り薬は市場価値も高いのです」
「まあ、そうですね」
日常的に起こる怪我なんかも、塗り薬があればすぐに治るからな。痛みがすぐに引くっていうのは、探索じゃなくても欲しい物だろう。
ぶっちゃけ、言ってしまえば割増で追加報酬を出してでも、採取専属の人員を協会が欲しているということだ。まあ、強くなるには足枷になるが、生活のための探索者にとってはありがたい措置には変わりない。
少しばかり会社員時代を思い出すが、悪くない条件だ。
「ですが、探索者は力や金銭を求める方がほとんどで、こういった素材集めに関心が少ないのです。当然とは言えば、当然のことではあります」
「たしかに」
まあ、実際にそうだろう。俺みたいな探索者の方が稀だ。わざわざ危険を冒して、普通の社会人程度の稼ぎしかない仕事をするとは思えない。
それに【第一の試練】もある。試練を乗り越えない限り、採取自体も安定して稼ぐことはできない。ラットマンを倒してしまえば、【思い出の遺骸】が現れ続ける。
結局、第一の試練を乗り越えない限りは、採取専業すらできないのだから。第一の試練を乗り越えたら、本格的な探索者生活が始まる。わざわざ採取専業をする人間などいないということだ。
「それに、漣様が換金してくださるアイテムは、どれも最高品質。薬草に関しては、採取量も平均して80株近く安定して換金されております。探索協会は、定期的に塗り薬のアイテムを卸していただきたい。漣様は、採取を専業にしている。双方に利点があるということです」
「蜜熊の蜜や、ブルーマッシュは、たまになんですけど、それでも問題ないですか?」
「問題ございません。これらはレアアイテムとなっております。むしろ、定期的に採取していただけることに、我々探索協会も感謝しております」
「そう……ですか」
なんというか、生活のためにやっていることが誰かの役に立つとは思わなかった。やばい……ちょっと、胸の奥が熱くなる。泣きはしないが、少しだけ泣きたくなった。
自分のしていることが、社会の役に立っている。社会人時代では何も感じなかったはずなのにな。自分を肯定された気分になってるのかもな。
「依頼につきましてですが、薬草の単価は1株300円。ブルーマッシュは100g2000円、蜜熊の蜜は100ml2000円となります」
「それはまた……すごいですね」
薬草は1.5倍、ブルーマッシュと蜜熊の蜜は2倍の値段で買い取ってくれるのか。
これ……だいぶ稼ぎが上がるな。
「依頼を受けていただける場合、今まで探索協会に卸していただいた分の追加報酬もございます」
「やります」
やる一択だろ、こんなの。
依頼書には、いつでも依頼を止めてもいいとあるし、やらないわけにはいかない。
了承したからか、眼鏡の女性職員もにっこりである。
「ありがとうございます。それでは、依頼書にサインをお願いいたします」
「はい」
紙の用紙なんだな。デバイスは使わないのか。
なんとなく疑問に思ったが、すぐにサインする。
「ありがとうございます。それでは、今まで卸していただきましたアイテムに追加報酬を送らせていただきます。端末にタッチをお願いいたします」
「はい」
ピピ――デバイスから音が鳴った。どうやら、そういう設定もできるようだ。
「……っ」
ゴクリと思わず唾を飲み込んでしまった。
いや、すごいなこれ。
60万TP。
4000株以上の薬草と、蜜熊の蜜と、ブルーマッシュ。これまで採取してきた分の追加報酬金額だった。
今まで我慢していた物が買える。それだけじゃない、心の余裕も生まれた。やはり金は偉大である。
「次回より、最高品質のアイテムには依頼報酬が入ります。これからよろしくお願いいたします」
「こ、こちらこそ、お願いいたします」
つい頭を下げてしまった。
今までの生活が、さらに安定する。安定するどころか、余裕さえあるぞ。地道に頑張ってきたからか、素直に報酬金を受け取れた。
心が満たされるとは、こういうことを言うのだろう。
社畜時代にはなかった、正当な評価と報酬。
これだけでも、会社を辞めてよかったと思える。
「もう一点、漣様には探索協会から依頼がございます」
「もう一点?」
もう十分すぎるほどなのだが、まだ何かあるのだろうか。
眼鏡の女性職員から、一枚の紙が提示された。
秘密保持契約書と記載されている。
「ただ、こちらは話を聞いていただく前に、秘密保持についての契約書にサインをしてたいただく必要があります」
「なるほど」
どうやら、重要な話のようだ。
【魔法契約書】と左上に記載されていた。絶対に破ることのできない契約書だ。用紙に魔力を込めることで、他者の行動を制限できる。悪い取引なんかにも使われてしまうが、本来はこういう時に使われるのが一般的と聞いた。
まさか、目に付くとは思わなかったが。
「こちらに記載された内容によく目を通してください。これらに賛同できる場合のみ、もう一枚の依頼書について、お話をさせていただきます」
言われた通り契約書を確認する。
要約すると、こうだ。
・今回聞いた話は、他言無用とする。
・契約違反を犯した場合、契約書に記載されている記憶が抹消される。
・また、今後は探索者としての活動もできない
思わず背筋が伸びてしまう。
秘密を破れば、探索者の道が閉ざされる。記憶を失っているから、どうして探索者のライセンスが失効されるかもわからない状態になるわけだ。
背中から冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。
「秘密を守っていただければ、お互いに悪い話ではございません」
「……お願いします」
正直、気になる。
少し触れてはいけない何かに触れるような怖い気持ちもあるが、メリットの方が大きいのだろう。
だから、受け取った秘密保持書にサインした。
書き馴れたはずの名前は、少しだけ歪に曲がってしまった気がする。
第十四話 回復薬の裏話
「ありがとうございます。それではさっそく、ご説明させていただきます」
そういうと、眼鏡の女性職員は、道具を取り出してスイッチを入れた。
「これは?」
「魔道具です。防音効果がございます。これで、こちらのお話は誰にも聞かれなくなります」
「なるほど」
やっぱり聞いてはいけない話の類なきもする。
命を取られるわけではないが、探索者として活動できないと書かれたせいもあって、思わず胃がキリキリと痛む。
「さて、こちらは探索協会で作成している回復薬の手順書となります」
「回復薬の手順書……回復薬というと、塗り薬よりも大きな傷がすぐに治る薬ですよね?」
「さようです。回復薬の定価は100万円となっております。ただ、その性能も素晴らしく、切断された腕すらも治せてしまうほどの効力がございます。金額に見合った代金ということですね」
「なるほど……それを作れてしまうと?」
「そういうことですね」
にっこりと笑顔を見せる眼鏡の女性職員だが、目が笑っていない気がする。これはなかなか重たい案件だったかもしれない。まあ、話さなければいいだけだし、自慢する相手とかもいないから、そこら辺は安心だけど。
「これも、ある程度のノルマが必要ですか?」
「いいえ。こちらに関しては、やるもやらないも漣様の自由です。他言無用にしていただければ」
「そうなんですね」
話を聞くだけ聞いてというのもありなのか。
「とはいえ、これを知っているのは限られた方のみです。回復薬の手順書をお渡しするまでに、身辺調査、素行調査も行っております。探索協会に認められた方のみにお伝えしているということだけ、ご理解いただければと思います」
「わ、分かりました」
聞きたくもない単語がつらつらと出てくる。
信用されたということだろうけど、色々と調査済みというわけだ。こうなってくると、余計話を聞くのが怖くなる。少しばかり悪寒がするぜ。
「回復薬の製造に必要なアイテムは、以下の四つです」
「これって」
「回復薬の色が青緑色の理由がお分かり頂けたでしょうか?」
「……あまり知りたくなかったし、広められたくない理由が分かりました」
世間体をこれほど気にするアイテムもそうないだろう。
まさか、蜜熊の血が使われているなんて。
「蜜熊の血だけではないのですが、モンスターの血は必要不可欠です。ただし、シンナー臭い青い血ではなく、甘ったるいほどの香りがする青い血。これが必要なのです」
「採取の仕方は?」
「モンスターを倒した直後に採血してもらえば、問題ありません」
「なるほど」
相槌を打つと、女性職員が作成手順を捲る。
そこには、自分でも使っている塗り薬の作成手順が書かれていた。
「本来、回復薬というのは探索者の特権です。正規の塗り薬は、痛みもなく回復できる仕様となっておりますね。国からの補助があり、Eランクの一定ライン、第一の試練を乗り越えた探索者には、痛みのない塗り薬が一万で購入することが可能です」
痛みがないのか。まさか、値段だけじゃなくて効力まで違うとは。
たしかに、これは特権だな。
「市販で購入できる塗り薬が痛みを伴うのは、化学品と回復薬が合わさったものとなっているからです。それに、値段も跳ね上がります。一般の方が塗り薬を買う場合は、二万円。回復薬は、その三倍です」
回復薬は、三百万ということだ。とてもじゃないが、軽々と購入できるものではない。
政治的な話に足を突っ込んでしまった気分だ。なんだか、体温が下がった気もする。好奇心は猫をも殺すというわけではないが、それに近しい話だ。
見たくもない裏側の世界。でも、作る人間には知る権利があるということだろう。
「それを、作れるようになると」
「そういうことになりますね」
「回復薬も作れるのですか?」
「もちろんです。ただし、作成するには探索協会の中でのみ。また、持ち運びについても制限がございます。Eランクの漣様の場合、作成した回復薬を持ち運べるのは、二本まで。盗まれる可能性を考慮してとなります。残りは協会側に、一本10万円で買い取らせていただきます」
「……なるほど」
定価100万円で売っている回復薬を、10万円で買い取るね。ツッコミどころ満載だ。
材料費も手間もこっち持ちではあるが、中抜きがエグい。まあ、大企業の独占ビジネスってところだろう。独占禁止法が思い浮かぶけど、まあ、知られるわけにはいかないかー。回復薬にモンスターの血が使われてるなんて広まったら、国や探索協会どころか、探索者や、一般人も巻き込まれる。口封じするのは当然だろう。
それに、探索協会も色々と金が必要なんだろう。あくどい話は噂にするけど、きっとこういうところなんだろうな。
ダンジョンに法律はないなんて、よく言ったもんだよ。
とはいえ、俺からすれば、採取したもので10万円で買い取られるんだから、文句は言えない。というか、言う必要もないだろう。100万円を失わず回復薬が手に入って、残りは生活の足しになる。
下請けが文句を言っていい立場じゃない。
正直に話してる分、好感もあるしな。
ただ、少し気になることもある。
採取専属の下請けを囲みたい理由は分かった。だが、それとこれとは話の規模が違う。
「その、質問しても?」
「もちろんです」
「どうして、Eランクの自分に作成手順まで教えるんですか? 言い方は悪いですけど、俺から素材を買い取って協会から作ればいいだけのはず。わざわざ秘密を教えるリスクを負う理由が知りたくて」
「薬草採取を専門とする方々の報酬については、我々も把握しています。長く探索者をしていただくための措置と思っていただければ。ダンジョンでは何が起こるか分かりません。大怪我をした場合の手段は、必要かと」
「なるほど」
たしかに、大怪我をしてしまえば、そこで探索者生活はお終いだ。回復の手段があることはありがたい。実際に効力のあるお守りを所持しているものだろう。
それに、依頼を受けているのは、自分だけではないようだ。そのことに、少しだけ安堵した。似たようなことをしている人がいるというのは、なぜか安心を覚える。
まだまだ自分の心が弱いことに、思わず内心でため息をついてしまうが、気にしたら負けだろう。
「それに、先ほども話した通り、採取専門の方の数は不足しています。漣様のような方は、探索者の中でも貴重な人材なのです。力を求め、力がある探索者の方々は、裏方作業を必要としておりません。それと、素行についての問題もございますので、簡単に話を広められないのです」
「たしかに、それもそうですね」
「ご理解いただきありがとうございます」
強くなればなるほど、慢心するということだろう。全員が全員、そうではないだろうけど、用心に越したことはない。パーティーのうち、一人でも素行に問題があれば、話せないということでもあるし。
ソロにしか任せられない仕事というわけか。
「最後に、回復薬の売買についてですが、探索協会のみでの買い取りとなっております。一般の方や、他の探索者に転売した場合、記憶を抹消され、二度と探索者には戻れませんのでご注意ください。ただし、緊急時に他の探索者の方に使うことは可能とします。こちらに関しては秘密保持のため、代金を受け取ってください」
「いいんですか?」
「もちろんです。なにせ、100万円もする回復薬を無料で奉仕するのは怪しまれる行為となりますので。とはいえ、それを利用して金儲けをしていると発覚した場合は、転売扱いとなりますのでご注意ください。実際に、そういう方も過去にいらっしゃいました。自覚して悪用した場合、魔法が発動されます。協会側でも分かるようになっているので、取り扱いには十分お気を付けください」
「分かりました」
まあ、馬鹿なことをしても、魔法があるからお見通しってわけだ。
気を付けるも何も、そういうことをする気もないから俺にはメリットしかないな。
「盗みや脅しで取られてしまった場合は、探索協会にご連絡をお願いいたします」
まあ、あるんだろうな、きっと。使われているところを見られないようにしないと。とはいえ、狙われるのは、俺と同じ強さの人間か、一般人だろうな。力は五分五分とはいえ、注意は必要だろう。
「説明は以上となります。長々とお時間を頂戴してしまい、申し訳ございません」
「いえ、とても有意義な時間でした。ありがとうございます」
「でしたら、良かったです。質問等は、ございますでしょうか」
「いえ、特には」
まあ、何かあれば聞けばいいだろう。
「では最後に、こちらの秘密保持書を確認していただいて、サインをお願いいたします」
「分かりました」
二枚目か。まあ、厳重になるのも無理はないよな。
今回はぶれずにサインを書けた。まあ、腹を括ったということだ。
サインした用紙を渡すと、眼鏡の女性職員は確認を終えると用紙を机に裏返しに置いた。
「もし何か、ご質問等ございましたら、わたくしまでご連絡を頂ければと思います。このことは、探索協会の中でも、回復薬製造については僅かな職員しか内容を把握しておりませんので」
頼元千尋と書かれた名刺を渡される。
思わず両手で受け取ってしまった。
「ありがとうございます。では、またその時にお願いします」
「はい、お待ちしております。それでは、本日は以上となります。気を付けておかえりくださいませ」
「はい、色々とありがとうございます」
頭を下げてから、換金所を去る。
少し喉が渇いてしまったので、近くの自販機で飲み物を買った。
「うお」
残額が見えて、思わず驚いてしまう。
三桁万円切っていた貯金が、元に戻っている。今日のボーナスのおかげだろう。口角を上げないようにしているつもりだが、にやけたおっさんの面がデバイスに映りこんできた。
まあ、いきなり60万TPだもんな。
カシュッ――いつもは買わない自販機の飲み物に手をつけちまうのも仕方がない。
「ふう」
にしても、なにやら凄い話になったな。生活が向上するのはありがたいが、少しだけ肩の荷が重い。まあ、でも、それもまた探索者人生か。
休みの日にも稼げる仕事がある。回復薬の調合は、休みの日にやる予定だ。前は嫌だった休日出勤のはずなのに、今では自ら仕事を選べるようになった。
一生懸命、生きてるって感じがするな。
グウウウ――おっと、そんなことを考えてたら腹が鳴ってしまった。そういえば、夕飯食べてなかったな。今日は焼肉。これは、結構贅沢しても怒られないやつだ。
楽しみだぜ。
「ええ! これだと駄目ってどういうことだよ、千尋姉ちゃん!」
「ん?」
なにやら換金所が騒がしい。中の方は見えないが、換金所の後ろにいる子たちのお揃い制服、探索学園の生徒か。それに、千尋姉ちゃん。さっきまで俺が座っていた換金所の方だ。となると、知り合いなのかもな。
「薬草って、もっと高く売れるって聞いたのに! え、品質がゴミ? そんなこと言わないでよー!! つか、このままだと採取の試験もヤバいじゃん! え、ちゃんとやれって? これでもやってるんだよー!」
頼元さん、意外とお口が悪いのかもしれない。
グウウウ――まあ、他所のことは気にしないほうがいいか。
「焼肉に行かねば」
迷惑にならない程度の駆け足で、ロッカールームに急いだ。
頭の中が、焼肉に支配されているせいだろう。
今日は、たらふく食う。
すでにメニューは決めてある。上物ばかりを食べる予定だからな。
駆け足で探索協会を出た。
まあ、思ったより焼肉で贅沢はできなかったけどな。
なにせ、高級な肉の脂は30歳には重かったのだ。
最初にカルビを食べたのが、間違いだった……。
……歳には勝てないと、ここでも負けた気分だ。
第十五話 探索学園の生徒たち
「ブルーマッシュ、採ったどー」
【ブルーマッシュ】全体が青いキノコ。見た目はエリンギとシイタケを合わせた感じ。まあ、青いけど。暗い場所で見ると、若干発光している。薬草が生えている木の根近くに生えていてサイズは手のひらに乗るくらい。大きさも均一だ。これ一個で200gだから、意外とずっしりとしている。臭いはない。完全に無臭だ。根元から取るっていうよりは、全体をシャベルで掬わないと綺麗に取れないから、採取も若干面倒だ。
一つ生えていれば、三つは手に入る。今日は、合計六個のブルーマッシュを手に入れた。一個は自分で使うから、自分専用のジップロックに保存した。残りの五つは換金用だ。
蜜熊の蜜が手に入ればよかったんだけど、まあ簡単には見つけられないよな。
「薬草も70株は採れたし、後は30株採って終わりかな」
ふう、足腰が痛いったらありゃしない。午前中に可能な限りの薬草も採ったけど、もう少しやっていかないとな。
「だか……」
「えー……かなー」
なんだ、人の声がする。珍しいな、この辺に人がいるの。ソロなら分かるけど、たぶんパーティーで来てる。休憩中に通り過ぎる人はいるけど、こんな奥まで来ることはないと思ってた。
「まあ、いいか」
ソロ同士で、お互いに頭を下げる程度だ。俺みたいにほぼ毎日薬草採ってる人は限られてるけど。ゾーン自体も、意外と広いからかち合うことはないと思いたい。
「あーあー、面倒くさいなー、採取」
「だから、そんなこと言わないの」
おっと、採取目的のパーティーだったか。これは面倒なことになりそうだ。声からして結構若いし、やる気のない感じ。馬鹿にされる前に、とっとと逃げておくか。
「あれ、人がいる」
「本当だ。採取してる人もいるんだね」
おっといけない。バレてしまった。撤退が遅かったか。まあ、いいや。馬鹿にして来るようなことは言ってないし。って、周りのことを気にせず生きるって言ってたのにこれだもんな。
被害妄想大好きな自分の弱さが嫌になるよ。
「なら、手分けして探そう」
「四人でならすぐ終わるよな!」
「そうだね!」
「うん」
面倒な割には、しっかりやるらしい。恐らく、探索学園の生徒たちの課題に必要なのだろう。いいね、青春って感じがしてさ。少年よ大志を抱けってっか。
まあ、それでもここまで来れるってことは、【第一の試練】を乗り越えたってことだ。心が強くないとできないよなぁ。ああいう若者が、未来の探索者を担っていくんだろう。
俺は、せこせこと採取するだけだけど、彼らの役に立てることもある。回復薬の素材集めだ。そのために頑張ろうとも思えるから、これはこれでありか。まあ、ぶっちゃけ、生活のためだから潜ってるだけだけどさ。言い訳くらいは、してもいいと思う。
「……はぁ」
意味のない言い訳好きだよな、俺って。
とりあえず、移動しておこう。
あまり距離が近いのは良くないらしいからな。獲物が被った時、私の俺の論争に巻き込まれるからだ。探索者パーティーに文句言われたら、勝ち目なんてないし、ソロの方が引くしかない。まあ、仕方がないっちゃ仕方がないけど。
「切り替え切り替えっと」
少し奥まで入って薬草採取に専念する。
二ヶ月前と比べて、明らかに薬草採取の速度が上がっているのは明白だ。一日100株は基本ノルマになっているくらいだしな。天能が生えていてもおかしくないほどの速さだろう。
とはいえ、鑑定するほどでもない。採取があったところで、パーティーではお荷物扱いだしな。戦闘スキルが生えたと思ったら確認すべきだろう。
そんなことを考えながら、時には無心で薬草を採取し、ラットマンを屠ってから採取を繰り返すこと数時間。
「あー……疲れた」
目標の100株の採取が完了した。
「蜜ドリンク、蜜ドリンクっと」
蜜熊の蜜入りドリンク。鼻に抜ける爽やかなレモンの香りと、蜜の匂い。口がさっぱりするのと同時に、重たかった体全体が嘘みたいに軽くなる。
「ふう……生き返るな」
探索協会に換金する以外にも、採取アイテムは応用が利く。まあ、これもYouCastっていう動画サイトから調べたものだ。ソロ探索者用動画は需要がないからか、ほとんど再生されていなかったけどな。
ダンジョンアイテムを生活に、というタイトルだった。これから、色々と試していこうと思っている。どうせなら、楽しく工夫しながら生活していきたいという表れだ。
ブルーマッシュは、まだ試せていないけどな。さすがにちょっと怖いし。回復薬に使われている以上、毒ではないと思うんだけど……まあ、休みの日に試そうと思う。
「さてと」
まあ、そんなことはいいか。
今日はこの辺で帰るとしよう。
薬草も100株と少し手に入れたし、ブルーマッシュも採取済み。あとは、蜜塊の蜜が見つかれば良かったんだけど……。まあ、ないものは仕方がない。明日に期待だな。
「帰ろう」
時刻は15時。いつも通りだ。ダンジョンに潜ってから7時間。帰りを合わせれば8時間くらい。ダンジョン生活にもだいぶ慣れてきたな。
一時はどうなるかと思っていたけど。
「何とかなってよかったな」
ずっしりと肩にかかる重みが、生活を支えてくれる。
思わず口角が上がった。今日も今日とて大収穫。薬草採取だけでも3万TPは確定している。一ヶ月のうち、20日間稼働しても60万は硬い。月60万かー……年収で言えば500万。今までの1.5倍の収入差。
いやー、にっこにこだぜ、これはよう!
なーんて、鼻息交じりで帰路に立っていたら。
「おや」
目の前にいるのは探索学園の生徒たちだ。ラットマン相手に、四人で武器を構えている。そこまで慎重になる相手ではないと思うが、そういう教えなのだろう。安全の徹底的なさ。
邪魔するのも悪いし、迂回して帰るかな。
「はぁ」
迂回して帰るの面倒くさいなー。本当は一直線に帰りたい。走って抜かすのも愛想悪いよな。同い年くらいなら、声かけたんだけど。
「のー!」
ほら、元気な声が聞こえるよ。もしかしたら、18歳なのかもな。くー、10代。末恐ろしいぜ。18歳と30歳って干支一回り分くらい違うじゃん。っていうことは、12歳差か……。本当に怖いわ。
「あのーー!」
「……ん?」
いったん周囲を見渡す。自分以外の探索者は無し。声が聞こえる方向では、女の子がぶんぶんと手を振っている。間違いなく、自分に声を掛けているようだ。
間違っていたら全速力で逃げようと心に誓いながら、自らを指で差す。
「そうでーすー!」
どうやら、俺らしい。
「ええー」
まだ距離はあるから俺の声が向こうに届くことはない。なんで、自分なのだろうと思いながらも一応近づく。声を掛けられた以上は、何かあるってことだもんな。
目を細めて口角が上がって、どうしてそこまで笑顔なのかというほどの笑顔だ。
格好は、探索学園の生徒の制服姿だ。制服は学ランや軍服のような形。女の子は銀ボタンの長ランにズボン、男の子は金ボタンの学ランにズボンといった感じだ。
普通にかっこいいな。学生系の創作品だとスカートだけど、現実はそうじゃないらしい。
まあ、とうぜんか。スカート履く意味分からんしな。
学生っていうより、見習い軍人って言葉が似あう姿だ。
「こ、こんにちは」
「ど、どもう」
ふうと、汗を乾かす様に手で風を送る探索学園の女学生。ぶっちゃけ、めちゃくちゃ可愛い。もう少し若かったら、勘違いしそうなほどの愛嬌がある。
にしても、少し走っただけで疲れているようだが、鍛錬が足りていないのだろうか。まあ、今までも潜っていたとすれば、少し走っただけでも疲れるのは無理ないか。
「えっと、これから帰られる方ですか?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、一緒に帰りませんか? 私たちも採取が終わったので、これから帰るんですよ」
凄い話しかけてくるな、この子。
「それは悪いですよ」
ぶっちゃけそうしたいけど、一度は断っておかないとキモいよな。いや、分からんけどさ。こういう対応は初めてだから正直分からん。
一度断ると、女学生は頬に指を置いて首を少し傾げる。
うん、あざとい。
「でも、帰るだけなら遠回りする必要ないですよね?」
「まあ、そうだね」
「なら、さくっと五人で帰りましょう!」
ぐっと、一歩近づいてくる。うわー、距離感バグってるタイプの女の子だ。あかん、フェロモンが。加齢臭が始まってきたおっさんとは、真逆の香りが!
いかん、このままでは変態になってしまう!!
「でも、パーティーメンバーに悪いんじゃないかな?」
「許可は取ってありますので、お構いなく」
これはあれだ、本当にただただいい子なだけだ。人を傷つけないタイプの本物の陽キャだ。おじさんを揶揄いに来たわけじゃなくて、ただただ親切心溢れるいい子。
心が穢れているのは、俺だけのようだ。
「なら、遠慮なく」
「はい!」
というわけで、若者パーティーと一緒に帰ることになった。
18歳に囲まれる30歳。最近少し若返ってきたと思ったけど、全然そんなことなかったわ。みんな若すぎて、仮初の若さだと気付かされた。
「助かりました。ちょうど、帰ろうと思っていたところなので」
「いえ、大丈夫ですよ。探索者は持ちつ持たれつですから」
「ありがとうございます」
とてもリーダーな感じがするイケメン青年だ。大人の対応ってやつだけど、愛想はそこまでよくないらしい。まあ、ここに入れて貰える時点で、心根は優しいのだろう。
他の子も渋ってる感じはしない。というより、いつもやっているような慣れている感じがする。
「私たちも大人に助けられてきたので」
探索者パーティーでは、帰り道が一緒になった際、こういうことが起こるらしい。安全に帰るために、パーティーが集まりだすのだという。自己紹介とかはしないらしい。帰り道だけの関係だからだそう。まあ、横の繋がりはできやすくなるらしい。
彼らも、帰り道にお世話になったそうだ。
「こういう人助けみたいなことしてみたかったんです」
愛嬌ある子が、愛されるようなこと言ってる。
「お兄さん、雑木林ゾーンにいた人っすよね?」
「そうですね。ああ、じゃあ、あの時の子は」
「俺らっすね!」
元気な青年がニコニコ笑っている。これで装備している武器が斧なんだから、ギャップがすごいな。
「みなさんは、探索学園の学生ですかね?」
「そっすよ!」
元気な青年がニッコニコで答えてくれた。このパーティー、笑顔と真顔が二極化しているなっていうくだらない感想が浮かんだ。
「お兄さんは、ソロなんすね!」
お兄さん。そう言われると背中が痒くなる。お兄さんという歳ではない気がする。30歳は、お兄さんなのか、おじさんなのか、おっさんのなのか分からない。
でも、否定すると話しがややこしくなるので、愛想笑いで乗り切った。
「そうですね。始めた年齢が遅かったので」
「へえ、そうなんっすね!」
うん、やっぱり深くは聞いてこない感じだ。本当に帰るだけの関係なんだな。これはこれで、面白い。
「あの、お兄さんは採取専業なんですか?」
「まあ、そうだね。今のところは」
「なるほど」
何かを考え込んでいる愛嬌ッ子。
「採取ってつまんなくないっすか? もっとこう、敵をばっさばっさ倒したいっすよ、俺は」
「まあ、生活のためだからなー」
「そういうもんすか」
「そういうもんだな。でも、楽しいよ。社会人生活が長かったから、こういう生活は憧れてたし」
「まあ、楽しいならいいっすね! 俺たち、学園側の課題で採取もしないといけなくて」
とまあ、そんな感じで元気青年の愚痴大会が始まった。
高校を卒業してすぐに探索学園に入学した彼らは、戦いの基礎を学んでようやくダンジョンに潜れたというのに、戦闘と同時に採取もやれと言われたらしい。
まあ、男の子なんてのは特にそうだよな。地味な仕事より、派手な戦闘を楽しみたいのだろう。俺がこのままタイムリープして若いころに戻ったら、きっと同じような感想を浮かべるだろうしな。
とまあ、色々と学園の愚痴を聞きつつ、探索協会に帰った。
帰り道、なんどかラットマンと会ってしまったが、彼らに任せっきりだ。中途半端に手伝っても邪魔するだけだし、わざわざ手を挙げて戦闘に参加するほどの戦いでもないしな。
「つきましたね」
「いやー、本当に助かりました」
帰り道分は稼げなかったけど、楽ができた。これはこれでありがたい。
「こちらこそ、採取の話を聞けて助かりました!」
「ソロは意外と儲かる話も、面白かったぜ!」
探索学園のことを聞いたお礼に、薬草の採取の仕方を教えてあげた。まあ、こっちだけ情報を貰うのもあれかと思って。あとはまあ、なんとなくだ。パーティー以外の道もあるよってことを、教えておくのも悪くないよなって。
「お互い様ということで。じゃあ、ありがとうございました」
「あざしたー!」
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
「した」
学生パーティーが、探索協会へ戻っていった。
元気青年、愛嬌女学生はお喋り担当。必要以上に話さないリーダーと、無口な女学生ね。なんとまあ、面白いパーティーだったな。
まあ、もう会うこともないだろう。採取が終わったら、きっとまたいつもの生活だ。ということは、これから学生が増えると思っておいた方がいいだろう。
「もう少し、時間を早めたほうがいいかもな」
一ヶ月くらいは、早め早めに行動しようかな。
明日も、そんな感じだったら、そうするか。
「……帰ろう」
換金所にいたのは、たまに見かける女性だった。
頼元さんではなかったな。まあ、どっちでもいいか。
本日の成果は、この通りだった。
――――――――――――――――――
薬草100株 30000TP
ブルーマッシュ1kg 20000TP
魔石12個 6000TP
――――――――――――――――――
「お気をつけて、お帰りくださいませ」
「ありがとうございました」
5万TP。
たぶん、平均して4万TPはもう稼げるようになっている。
20日間で80万TP、このペースだと年収1000万円は余裕だ。
「凄くね?」
思ったより順調だ!!
「へへ……」
おっと、いかんいかん。思わず、口角が勝手に上がってしまったぜ。
油断禁物、油断大敵。
慢心は敵だぞ。
……今日は何を食べに行こうかなー。
「えー、なんでよ!! 今日のもダメなの!? そこをなんとか頼むよ、千尋姉ちゃん!!」
おや、この声……元気青年か。
そういえば、似たような会話を昨日も聞いたような。薬草採取って、意外とシビアなのかもしれない。明日から早めにダンジョンに潜るつもりだし、俺には関係ないか。
「さて、餃子定食でも食うかな」
待ってろよ、ニンニクと生ビールちゃん!
たらふく食べ終わったあと、デバイスから連絡が届いていたことに気付いた。
内容は、指名依頼。
間違いではないかと確認したが、どうやら本当に自分に来ているようだ。
依頼者は、ヴェスパーというパーティー。
内容は、採取についての指導だった。
「……なんで、俺?」
ニンニク臭い口で、思わず呟いた。
「うっぷ」
おっと、げっぷが。
「ゲフンゲフン!」
通行人が咳払いをして、睨みながら去っていく。
……大人しく家に帰ることにした。
家に帰ってから、受けるか受けないかの返答をするとしよう。
第十六話 ヴェスパー
指名依頼が来てから三日後、今日が採取の仕方のレクチャー日だ。
「忘れ物無しっと」
忘れ物チェックの指さし確認は必須だ。先日、せっかく蜜塊を見つけたというのに、蜜回収ボトルを忘れたせいで回収すらできなかったのだから。ホワイトボードを買って、忘れ物チェックを入念に確認できるようにした。
「はあ、不安だ」
探索者の生活には慣れてきたが、人に教えられる技量があるかと言われれば怪しい。心臓の音がやけに耳まで届くし、体が落ち着かずくねくねしてしまう。緊張しいだから仕方ないとはいえ、レクチャー中は指の震えがないように祈っておこう。
でもまあ、やるしかなかった。なにせ、指名依頼の報酬は5万TPだ。採取するのと同じ分の金が手に入る。
薬草採取のやり方を教えるだけで、これだけ貰えるんだから、やらないわけにはいかない。人に教えるのがメインになるとはいえ、ある程度教えたら時間が空くだろうしな。
その時は、回復薬分の素材は集めておこう。蜜熊が現れるといいけど、果たしてどうなるか。
「にしても……」
まさか、採取をしただけでこれほどの需要があるとは思わなかった。どこでも取れるとはいえ、誰でも採取できるわけじゃない。ソロじゃないと旨みがないってのもありがたいところだ。
第一の試練を乗り越えただけで、今までとは見違えた生活ができるんだから凄いよな。
本当に探索者になってよかったと思う。
ピピ、ピピ、ピピ――家を出る時間のアラームが鳴った。
「さて、行くか」
荷物は多いが、そこまで重くない。ボトルも空だし、中身も入っているようで入っていないようなものだからな。帰りは重たいが、肩の重さは金の重さと考えるようにしている。そうすると、不思議と体が動くからだ。
あ、そうだ。蜜ドリンクは……よし、持っているな。
「よし」
鏡の前に立つ。
三ヶ月前の自分とは別人だ。
「髪もそろそろ切りたいな」
伸びてもなお、黒髪のくせ毛は変わらない。まあでも、それ以外は変化している気がした。
表情が穏やかになっている気がする。目元に広がる隈もない。相変わらず、やる気のなさそうな目をしているが、死んだ魚のような目ではなくなった。肌つやも良くなっていると思う。
気になることといえば、左腕だろう。盾を装備しているからか、左腕の筋肉は明らかに太いし、しっかり硬い。見た目のバランスは悪いが、探索者って感じだ。今まで頑張ってきた積み重ねが、こうして体に現れるのは見ていて気持ちがいい。
死にたくなっていたころの冴えないおじさんは、もういないのだ。
「俺は探索者」
「俺は無事に生き残って帰れる」
「俺なら大丈夫」
鏡の自分を励ます。
「行ってくる。見守ってくれると嬉しいな、ミル、カフェオ」
声は聞こえない。
けれど、あの時聞こえた幻聴は本物だと信じて、こうして話しかけている。ダンジョン産のアイテムは何が起こるか分からないからな。
何かしらの効果があればと思ってる。
まあ、お祈りみたいなもんだ。
「うし、行くかね」
ワイルドおじ、出勤だ。
◆◆◆◆
「おはようございます」
「おはようございます」
探索協会について、入場記録を取ってもらった。
ピピ――相変わらず、ここでのやり取りはコンビニのようだ。まあ、コンビニ店員に朝の挨拶はしないけどさ。
「漣様、本日は指名依頼が入っておりますが、お間違いないでしょうか」
「あ、はい、間違いないです」
「ありがとうございます。では、第二回会議室へお願いいたします。第二会議室は、階段を上がって右手に曲がり、二つ目の扉となります」
「分かりました」
「気を付けていってらっしゃいませ」
ふう、いつもと違うことをすると、変に緊張するな。ルーティンを乱されるわけじゃないけど、いつも通りじゃないってのは不思議な感じだ。
まあ、受けてしまったんだから、最後までやりきろう。
指名依頼の相手も、探索協会が認めた探索者でないと受けられないというし。素行も問題ないのだろう。学生相手なのは分かってるし、せめて会話ができればなと願う。
「ふう」
扉の前に立つと、自然とため息が出てしまった。
会議室は、あんまりいい思い出がないからな。
コンコンコン――うわ、なんだろう。圧迫面接を思い出す。扉が閉まってるせいで、余計にそんな空気がある。退職するって言った時の空気も思い出してしまった……うう、胃が痛い。
「どうぞ」
「し、失礼します」
「おはようございます、漣様」
扉を開けて待っていたのは、お世話になっている人の姿だった。
「ああ、おはようございます、頼元さん」
ふう、知ってる相手で安心したよ。ていうか、頼元さんってこういうのもやってるのか。換金といい、回復薬関連といい、指名依頼といい、そうとう仕事ができるウーマンのようだ。
「あ」
「どうも」
「うっす!」
「おはようございます!」
四日前、一緒に帰った学園生徒のパーティーだ。ぺこりと小さく頭を下げる生徒たち。
まさか、このパーティーが指名依頼をしてくるとは思わなかった。なんだか、少しだけ肩の荷が下りた気がする。
「えっと、今回指導する方々ですかね?」
「さようでございます。【ヴェスパー】の皆さんです」
「お願いしまっス!」
「よろしくお願いします!」
「えっと、こちらこそ、よろしくお願いします」
まさか、このメンバーだったとは。なんというか、こういうのを巡り合わせというのだろうか。奇妙な縁もあるものだ。
いや、でも、採取に苦戦していたし、狙ってたのかな?
だとしたら、計算高い子がいたもんだ。
「漣様、どうぞ、おかけください」
「あ、はい。失礼します」
指名された側なのに畏まってしまうのは、悪い癖だな。
「えっと、薬草採取のお手伝いをすればいいんでしょうか?」
とりあえず、議長のような位置に座っている頼元さんに、今回の依頼内容について聞いた。
「はい。理由といたしましては、デバイスに送った通りです。申し訳ございませんが、漣様と【ヴェスパー】は、今一度指名依頼の確認をお願いします」
デバイスの説明は、たしかこうだった。
学園内の試験で、採取に関する実地試験がある。採取なんてと思うかもしれないが、中級探索者でも依頼されることがあるから、今のうちにやっておけということ。
その実地試験で評価Sを取れれば、すぐにでも次の課題に進めるという。
採取に興味がないせいで、持って帰ればいいと思っている生徒が毎年続出。意外と苦戦を強いられるらしい。
ヴェスパーも同じく苦戦しているようで、課題の眠り草を採取したところ、最低評価の採取結果に。このままでは評価Sどころか、最低評価の補修だそうだ。
なので、お金を払ってでも、次の試験を受けるために、今回の依頼が入ってきたという。
眠り草と、薬草は、ほとんど同じ採り方らしいので、俺が矢面に立ったということだ。まあ、薬草採取でいいなら教えられるし、採取のやり方を教えるだけで日当五万だ。自分の分の採取もできそうだったら、していいらしい。
つまり、ボーナスタイムである。
戦闘面では【ヴェスパー】の方が優秀だ。今日は薬草や、蜜熊の蜜、ブルーマッシュの採取に最適な日となる可能性が高い。まあ、薬草採取がうまくいったらの話だが。
うまくいくことを願うしかない。
「お互いに、問題ございませんでしょうか」
「問題ありません」
「こちらもです」
「それでは、契約書にサインをお願いします」
こういった指導員を派遣するときに、必要な対処らしい。
過去に採取関連の依頼にて指導員を個別で引き受けた方が、不当な目に遭う事件が多発したそうだ。モンスターの囮にされたり、レベルの見合わない場所へ強制的に連れていかれたり、荷物持ちをさせられたりと、様々。最も重い事案として、しばらくの間、車椅子生活を余儀なくされたこともあるとか。
こういった事件が多数起きてしまったことから、契約を結ぶこととなった。
今回の場合、俺に何かあれば、この子たちの責任問題になるということ。とはいえ、薬草採取だから、そこまで気を張らなくてもいいのだが、必要な措置だから仕方がない。
「サインを確認いたしました。これからのことは、探索者の皆様で話し合いをお願いいたします」
頼元さんがそう締めると、会議室での話は終了した。
「それでは、本日もお気をつけていってらっしゃいませ」
うん、やっぱり、この一言はあるんだな。
「はい、いってきます」
とりあえず、いつも通り答えておいた。
頼元さんは返事を聞いた後で、すぐに持ち場に戻っていく。忙しい方のようだ。
後のことは、自分たちでということなので、とりあえず装備を取りにいかないと。
「えっと、とりあえず、着替えてきていいですかね?」
「もちろんです。自分たちもまだですから」
「分かりました」
ひとまずは、着替えてから、ゲート前に集まろうとのことだったので、そうすることに。
まあ、なんというか、若干気まずい。探索学園ということは、そこそこモンスターを狩ってるだろうし、ぶっちゃけ年下の子達の方が強いのだろう。
なんというか、溢れる自信が違うもんな。
よほど優秀なのだろう。
期待外れと思われないような仕事をしないとな。
ひとまず、ロッカー室へ来た。
自己紹介は、後でということなので、いつも通り着替える。
「前も思ったけど、盾使いなんすね」
一回話したからか、普通に話しかけてくる。
まあ、気まずい空気になるよりはマシなので、素直に答えた。
「ん、ああ、そうですね。最初は大型ハンマーって、いってもあれか。解体作業とかで使う柄の長いハンマーを使ってたんだけど、とても扱いきれなくてね。怪我してからすぐに盾にしたんだ」
ハハ、と乾いた笑みが零れてしまう。いやー、我ながら馬鹿なことをしてたもんだ。
今考えただけでもゾッとするわ。
「え、マジっすか!それは、なんというか、恐れ知らずっすね」
「ハハ、本当にね」
元気青年は、リアクションが大きくて話がいがあるなー。コミュ力が高くて羨ましい。リーダーの塩顔イケメンも、少しだけ興味があるみたいだな。マジかって感じで目を見開いてた。
二人の装備は前も確認したけど、THE・前衛って感じだ。学園制服の上から、軽装備だけど、腕や足、胸当てとか、頭の防具には、しっかりと金属が使われてる。第一エリアの奥で戦ってると前に聞いたし、これくらいしないと、ダメってことだ。
イケメンリーダーは、ロングソード。元気青年は、斧か。盾は使わないのか。避けながら戦える体力があるってことだよな、きっと。羨ましい限りだ。
一方の俺はツナギである。ツナギもいいんだけどね。こうしてみると、ただの作業員だよな。
まあ、気にしない気にしない。
性能はちゃんとしてるしな。
とまあ、そんな感じで、雑談しつつ着替え終われば、すぐにゲートへ。
女性陣はすでに集まっている……早いな。
「お待たせしました」
「いえ、大丈夫ですよ。前衛の方は、着替えに時間がかかりますからね」
なるほど、いつものことのようだ。杖の子はローブ。弓の子は胸当てと革手袋か。
装備品も、役割によって違うし、当然と言えば、当然だな。
「うし、とりあえず、ちゃちゃっと自己紹介からするか!」
元気青年がまずは、と前にでる。それから、順番にクール系の男の子、笑顔が眩しい女の子、物静かな子の順番で自己紹介してくれた。
犬堂力也――短髪元気男子、斧使い。
飯塚蓮――マッシュ髪のクール系男子、ロングソード使い。パーティーリーダーのようだ。
四宮加奈――ロングヘアー、笑顔女子、弓使い。
安藤雪――魔女帽子に三つ編み、物静かな女子、魔法使い。
うん、すごく王道というか、これぞパーティーって感じだ。
つうか、全員が天能持ちらしい。ある程度、探索しつつ、レベルの高いモンスターを倒せば生えてくる天能。ゲームとかでよくある技とか魔法が使えるようになるんだよな。稀に、ダンジョンに入った瞬間から天能持ちが存在してるらしい。
そういう人は、素行が悪くない限り、探索学園に入学するのが必須なんだそうだ。
つまり、全員が全員、優秀な学生ということ。
正反対の子たちに、まさか薬草採取を教えることになるとは。
人生分からんもんだな。
おっと、自己紹介しておかないとな。
「俺は、漣堅志です。今日は、よろしくお願いします」
「漣さん、ため口でいいですよ? なんか、年上の方に敬語で話されると、ムズムズしますし」
四宮さんがそういうと、ヴェスパーの面々が頷いた。社会に出たら、歳に関係なく敬語だったからな。
まあ、若者はそうじゃないってことだろう。
「分かった。じゃあ、遠慮なく」
「ありがとうございます!」
「では、早速行きましょう。雑木林ゾーンに行けばいいんですよね?」
四宮さんがお礼を言うと、飯塚君が目的地を言ってくれるので、頷く。
とりあえず、そこまでは着いていくだけでいいみたいだ。道中のモンスター狩りについては、一任してる。少しでも、稼いでおきたいのだろう。俺は、積極的にモンスターを狩りたいわけじゃないから、ヴェスパーにお任せだ。
「じゃあ、レッツゴー!」
「おー!」
犬堂君と四宮さんは、元気でいいな。
安藤さんは、特に話をしない。まあ、四宮さんにべったりなので、仲はいいんだろう。リーダーはリーダーで、自分の空気を持ってる感じだ。これは、見ていて飽きないな。
「みんな、音声データの登録をしたか?」
「あ、忘れてた」
「私も忘れてたよ!」
「バッチリ」
はぁー、真面目だな。今回の採取の音声を取っておくのか。それなら、一度教えてしまえば、何度でも聞き返せる。さすが、探索学園の生徒。デバイスも見事に使いこなしてるな。
「じゃあ、気を取り直して、レッツゴー!」
「おー!」
四宮さんの掛け声で、雑木林へと向かう。
というわけで、道中はサクサクと進んだ。
戦闘するのは、基本的に前衛の二人と、四宮さんだけ。安藤さんの魔法については、バンバン使うものではないみたいだ。
「とうちゃーく!!」
ということで、いつもより20分くらい早く【雑木林ゾーン】に着いた。
いやー、いいね。俺一人だともっと時間がかかる。こういうとき、パーティーもいいもんだなと思う。
それに、向かうまでの途中の雑談も面白かったし。いやー、ちょっと憧れちゃうわ、パーティー。
おっと、パーティーに浸ってる場合じゃないか。
これからは、俺のターンだ。
第十七話 レクチャー
「さて、じゃあ、薬草の採り方について説明するよ」
「よろしくお願いします」
「オッシャース!」
「お願いします!」
「します」
上から順番に、リーダーの飯塚君、元気青年の犬堂君、笑顔女学生の四宮さん、魔法少女な安藤さんが挨拶を返してくれた。
うんうん、反応も個性的で面白いね。
「じゃあ、ひとまず周りに集まってもらいいかな」
そう声をかけると、すぐにわらわらと集まってくれた。小さい子供みたいだなと思ったけど、口には出さない。余計なことを言っても、印象を悪くするだけだからね。
いかんいかん、どうでもいいことを考えてしまった。
実践しないとな。
「薬草は、木の周りに生えてるんだ。目安としては、スコップの掬う部分と同じくらいの高さの薬草を採るといいよ。薬草は抜くんじゃなくて主根を傷つけないように掘っていくんだ。少し遠くから掘り進めるといい。まあ、大体はこんな感じかな」
「なんて滑らかな動き!!」
「とっても早いです!」
「まあ、二ヶ月もやってたら、早くもなるよ。さあ、みんなでやってみよう」
見せるのは一回だけ。あとは、ヴェスパーの面々を見守る。頭で理解するよりも体を動かすことで覚えるタイプだろうし。
数回も見守れば、もう問題なさそうだった。
10本集まったら教えてくれとだけ言って、その場を後にする。
俺も、採取をして小遣い稼ぎだ。
「ぎゃああ!」
もちろん、モンスターも普通に現れる。
「うら!」
「ぎゃあ!」
そういう場合は、近くにいた人が対処するってことになった。残念ながら、採取だけということにはならない。まあ、いつもより人がいるお陰か、モンスターに出会う確率も分散されていた。採取の時間が、いつもより長く感じる。
とはいえ、お小遣い稼ぎに来たわけじゃない。今日は指導員としてお金も貰っているから、様子見は必須だ。
「どうかな」
「腰が痛いし、足は痺れるし、地味だし、疲れる!!」
「採取をやる人が少ないの分かる……モンスターも相手にしないといけないから、二重で大変!」
どうしようもない怒りを空へ吐き出す様に叫ぶ犬堂君と、肩を落とす四宮さんだ。
「でも、必要なことだ。しっかりと覚えて帰ろう」
そこへ、リーダー飯塚君が割って入る。真面目だ。最終的な判断はリーダーが持っているだろうから、真面目なタイプが選ばれるのも分かる。
「私は、採取好き」
ほう、安藤さんは採取の適正ありのようだ。実際、一番綺麗に早く薬草を採取できている。とはいえ、今は学園生だからカリキュラムがあるからやっているだけだろう。魔法使いは採取よりも、モンスターを狩る依頼が回ってくるし、パーティーもそういう考えになると思うんだよな。魔法使いというか、遠距離中距離系の使い手は貴重らしいし。
本人は採取が好きみたいだけど、世間はそれを求めていない。何とも世知辛いけどな。ただ、このパーティーは、探索協会からの依頼で重宝されそうな気もする。必要なことがあれば、お金を払ってでも何かを得ようとしてるからな。そういう行動力は、どこへ行っても必要になると思う。
探索協会からも一目置かれるようになるだろうし、大きくなりそうだよなー。
「つうか、漣さん」
「ん、なんだ?」
「盾持ちながら、よく採取できるっすね!」
「ああ、慣れだよ慣れ」
そんな尊敬の眼差しで見ないでくれ、犬堂君……褒めても何も出ないぞ。
「戦い方も上手いっすよね! なんていうか、無駄がないって感じ!」
飽きてきたな、犬堂君。まあ、褒められて悪い気しないからいいんだけどさ。
「漣さんは、どれくらい探索者をやられてるんですか?」
四宮さんの質問に対してどう答えるべきか、一瞬悩んだ。まあ、でも、嘘ついても意味ないし、見栄を張りたくはない。
なにより、素直な心を持っている彼らには、正直に答えてもいい気がした。
「あと少しで三ヶ月くらいかな」
「え、俺らとタメじゃないっすよね?」
「ああ、俺は30歳だからね」
「うえ、25歳くらいだと思ってた!」
ほほう、若い子から若く認められると嬉しいな。ちょっと、心がムズムズするけども。
「じゃあ、私たちと探索歴は同じくらいなんですね!」
「暦で言ったらそうだけど、若さも違うしなー」
「でも、盾の扱いは熟練の人って感じっすよ!」
「私もそう思います! 学園の生徒とは比べ物にならないくらいですよ!」
「ええ、そうかなー」
四宮さんと犬堂君の言葉を軽く流してはいるものの、少しだけ……いや、かなり自信がついた。ぶっちゃけ、誰にも見えてもらえないから、このままでいいのか分からなかったしな。
あれか、たまには佐伯さんに確認してもらった方がいいかもしれん。今度、メンテナンス時に出会えたら、お願いしてみようかな。
「漣さんは、ソロだからだと思いますよ」
どうやら、話を聞いていた飯塚君が説明してくれるらしい。
助かる。
「ソロの漣さんは、全てを一人で対処しなければなりません。武器の熟練度は、モンスターを相手にすればするほど上がっていくと言われています。成長速度が早いのも、恐らくソロだから、効率がいいんです」
「はあ、なるほどねー」
あんまり深いことは見聞きしてなかったなと反省する。ネットの情報よりも、今学んでいる子たちからの情報の方が正しいだろうし。役に立った情報といえば、採取くらいだもんな。あれだけは、生活がかかってるから、何回も見直したし。
「じゃあ、俺たちもソロで数回は挑むべきじゃね? 前から効率悪いと思ってたしさ!」
妙案が浮かんだぜ笑顔で飯塚君に伝える犬堂君だけど、飯塚君は淡々と答える。
「自分たちは、学園の安全第一に従うべきだ。四宮ならまだしも、安藤のような新米の魔法使いがソロなんて許されない。魔法が使えても、身体能力は普通の学生と変わらないんだから。それに、ダンジョンにはイレギュラーなこともあるんだ。あまり信用しすぎないほうがいい」
「確かに!」
「雪ちゃんは、どんなことになってもアタシが守る!」
「ありがと、加奈ちゃん。わたしも、みんなを守るよ」
飯塚君の言葉に、すぐに納得できるのは犬堂君のいいところだよな。四宮さんと安藤さんは、女子同士で仲がいいらしい。
うーん、青春だねー。おじさん、心がきゅってなったよ。
まあ、そんなことは置いといて。
ソロの成長度については、考えたことなかった。日々の生活のためと、年齢のせいで体を動かせないと思ってたけど……意外とそうじゃないのかもしれない。
「飯塚君、貴重な情報をありがとね」
「いえ、これくらいなら」
飯塚君はふんわりと柔らかく笑う。おい、イケメンが笑っただけで、柔らかい風がなびいたぞ。イケメンは、風をも操るということか。
まあ、冗談はさておき、機嫌がよさそうだから色々と聞いてみたいけど……ん?
「でも、これだけ色々と知れるなら、採取のことも学ぶでしょ?」
「……恥ずかしながら、興味があることしか覚えられない質でして」
「ああ、なるほどね。それは、仕方ない」
そうかそうか、飯塚君も若者なんだね。きっちりとしてるように見えるから、全部が真面目タイプだと思ってたよ。
「あー、やっと10株!」
「私も、採り終わりました!」
「ああ、自分もです」
「わたしも」
「了解。じゃあ、次はまとめ方だね」
10株を1束にまとめていく作業を見せる。根と葉を交互にしながらビニール紐で慎重に結ぶ。ここで、雑にすると薬草に傷がつく。価値が下がるから気をつけてねとだけ伝える。
ここは意外と盲点だったようで、雑に採ったアイテムを雑に保管していたらしい。まあ、あるあるだよね。採ればいいって話ではないようだし。ゲームと違う点だよな。
ていうか、みんな真面目に取り組んでくれる。まあ、受講料を自分で払ってるわけだし、当然と言えば当然だけど……って思ったけど、そうでもないか。
俺が学生の頃は、そんなこと考えなかったし。自分の奨学金だってのに。あ、そういえば、奨学金の返済手続きもしないとか。
あーあ、急な現実。
「漣さん、こんな感じで大丈夫でしょうか?」
「どれどれ」
四宮さんに呼ばれたので、確認に向かう。四宮さんの確認が終われば、安藤さん、飯塚君、最後に犬堂君の順番で薬草の確認をした。
みんな、覚えが早いからか、綺麗に採取できている。これなら、次の試験は問題ないと思う。
とまあ、午前中に薬草の採取とまとめ方をレクチャーした。
意外といい時間になっていたので、ここいらで休憩を取る。
ヴェスパーは、教えたことをすぐに吸収して実行してくれるから教えがいがある。少しでも役に立っているという実感も湧くというものだ。
「漣さんは、どうして探索者に?」
お昼の時間は、雑談タイムとなった。四宮さんが気を聞かせてくれたのかもしれない。まあ、隠すことでもないので、普通に伝えた。
「凄い」
「自分も、素直に凄いと思います」
「30歳で挑む人、周りで聞いたことないもんね!」
「にしても、すげー勇気だよ! 普通にかっけーよ!」
なんか、ちょいちょい褒めてもらえた。え、なに、ちょっと泣いちゃいそうだわ、普通に……ハッ、これはまずい。
喉から何かが込み上げてきている。
「あれ、漣さん?」
「ああ、いや、なんでも」
涙目を突っ込まれそうになったので、気のせいだと言い張った。いや、さすがに恥ずかしい。純粋な子たちからの素直な褒め言葉は、やつれた元社会人の心にストレートに響くのだ。
「俺のことだけじゃなくて、みんなのことも聞きたいな。どうして、探索学園に入ったのかとかさ」
話を逸らす様に、ヴェスパーのことについても聞いた。
「俺はやっぱり、探索者になりたかったからっすね!ばっさばさ敵を倒して、お宝を見つけて、金持ちになりたいっす!」
「私も犬堂君と似たような感じです!探索者に憧れて、親の反対を押し切って探索学園に入りました」
犬堂君は分かる。男の子って感じだしな。四宮さんは意外だったけど、親の反対を押し切ってでも探索学園に入るのは凄いことだ。大学受験だって、親の進んだレールに進む子も多いだろうに。
全てを自ら選ぶ四宮さんの勇気は、尊敬できる。
「自分は両親が探索者でしたので、その影響で」
飯塚君は、生活の一部だったというわけだ。確かにそれなら、目指してもおかしくはない。身近に成功者がいるなら余計だろう。
「わたしは、鑑定時に天能があったから。探索学園に来たのは、そのため」
そういえば、天能持ちかどうか、18歳になると確認できるんだっけ。天能ありの場合は、能力を正しく使いこなすために強制で探索学園へと入学するんだ。
天能といっても、色々ある。攻撃型の才能じゃないと強制入学にはならない。つまりは、そういうことだろう。
「安藤さん。今は楽しいかい?」
無理やり入ってしまったなら、やるせない気持ちもあるだろう。見た感じ、探索者としての性格を持ち合わせているわけでもなさそうだし。
「うん。今は、みんながいるから」
「そうか」
でも、帰ってきた答えは、本当にそう思っている顔だった。
仲間に恵まれているとは、とても運がいい子だ。
「好きだ、雪ちゃん!!」
「へへ、照れるぜ」
ぎゅっと抱き着きに行く四宮さんと、鼻をこする犬堂君。
「……」
飯塚君も同じことを懸念していたのかもしれない。目を細めて安藤さんを見てるし、その顔は微笑んでいる。
「ヴェスパーは、いいパーティーだね。飯塚君のおかげかな」
「いえ、みんなのおかげですよ」
「そっか」
天能持ちの才能ある若者たちのパーティー、ヴェスパー。
いずれ、大きくなるんだろうな。
彼らに薬草採りを教えたことがあるぞって、将来自慢できそうだ。
「そろそろ、再開しますか?」
「うん、そうしようか」
飯塚君に言われてから、立ち上がる。
さて、午後の部スタートだ。
第十八話 充実した日
「しばらく自分たちでやろうと思います」
「了解。じゃあ、俺はその辺にいるから」
「分かりました」
ということで、午後からは自分たちだけでやりたいとのことだったので、しばらくの間は探索だ。
デバイス同士で連絡が取れるようにしてある。ダンジョン内での連絡用ツールだ。外じゃ使えないが、ダンジョンだけ使える謎機能。
まさか、連絡先を交換するとはな。
いやー、歳柄にもなく嬉しいもんだ。
「ん?」
「ぎゃ?」
「……」
「……」
「うあああ!」
「ぎゃああ!」
って、なんでお前も驚いてんだよ!!
いや、適当に歩いてた俺も悪いけどさ!
「ぎゃあ!」
はあ、びっくりした。
適当に進まず、慎重に行こう。
といっても、進んでも進んでも、見つかるのはラットマンばかり。
「ぎゃあ!」
うーん、今日も収穫無しっぽいなー。
回復薬を作ってみたいのに、蜜熊の青い血が無いんじゃ意味ないし。まあ、まだ時間はありそうだし、もう少し根気よく探そうかな。
しばらく、雑木林ゾーンを歩き回る。
「お」
この甘い香りは……間違いない、蜜熊の蜜だ。なんでこう、突然なのかね。まあでも、蜜の匂いを感じれるなら、場所は近いな。
「おお、見つけた」
かなりデカいな。今まで見たことないサイズだ。へへ、これはありがたい。蜜を手に入れるだけで、一リットル二万円だぞ。二リットルくらいはありそうだけど、さすがにボトルは一本だけだ。残りは自分用だけど、それでも余る。
あーあー、勿体ないな。
「あれ」
「あ、漣さんじゃないっすか!」
ん、この声。
「犬堂君と、四宮さん?」
「へへ、薬草採取で探し回ってたら、いい匂いがしたんすよ!」
「あれって、蜜塊ですよね? 採るんですか?」
かち合ってしまったか。まあ、それは仕方がないな。ダンジョンではたまにあることらしいし。今回は、指導員として来たら、被るのは当然か。
四宮さんの質問には素直に答えておこう。
「うん、せっかくだし採ろうかなと」
「俺たちも手伝っていいっすか?」
「ああ、全然いいよ。蜜塊、採らないの?」
「私たち、採取道具持ってないんですよ」
「あらら、それは勿体ないな」
ということは、蜜は俺の物だ。とはいえ、ジップロックも多めに持ってきたし、戦闘では楽させてもらえたからな。蜜塊はお裾分けしよう。まあ、食べたいと思うかは別の話だが。
「とりあえず、先に蜜だけ貰っておくよ」
「はい、どうぞ」
蜜塊の蓋を壊して中身を確認。
よし、入ってるな。やっぱりいつもの二倍か。勿体ないけど、仕方ない。ここは割り切るしかないな。専用のボトルを刺してっと。
「蜜熊は、どっちの得物にする?」
「じゃあ、俺たち貰っていいすか?」
「ああ、いいよ」
蜜貰えるなら、蜜熊の方は犬堂君たちに譲ろう。青い血は、また今度でいいな。
「って思ってたけど、二体いるみたいですよ」
「あら」
「グアアア!!」
「ガアアア!!」
なるほど、蜜熊が二体で作ってたんじゃ、蜜塊も大きくなるよな。
となると、結局どのみち一人では無理だったわけか。
「一体は引き付けるから、もう一体を任せても?」
「もちろん!」
「やっぱり、食後の運動は大事だよね~!」
というわけで、急遽、戦闘に。二体相手は、さすがに即撤退だけど一体なら話しは別だ。
俺はいつも通りやればいいだけだしな。
気負わずに行こう。
「なら、奥はいただくっすね!! 加奈!」
「はいはーいっと! 漣さん、お気をつけて……ふ!」
ええ……空中に飛んでからの弓って。
「ガアアア!」
うわ、当たってるし。
なんていう身軽な動き。天能持ちってだけで、こうも動きが違うんだな。ラットマンの時は、本気じゃなかったわけだ。
「ガアアア!」
おっと、こっちに引き寄せないとな。
「おら、こっちだ!!」
ガンガン――盾で音を鳴らす。もう一体の蜜熊は何もされてないから、俺の方に来るだろう。
「グアアアアアア!」
「おっと」
カツン――お前の攻撃は重たいからな、真正面から受けてられんのよ。やっぱり受け流したほうが楽だ。まあ、それをできる技量が出てきたってことだろう。
以前より、恐怖も感じない。
慣れと言うやつだろう。
「おら!」
「グアア!」
くう、甘ったるい香水の臭いだ。シンナー臭い青い血よりはマシだけど、やっぱり臭い。
「おらおら!」
「グアアアアアア!」
さて、これくらいやったら来るだろ、いつもの。
短剣の威力だけだと何度も刺す必要があるけどさ、実はそれ以外にも攻略法見つけたんだよな。
「グアアアアアア!」
来た。二足立ちからの、のしかかり。
グッと足腰に力を入れて踏ん張る!
ガアアアアン――一度受け止めてすぐに受け流してからの!!
「うおおおおお!」
首に向けて直接、短剣をぶっ刺して掻っ切る!!
「があ」
「おっと」
うし、終わり。
最近、力がついたからか、こういうことができるようになってきた。少しずつだけど、着実に強くなってる。頑張ればDランクくらいは、昇格できるかもしれん。いや、蜜熊くらいじゃダメか。
「あ、そうだ」
血を採らないと。まあ、ここでいいか。首元にぶっ刺してっと。犬堂君たちが来る前に、やっておかないとな。
つうか、今思えば、モンスターの死体がすぐに消えないのって採決する時間も含まれてるからなのか。なんていうか、随分と都合がいいな。
「漣さーん!」
やべ、もう帰ってきたか。まあ、いいや。一本は採れたし、これなら回復薬を作れる。さすがに、血を抜いてるところを見られるのはまずい。
「おう、そっちも終わったのか」
「もちろん! 死体がなかなか消えなくてさ、ちょっと遅くなったけど。漣さんもやったんだな!」
「まあ、一体だけならな。助かったよ」
「いえ、私たちも二体いたら面倒でしたから、お互い様ですよ!」
「そう言ってくれると助かるよ。じゃあ、蜜熊も倒したし、先に蜜回収するか」
「おお!」
ということで、さっそく蜜を回収しようとして、いったん手を止める。
「二人とも、水筒か何かあるなら入れていくか?」
「え、飲めるんですか?」
「え、もちろん」
まじか、本当に興味ないんだな。こういうのって気になったりしないのか。ヴェスパーって意外と好戦的な面々だったりする?
「ダンジョンアイテムって、売るだけじゃないっすね」
「まあ、意外と使える用途はあるよ。こういうのは習わないの?」
「探索学園って力を得るための学園ですからねー。モンスターの講義もしますけど、採取関連は選択講義なので。あまり採取に目を付ける人はいないですね」
「なるほど」
まあ、そういうもんなのか。つうか、そんなんだから回復薬の金額が跳ね上がるのでは。今はまだ百万だけど、そのうち一千万近くなりそうだ。強い人から取れるだけ取るのもいいけど、弱者にも買えるようにしないと。ただでさえ、少子化問題が浮上してるんだから。
とまあ、無駄なことを考えてみたり。
「疲労回復にもいいから、入れておきなよ」
「じゃあ、遠慮なく!」
「あ、二人も呼んでいいですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます!」
まだ蜜の回収は止めておこう。
蜜熊の魔石でも回収しておくか。
「あ」
「ん、どうしたんすかって、蜜袋じゃないっすか!」
「じゃんけんする?」
「いや、勝ったのは漣さんなんすから、どうぞ」
「なら、遠慮なく」
マジかよ……今日の稼ぎだけで10万は超えないけど、それくらい貰えるとは。
お天道様も見守ってくれているようだ。
まあ、太陽はないけどここ。
合唱でもしとくか。
「何してるんすか」
「いや、あまりにもついてるから、神に感謝してる」
「何すかそれ!」
「お待たせー! って、どうしたの?」
「漣さんが運の良さに神に感謝してるところだって」
「ふふ、なにそれ」
おっと、さすがにヴェスパー一同に見られるのは恥ずかしいので止めた。若干顔も熱い。受け狙いでするもんじゃないな。
さっさと蜜と蜜塊を回収しよう。
「おお、綺麗な琥珀色ですね」
「そうだな」
興味津々だな。少しでもいいから、彼らの役に立ってほしいものだ。といっても、モンスター狩りの方が稼げるだろうしな。蜜を採ってる間は移動できないし、採ったら採ったで荷物になる。
難しい問題だな。
まあ、でも、こういうことにも使えるぞっていう知識は持っておいて損はないはずだ。
これもまた、子供が成長するには重要な役割だろう。
「欲しい人は、水筒貸してくれ」
「はーい、欲しいです!」
「俺も!」
「じゃあ、自分も」
「欲しい」
「はいよ」
水筒の三分の一くらい入れる。あまり入れ過ぎても甘いだけだしな。
「んー、美味しい!」
「甘い、美味しい」
「いいな、これ! 疲れも飛んだぞ!」
「ああ、そうだな。帰りに蜜塊を採ることも視野に入れたほうがよさそうだ」
うんうん、こういう経験も探索者ならではだよな。
余った蜜は勿体ないが放置だ。蜜塊を回収しながら、全員に分ける。疲労回復にもいいから、常備してもいいと伝えると喜んで受け取ってくれた。
「蜜塊って何でできてるんだ?」
「ああ、唾液だよ」
「え」
真実を告げたら全員から若干苦い顔をされた。それでも受け取るんだから、背に腹は代えられぬってやつだろう。
「まあ、使える物は使って行こう。疲れも取れたし、薬草採取再開だな」
さすが、リーダー飯塚君。メリハリがしっかりしてる。
「うし、やるか!」
元気になったからか、薬草採取のペースが早くなった。
目標としていた数の薬草を採取したところで、薬草の品質を確認するために、もう一度休息地へ向かう。
さすがに、モンスターがいる場所で品質チェックはできないからな。
「じゃあ、確認していくぞー」
一人一人の薬草を確認する。
「これなら、試験も問題ないと思うぞ」
「よっしゃー!」
「これなら安心だね!」
「今日やったことを忘れないようにしていこう」
「うん」
いいね、パーティーって感じだ。
「試験は全員が採取しないとダメなのか?」
「いえ、試験はパーティー単位なので、数を揃えれば問題ないです」
「へえ、そうなのか。なら、全員が覚える必要ないんじゃないか?」
そういうと、飯塚君は首を横に振った。どうやら、それではダメらしい。
「誰か一人に負担をかけるわけには行きませんから。仲間なので支え合っていきたいと思ってます」
「立派だな」
「そう言ってもらえると嬉しいですね」
おお、今日一の笑顔いただきました。
「さすが、蓮!我らのリーダーだよな!」
「私もそう思う!」
「うん」
「ありがとな、みんな」
くー、青春だぜ。
眩しくて直視できない!
ああでも、これだけ伝えておこうかな
「試験、上手くいくといいな」
「はい、今日はありがとうございました」
「色々と経験になりました!」
「本当にあざした!」
「ありがとうございます」
おっと、またしても何かが込み上げてくる。
仕事だから当然のことをしたまでだけど、やっぱりお礼を言われてると嬉しいな。
「こちらこそ、ありがとうな」
「なんで、漣さんがお礼言うんすか!」
「いや、俺にもいい経験になったからさ」
「なら、良かったっす!」
「こら、調子に乗らないの!」
「いて!」
「はは」
またこういう依頼が来たら、受けてみるのもいいとは思えるくらいに。
とても充実した日だった。
パーティーで活動することが羨ましくなるくらいには、ヴェスパーはいいチームだ。
成功してデカくなってほしいと、心から思えた。
「じゃあ、帰るとするか」
「おおー!」
帰り道も、戦闘は頼りっぱなし。
とはならず、戦い方を見たいと言われたので、ラットマン相手に戦った。
「漣さん、一つ聞いてもいいっすか!」
「ん、どうした?」
犬堂君が、なぜか尊敬した目でこちらを見てくる。
「漣さんの格力ってどのくらいなんですか!」
「犬堂君、ダメだよ。人の格力は、聞いちゃいけないって教わったでしょ」
「あ、そうだった。すんません、漣さん」
「すみません、漣さん。力也が失礼なこと言って」
え、いや、それはいいんだけどさ。
「いや、全然いいんだけど……格力って分かるもんなの?」
「え」
「え」
え、あれ。
もしかして、常識だったりします?
ああ、うん、常識っぽい。
みんなの顔が、そう告げている。
なんつうか、俺の知識はだいぶ偏ってるらしい。
第十九話 【格力】
「格力についてですが、説明しても?」
さすがに、道中で教わる訳にはいかないので、ゲート前広間へと帰還した。
わざわざ説明してくれるなんて、人間ができてるなと思う。
「ああ、頼むよ」
飯塚君の説明によると、こうだ。
【格力】――ゲームでいうレベルみたいなもんだ。昔は、格力については、自分でさえも知ることができなかった。
けれど、今はある程度の数値化できるらしい。とはいっても、格力は天能と違い、身体検査と換金したモンスターの履歴から分かるようだ。
格力測定というもので測るのだが、一時間くらいの検査で、結果は二日後以内に送られる。一回の測定で10万円かかるらしいが、自分の強さが数値化されるから、探索者はみんなやっているとのこと。
「え、みんな、10万円毎回払ってるの?」
「いえ、探索学園では、一カ月に一度、格力測定と天能鑑定が実施されるんです」
「なるほど。さすが、探索学園といったところか」
「探索学園は、強くなるために入ってるっすからね! 仲間を集めるのもそうだし、レベルやスキルが毎月分かるから、探索者を目指す人にはうってつけっす!」
その話を聞いて、なんとなく分かった。
俺は、自分の強さに興味がない。ソロだし、そこまで強くなれないと思っているから。生活のための情報は集めていたが、探索者としての情報には触れてこなかった。
見て見ぬふりってやつだ。
憧れを抱いてしまえば、それを羨んでしまうから。
だからきっと、そういう情報を自ら無意識に遮断していた。
胸の奥がざわめくのは、格力のことを知ってしまえば、俺は底辺の人間だと格付けされてしまうのを恐れているのだろう。
社会人時代の嫌な記憶が入り込んでくる。どれだけ頑張っても評価されずに、底辺の人間として生きた記憶だ。
ダメだ、今はネガティブになる時間じゃない。
「なるほどな。つっても、俺はラットマンと蜜熊しか倒してないから、そんなに格力は上がってないと思うぞ」
愛想笑いは得意だから、きっとこれで会話も終わるだろう。
「それはない」
「ん?」
「思い出の遺骸を倒せば、必ず格力は上がってる」
安藤さんがそういうと、飯塚君がこちらを真剣な表情で見てきた。
「そうですね。漣さんは、思い出の遺骸を一人で討伐されたのですか?」
「まあ、そうだね」
「だとしたら、間違いなく格力は上がっています。格力は、モンスターを倒すのは当然ですが、精神が肉体に追いついた時……言うなれば、壁を乗り越えた時も成長すると言われています」
「そうなのか」
「ええ。とはいえ、第一エリアだけでは限界があります。そのエリアの環境やモンスターに慣れてしまえば、それ以上の成長、格力増加は見込めません。自分たちは思い出の遺骸を倒すのもパーティーで対峙しましたが、それでも格力は上がってました。ソロで思い出の遺骸を倒した漣さんなら、間違いなく格力は上がっていると断言できます」
「なるほどな」
どうやら、思っているより格力は深いようだ。
「漣さんの盾の扱いは、結構すごいと思うぜ! だって、蜜熊を一人で倒せるんだからさ!」
「そうですよ! 探索学園でも、蜜熊は必ず二人以上で対峙するように言われてるんですから」
「そうだと……いいな」
「実際凄い」
安藤さんが、じっとこちらを見て伝えてくれた。
「蜜熊と対峙した時、怖かった?」
「まあ、普通に怖かったな」
体長は120cmくらいとはいえ、見た目は熊だからな。
体重も俺より重たかったし、対峙した時は足が震えてた。
「恐怖心があるということは、少しでも格力に差があったということ」
「格力に差?」
「格力の差が大きくなるにつれて、モンスターに恐怖心を抱く」
「これは、少し極端な例えですが、絶対倒せないほどの強敵が目の前に現れてしまったら、格力差によるプレッシャーで一歩も動けず殺されてしまうそうです。でも、そうではないなら、格力の差の分だけ、成長の余地があるということになります」
「なるほどな」
ラットマンが簡単に倒せるようになったのも、蜜熊相手に恐怖を抱かなくなったのも、格力が上がっているということか。
「初見のモンスターであれば、立ち向かうのには勇気がいります。パーティーでは誰か一人が動けば、その【立ち向かう勇気】が全員に伝播していく。逆にいえば、ソロだと自分一人で乗り越えないといけないということです」
「それを乗り越え続けてるなら、漣さんの格力も上がってるに違いないっすね!」
「私もそう思います!」
「自信を持っていい」
「……そうか」
確かに、二ヶ月間、誰にも頼らずソロで頑張ってきた。
探索学園に通う将来有望な学生にここまで言われるなら、ある程度はあるのかもな。
だからといって、これ以上を目指すつもりはあまりない。
強いて言うなら、Dランクだけが今の目標だ。
ヴェスパーのみんなに、励まされる30歳の構図はみっともないけど……。
「ありがとう、少しだけ自信がついたよ」
素直な感謝の言葉が、口に出ていた。
「自信は大事。わたしも、みんなに教わった」
「……そうだな」
安藤さんは、グッと親指を空に突き立ててくれた。彼女なりの励ましかもしれない。意外と、お茶目なこともするんだなと思って、気が付けば口角が上がっていた。
「Dランク、本気で目指してみようかな」
今までは、ただの目標だった。正直、心のどこかでは無理だと決めつけていたと思う。30歳、ソロの探索者。パーティー募集も無理だと思っていたけど、どうにかやりようがあるかもしれない。
若い子たちの力になるつもりが、まさか背中を押されることになるなんて。
まったく、将来有望だな。
「いいっすね!協力するっすよ!」
「え」
「そうだね! 薬草採取が終わって、第一エリアのボスを倒せたら連絡しますね!」
「いや、でも」
「指名依頼を頂ければ、ご協力します。これなら、お互いにメリットがありますからね」
「……ありがとう」
そうか、横の繋がりには、こういうことも含まれるのか。
飯塚君が指名依頼といったのは、そういったやり方もあるぞと教えてくれたのだと思う。深読みしすぎとは思わない。
なにせ、彼の表情が柔らかいままだからだ。
「じゃあ、その時は……よろしく頼むよ」
そういえば、ヴェスパーの全員が頷いてくれた。
まったく、本当にいいパーティーだよ。
グウウウ――いい感じの空気の中で、腹の音が鳴った。
「腹減ったっす!!」
犬堂君が、大声を上げて立ち上がった。でも、その隣で、四宮さんが顔を赤らめている。
……くう、青春だぜ。
「じゃあ、換金所に行こうか」
「おおー!」
換金所に向かい、本日の成果を確認する。
――――――――――――――――
薬草50束 10000TP+5000TP
蜜熊の蜜1L 10000TP+10000TP
蜜袋 10000TP
ラットマンの魔石2個 1000TP
蜜熊の魔石 1000TP
指名依頼報酬 50000TP
――――――――――――――――
「お気をつけてお帰りくださいませ」
「あ、ありがとうございます」
約10万TPである。
くふふ、笑いが止まらん!
まさか、最低ランクなのに一日で10万近く稼げるとは。まあ、今回は指名依頼ありきとはいえ、それでも自分で稼いだ金だ。
やっぱり、採取は最高だな。
「漣さん!」
「おう、四宮さん。どうだった?」
「ほとんど最高品質での換金額でした!」
「そうか……ならよかったよ」
力になれていたようで、正直ほっとした。5万TPも貰っておいて、普通の品質でしたとかだったら話にならんしな。
いやー、本当に一安心。
「漣さーん!」
ヴェスパーの全員が、わざわざ足を運んでくれた。
「漣さん、マジあざした!」
「この成果も、漣さんのおかげです。ありがとうございます」
「あざした」
「役に立ててよかった。じゃあ、帰ろうか」
そういうと、全員が頷いた。
なんだか、先生になったみたいだな。
結局、探索協会を出るまで、最後まで一緒にいた。
「今日は本当にありがとうございました」
「あざっした!」
「ありがとうございました!」
「あざした」
「こちらこそ、本当にありがとうな」
全員と握手をしてから、帰路に着く。
ヴェスパーの連絡先も交換したので、これから困ったことがあれば指名依頼で彼らに頼ろうと思う。
「……格力測定か」
視野に入れてもいいのかもしれないな。
Dランクを目指すには、きっと必須の過程なのだから。
そう思えるくらいには、今日の出来事は自分を大きく変えた気がする。
若者のエネルギーとは、偉大だな。
グウウウ――なんか、いい感じだったのに……締りが悪いなよな。
「ふ」
まあ、いいか。
さっさと、中華屋に行こう!
お祝い事には、餃子が一番だ。
町中華屋についたので、さっそく中に入る。
ガラガラ――扉を開けただけで、ニンニクの香りが口いっぱいに広がってきた。
「いらっしゃいませー! おう、常連サンネ!」
「ど、どうも」
通い過ぎて、常連扱いされている。
まあ、いいんだけど。
「いつもの常連サンもキテルヨー!」
「ん?」
その視線の先にいたのは……。
第二十話 常連客同士
「やあ、堅志君」
「どうも、律葉さん」
銀髪ボブ、ピンクゴールドの美人。
手作りのアクセサリーを身に付けるオシャレな人。
一ヶ月ほど前、喫煙所でライターを貸してくれた女性。
宝月律葉。
彼女はいつも通り、メンマと餃子をつまみにハイボールを飲んでいた。
「まあ、座ってくれ。君と私の仲だろ?」
「なら遠慮なく」
「どうぞどうぞ」
探索者として生きていけると確信してから、週三日通っている町中華の店に偶然出会った。まあ、コンビニでタバコを吸っていたし、ここらに住んでいるか、仕事があるのだろう。
ここで飯を食べてるとき、声を掛けられたんだ。その時、なぜか彼女は相席してきて、そのまま流れで飯を食べることになった。見た目によらず人懐っこい性格なのか、はたまた大雑把なだけなのかは、分からない。
ただ、悪い人ではないと分かる。
「ハイ、レモンサワー!」
「あ、どうも」
何も言わずに飲み物が出てくるくらいには、ここに通っている。酒は控えようと思っていたが、勝利の美酒を止められそうになかった。
普通のレモンサワーと違って、飲むと疲れが吹き飛ぶ気がするんだ。
「じゃあ、乾杯」
「乾杯」
くう……このほろ苦さと喉を通り抜ける炭酸と甘味が絶妙にマッチしている。
これは、止められないな。
「ふう、人と飲むハイボールは格別だね」
そう言って豪快に笑う律葉さん。
不思議だな。ニンニク臭いはずの空間で、彼女の甘い香りが漂っている。
いや、これじゃあ変態だけど、柔らかい香りがするんだ。嫌な臭いじゃない。普通の香水ではないことは分かるが、それだけじゃないんだろう。
「おや、随分とスッキリとした顔をしているね」
「ああ、まあね」
この人、なぜだか分からないけど、人の顔を見るだけで心情を当ててくる。そこまで深い仲でもないのにな。観察眼が異様に鋭い。
「何かいいことでもあったのかい?」
「そうだな」
「ぜひ、話を聞かせてくれ」
「じゃあ、遠慮なく」
律葉さんは、人の話を聞くのが好きらしく、こうして酒の肴にされている。
とはいえ、俺としても話していて悪い気はしない。むしろ、とても心地がいいんだ。こういっていいのか分からないが、キャバクラ感覚に近い気もする。
まあ、愚痴じゃなくて日々の成果を報告する感じだし、五個下にも関わらず面倒見のいい女上司といったところなのかもしれない。
「なるほど。それはいいことだ」
「ああ。彼らのおかげで、上を目指そうと思えた。この出会いには感謝してる」
レモンサワーの柑橘の香りが広がる。
彼女もまた、俺の言葉を肴にしてハイボールを傾けた。
綺麗な飲み方だ。町中華でグラスを傾けているとは思えない。高級なバーで飲んでいるかのような錯覚を受ける。
彼女がジョッキを静かに置くと、目と目が合う。
「それもあるけどね……堅志君の、日々の努力が報われたんじゃないかな?」
その言葉に、目の奥が熱くなる。
思わず、酒から目を離して、彼女の青い瞳に魅入ってしまう。
「今日のレモンサワーは……炭酸が強いな」
思わず一気飲みしてしまう。
ジョッキを置いても、彼女はまだこちらを見つめていた。
目を細めて、なんてことない顔で笑う律葉さん。顔を傾けたからか、耳元の麦のピアスが揺れている。
まったく、どこまで人の心を読んでるんだ、この人は。
「……お手上げだよ。全く持ってその通りだ」
「ハイハイ、追加デスかー!?」
「あ、いや」
手を上げたら、看板娘が来てしまった。
仕事ができる子だと感心させられてしまう。
「ああ、ハイボールを頼むよ」
「ハイヨー! お兄さんは、レモンサワーイカガスか!」
「ああ、じゃあお願いします」
「ハイヨー!」
さすが看板娘。
追加オーダーも巻き上げていった。
「ふふ、私は占い師だからね。人の心を読むのは、造作もないことさ」
先ほどの会話の続きか、おもむろに彼女は口に出す。
「占い師が心を読めてたまるかっての」
酒は、すでに空になっていた。
アルコールの臭いはなく、彼女の香りだけが残っている。
「なら、未来でも占おうか? 私の占いは、当たると評判なんだ」
占いで生計を立てるくらいだから、本当に当たるのだろう。
それに、彼女の表情は自信に満ちている。ハッキリ言って、こんな場所で飲んでいるのが不思議なくらいの佇まいだ。
「……止めておくよ」
でも、別に聞く気にはなれなかった。
「おや、どうして?」
「未来は自分の手で掴みたいからだ」
「君は……強いんだね」
「少しずつ、強くなってると思うよ」
今日感じたことだ。
いや、今日の指導員を体験したからこそ、分かったこととも言える。
「レモンサワーと、ハイボールネ! あと、餃子定食、ご飯大盛り!」
「ありがとうございます」
「ありがとう、お嬢さん」
「ハイヨー! ごゆっくりどうぞ!!」
レモンサワーをもう一口。
彼女も、ジョッキを片手にハイボールを飲む。
占いを断られたにも関わらず、彼女の顔は不思議と満足そうな表情をしているように見えた。
「占い、断られると思っていたんじゃないか?」
ジョッキを置いて、メンマを取ろうとしていた手が止まる。
「……どうしてだい?」
箸を置いて、彼女はじっとこちらを見つめてきた。
「俺が軽口叩いても、今まで占いを勧めることがなかったから、そうなのかもって思っただけだよ」
「なるほど。私もまだまだだな」
「かもな……いただきます」
湯気の立つ餃子を食べる。
口いっぱいに広がる肉汁と、ニンニクの香りが広がった。
相変わらず、ここの餃子は最高に美味い。
疲労は回復しているはずだが、ここの餃子を食べると疲れが一気に吹き飛ぶ気がした。
「相変わらず、美味しそうに食べるな」
「本当に美味いからな。ここの餃子は、天下一品だよ」
「違いない」
それからは、他愛もない話が続く。
といっても、今度は彼女の愚痴話がメインだ。
占い師の仕事も楽じゃないんだろう。
それでも、彼女は終始笑みを浮かべたままだ。
天職というやつだろう。
昔は、そういう人たちを見ると、自分が惨めに思えて仕方がなかった。
愚痴でさえ、自慢話にも聞こえるほど。
でも、今は違う。
愚痴は愚痴で仕方ないし、彼女が楽しそうに笑うのも素直に受け取れた。
こういうところでも、気付きがある。
自分が成長しているという、確かな気付きが。
飯をたらふく食べて、会計を済ませる。
律葉さんも、同じタイミングで俺と会計を済ませていた。
「ごちそうさんでした」
「美味しかったよ。また来る」
「ありがとうございましたネー!」
外に出て、同じ方向へ。
「一服しないかい?」
彼女がタバコを掴むような手でお誘いをしてくる。
「喜んで」
タバコはまだ止められていない。
それでも、着実に前に進んでいる。
その実感が、今は素直に喜べた。
日々の何気ない一日が、充実している。
駅の喫煙所での一服。
周りには誰もいない。
喫煙所は相変わらずヤニの臭いが充満している。だというのに、彼女の空間だけが浄化されているかのように、花の香りがした。
タバコをくわえて火を点けるだけの仕草が、何とも艶やかだ。
「ふう」
「ふー」
タバコを止められない原因として、この時間が好きだからというのもあるかもしれない。
まあ、彼女がストレートにタイプということも、大いに関係しているだろう。
それ以外にも、なんというか……落ち着くのだ。
常に注意深く周囲を観察しているせいなのか、こういう何気ない時間がたまらなく好きだ。
「堅志君」
「なんだ?」
「今度、二人で出かけないかい?」
その言葉に動揺して、タバコの灰が地面に落ちた。
「デートしようってか?」
「そういうことだ」
若干手が震えてる気がする。
人生30年間のうち、デートのお誘いなんてされたことがないからだ。
「……それは、素直に喜ばしいね」
思ったことを口にすると、彼女は胸に手を当てて微笑んだ。
今までにない仕草に、思わず心臓を握られた気分になった。
「君といる時間は心地がいい。とはいえ、君は私という美女を誘う気はない。二ヶ月ほど常連客同士として、交流していたから分かるよ」
たいそうな自信と自負。
そういうところも、きっと好ましい要因の一つだ。
「そうだな……その通りだ」
タバコを灰皿に落として、片手にスマホを持って差し出す。
「当日は、そうならないように気を付けるよ」
「ふふ、楽しみにしてる」
なんというか、人生って本当に分からないよな。
「といっても、互いに忙しいだろ? 出かけるのは、二週間後でどうだろう」
「もちろん、喜んで」
連絡先を交換して、その日は別れた。
彼女は先に帰ったが、なんだかむず痒くて、喫煙所から離れられずタバコに逃げてしまう。
「……ふう」
収入の方は、大方問題ない。
いや、まあ、それもあるけど……それ以外もだ。
今のままじゃだめだと分かる。
「やっぱり……目指すか、Dランク」
それくらいしないと、彼女には到底釣り合わないだろう。
出会いというのは、どうしてこうも人を変えるのだろうか。
答えを教えてくれる人はいない。
それでも、心には変わりたいという想いだけが強く残っていた。




