いざ、懐かしの地へ……!
「つ、遂に買ってしまった……!」
俺は手元にあるソレを両手で持ち、小さく自分の部屋の姿見の前でそう呟く。
「メイド服以外の女性服を……!!」
以前ティーゼさんと一緒にお昼の外食をしに行った時に気がついてしまったのだ。
メイド服は目立つのだと。
それ以来俺はずっと悩んできた。
悩んで悩んで、そして悩みまくった結果。
こうなった。
「似合う」
俺の手元にあった女性服はいつの間にか俺の体に纏われており、悔しい程に似合ってしまっているのだ。
「(これで似合ってなかったら踏ん切りがついたんだけどなぁ)」
青のデニムのショートパンツに上は白のダボッとしたパーカー。
そして付属品として前方に大きなツバのついた黒のキャップ。
背丈は低いが足の長さはそれほど短くない俺のスタイルに微妙にマッチしたティーゼセレクトの俺の私服用の服。
「……可愛い……はっ!!」
は!?……い、いや……お……は!?い、今俺は何を思った?
女装した自分に対して可愛い?
「…………はあ」
……世の女装癖を持つ男子はこうやって目覚めていくんだなぁ。
とうとう、俺ことクイナ=エシハは考えるのを止めた。
考えても特に俺が求めているような答えは得られそうになかったし、なんだか否定するのも面倒になってきた。それによくよく考えたけど似合ってるのならそれはそれで別に良いのでは?
この瞬間がクイナ=エシハが新たな扉にたどり着いた瞬間である。
「(世の中はこれから多様性の時代だ。賢者の立場の俺が大々的に言うのは流石にまだ時代が追いついてないので俺からは言わないが、そういった癖を持つ人たちを支援していくのも悪くないな)」
だからと言って女装するのも後々面倒なことになりそうなので好き好んではやらないが。
それに、俺がこの服に手を出したにもただの興味故だけではなくちゃんとしたわけがある。
「ひっさしぶりだねぇ。『学園』」
ヒューザリー王国の王都のほぼ中心部に位置している『王立魔導専門学園』。
通称魔法学園。生徒の間ではもっと短縮され、学園と呼ばれている。
敷地面積は王都の六分の一を占め、全国の名だたる魔法師がこの場に学び、研究しにやってくる。
わざわざバレないように女装までしてこの場まで足を運んだのはとある旧友……といか後輩に会うためだ。
女装姿のまま学園のドデカイ門を通ろうとする……が。
「あ、ちょっとそこのお嬢さん。名前と魔力だけ教えてもらえんかね。許可は取ってるだろうが……一応、ね」
門の前で椅子に座っていた門番の人に止められてしまった。
と、言われたところで懐かしい顔がいたのにようやく気がついた。
「なんだヨウ爺じゃん。去年で定年退職したんじゃなかったっけ?」
「なんだお嬢さん。その言い方のワシのこと知ってんのか。ってその声どこかで聞いた気が……」
そう言ってジロジロと俺の顔を半眼で睨むように見続ける。
俺と同じで地味に目つきが悪いからこの人も昔から苦労しているらしい。それにヨウ爺は背が高いからなおのこと威圧感が出るそうだ。
そんな目で見られたら慣れているとは言え、得も言えぬ圧を感じるのでここはさっさと答え合わせをすることにする。
「ヒントは去年の卒業生。ヨウ爺も、世界もご存知のあの人物よ」
「世界?そんなもん世界に名を轟かせる魔法師っつったら賢者しかいないだろ。いやでも賢者は去年アイツラがいた……ってまさかお前!!」
そこで俺は次元収納口から俺だという明確な証拠を出す。
「ほれほれ、この不死鳥の銀メダルが目に入らぬかー」
「く、クイナじゃないか!どうしてそんな格好してるんだ……って聞くまでもなかったな」
「土の賢者が魔法師の巣窟に入ったら即囲まれること間違いなしだからね」
ニヤリと笑いながらそう言うと、すぐさまそのメダルを次元収納口へと戻す。
因みにヨウ爺がこの格好について何も言わないのにも俺の昔の行動に起因する。
俺は昔から当たり前のように学園から抜け出していた。魔道具の素材の入手が主な理由だが、その際に何度か変装をして出ていったのだ。
あの時、あまり女装に対して抵抗がなかったのはその際に、もう既に女装は経験済みだったからだ。
因みにの因みに、その姿で学園内をうろつくこともあったので、あの時は桃色の髪のウィッグだったがその姿を覚えているものは今も恐らくいるだろう。
「……して、どうしてお前はそんな面倒なことになるリスクを負ってまでここまで来たんだ?それなりの理由があるんだろ」
「まーね。まぁ一つは絶対にバレない変装方法が見つかったのと……あとシアンのヤツに会いに来たんだ」
「あーアイツか。アイツならそうだな……今はイェラ先生んとこの研究室にいるんじゃないか?」
「今は授業中だろ。でもまぁ俺もそう思ってこの時間帯に来たんだし。しかしアイツ単位とか大丈夫か?」
相も変わらぬ問題児やってんな、なんて思いながらも、
「お前も似たようなものだったじゃないか」
「……なら大丈夫か」
自分も同じような問題児だったので、それ以上はなにも言えないんだなこれが。
「それじゃ、卒業式にもう一度ここに来ると思うので。その時までお元気で」
「ハハッ!誰にものを言ってるんだ。仮にもワシは『賢者』だぞ。あと五十年は生きられるわい!」
豪快に笑いながら、大きく手を振って俺らは別れた。
確かにそうだったな。
『無の賢者』……ヨウ=アガレス。
俺の無属性魔法も思えば彼から教えてもらったものだった。
懐かしい記憶に駆られながらも、閑散とした学園の敷地内を懐かしむようにゆっくりと歩こうとしたその瞬間……!
ズドンッ!!という腹の底から響くような爆発音がこの敷地内に響いた。
そして音のした方を見てみると、白い煙がモクモクと立ちこめている。
それを見て俺はこう呟いた。
「まぁ、日常茶飯事だな」
そんな大事故があったにも関わらず俺はそれをスルーして目的地へと向き直った。
正直これほどの事故は日常茶飯事と言わざるを得ない。
魔法という人知を超えた代物を扱っているのだからこんなことなんて当たり前のように起きる。あれも授業で扱う魔法を失敗してしまった結果の一つに過ぎないだろう。
何度でも例に出すが、ジダのあの唯一の魔法の暴発が過去最大の事故だと思っている。流石にこの校舎の三分の一が燃焼したあの事件だけはもう二度と起こしてならない……。
なんてことを思っているうちにもう校舎の入り口の前へとたどり着いてしまった。
「さて、ここの先生は賢者級とは言えないまでもかなり優秀な魔法師が揃ってるから、位階の低い魔法だとすぐに見破られちゃうんだよねぇ。そんな時にいつものこの魔法。魔石を割って〜……“幻影魔法:偽りの鏡”」
そうして俺の姿は完全に消える。
「(学園時代にも何度もこの魔法にお世話になったよなぁ)」
あぁ懐かしい。
いくら最上級に難しい魔法の一つの幻影魔法と言えど、一番下の位階の“偽りの鏡”ですらその利便性は計り知れない。まだ俺が一年生の時にこの魔法に何度も助けてもらったものだ。
この前にもフィオナス相手にこの魔法を使ったが、その時にはこの魔法を使って本来の俺の位置と相手の見えている俺の位置の齟齬を生み出した。
ただそれはこの魔法のとある仕組みを利用して生み出した結果であって、使いようによってはこうやって姿を隠したりできる。
その仕組み、というのが相手の自分に対する認識の全てを幻で包み込むのだ。
要するに、フィオナスの時は、俺への認識を幻で捻じ曲げて少しズレた位置にいるようにしたり、今回の場合は俺への認識を幻で空気に変えているということだ。
これは理論自体はこう見えても結構単純なのだが、この魔法にいるのはそれを扱える魔力操作の技術だ。その面でみても、俺とこの魔法は相性が良かったから早めに扱うことができたとも言える。
「(さて、バレな……いな。オッケーオッケー♪)」
その辺を歩いていた先生の前を行ったり来たりして確認してみても、バレる素振りもない。
「(一般の生徒や先生にはこれでバレることはないと証明された訳だが……)」
一般ではない先生や生徒は勿論違う。
その証拠に……
「(入った瞬間から感じた視線がまだ続いてんなー)」
全ての用事が終わったら挨拶しに行こうか。




