エルトリア王
ハプスブルク家の女たち 江村洋
3月1日。エルトリア国民議会はエルトリア王国の成立を宣言した。
議会は国家元首としてマシロを復位させ王として認めて、ホルティを摂政として選出した。
マシロ一族が王族として返り咲いたので数日間、カフェを休業していた。
しかし王宮に市民が集まり「マシロちゃんのコーヒーが飲みたい」「美味しいスイーツが食べたい」「リアちゃんともっと話したい」と騒ぎ出した。
「やかましい! カフェ営業を認めるから準備して来い」
怒ったホルティに促されてデオンとマシロたちは店を開いた。
(何で王族が働かなきゃならないんだ……)
ふくれ顔のリアはもっとのんびり過ごしたかったのにと、でぶトカゲを睨んでいた。
6月のトリアノン条約は旧領土の72%、人口の64%をルーマニア、チェコスロバキア、ユーゴスラビアに譲る事で多くの同胞エルトリア人が国境外に残されることになった。
「何が講和条約だ! こんなに領土を取りやがって」
「賠償金もふっかけてやりたい放題だぜ。全く」
殺気立った客にリアは話しかけずにいた。
1921年3月24日。かつての帝国提督だったホルティの元にカールが現れた。
彼は厚かましくも、二重帝国復活のためオーストリアの侵攻とエルトリア国王カローイ4世として即位を要求した。
「旧王が正式に王になったのであなたの出番はありません。逮捕はさせないので早くお逃げなさいませ」
ホルティは早々にカールを返した。
あんな奇妙な特性の王でも市民に親しまれているのだ。誰もカールを望んでいないのだ。
10月21日。前皇帝夫妻はオーストリアとエルトリア国境のエーデンブルクで、ブダペシュトへ向かう列車を待っている時に逮捕された。
英国軍は夫妻を大西洋上のポルトガル領マデイラ島へ追放された。
「正式に退位を表明すれば、生涯困らない生活を保証する」英国からの通達にカールは「ハプスブルクの皇帝冠は決して換金出来るものではない」と断った。
カールは赤貧の中で1922年4月1日、肺結核で死去した。35歳だった。
「前皇帝がマデイラ島へ流されたそうだ」
「カールって奴はあっちのトカゲが王なのにかかわらず、自分を王にしろってホルティに迫ったそうだよ」
「王になったってここの従業員になるだけよ」
「リアちゃん、それは傑作だ」
店内は笑いにつつまれた。
リアはマデイラ島でエリザベートとの旅行を懐かしく感じた。
澄みきった空を映した海とうっそうとした亜熱帯の林。やかましい鳥の鳴き声。
マシロには散々な旅でも楽しい思い出だったのだ。
第2部 完
第3部の構想をまとめたいので休載します




