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新生デオンの暇仕事  作者: kazfel
ハプスブルクの黄昏
86/185

万国博覧会

 1873年1月、ブダをペシュトとオーブダが合併してブダペシュトとなった。

 4月20日には16歳のギーゼラの婚礼がウィーンで華やかに執り行われた。一番輝けたのは35歳のエリザベートだった。

 冴えないギーゼラの白い花嫁衣裳より、銀刺繍ドレスと流れ落ちる光り輝く髪にまばゆい頭飾をのせたシシィが圧倒していた。

 ミュンヘンへ旅立ったギーゼラはバイエルン公レオポルドと幸せに暮らした。


 エルトリアも商工業の発展がめざましかった。

 農業ブームを基礎に銀行業が発展し、鉄道建設も飛躍した。

 オーストリア、英国、フランスの資本がエルトリアの銀行に流れ込んで、銀行ブームが生まれた。

 株式会社形態の工業企業が製粉、製糖などの食料品工業・製鉄・機械工業に於いて拡大した。


 5月1日にはウィーンで万国博覧会が開かれた。

 以前からウィーン株式市場では投機ブームとなった。

 庶民でもへそくり投資で、皇帝の弟ルードヴィヒ・ヴィクトールまで百万単位の金をつぎ込んで、何倍もの利益が返ってくるのを期待していた。

 しかし、5月9日金曜日に株式の大暴落で、百を超える銀行で取り付け騒ぎが生じ、千以上の会社が倒産し、貧乏人になった元金満家の自殺が相次いだ。


 エルトリアも銀行の多くが倒産し、ウィーンのロスチャイルド系の銀行しか残らなかった。

 工業も製粉企業の数が減ってきた。

「我々はかろうじて間接的な被害で済んだものの、ウィーンの連中は死者が出たからなぁ」

「皇帝の侍従や将軍たちも財産失くなったらしい」

「デンマーク戦争覇者のガブレンツ将軍も皇帝に援助を断られたからって自殺したそうだ」

「まぁ、下手に受けると皇帝の財産も失う規模だからな」

(恐るべし、株式投資!)

 マシロとリアは震えた。


 シシィはフランツ・ヨーゼフの傍らで皇妃としての役目を果たしていた。

 皇妃を目にした人々がしだいに心が和やかになるからだ。

 プラーター公園に巨大パビリオンがそびえ、世界各国から最新の技術を駆使した機械や物産がウィーンへ送られた。


 ちなみに日本も参加し、有田焼や提灯(ちょうちん)、金のシャチホコなど出品して日本館内部の日本庭園にフランツ・ヨーゼフは強い関心を持った。

 ちょうど、岩倉具視(ともみ)を団長とする遣米欧使節団の欧州旅行の途中だった。

 岩倉は皇帝に謁見し、6月6日の晩餐会に招待され、エリザベートの隣に座るという幸運に恵まれた。


 シシィは7月末になるとぶしつけなペルシャ王に嫌気が差し、体調不良を理由にバイアーバッハへ旅立った。

 皇妃目当ての来客にとっては悲運であった。

 シェーンブルン宮殿でのコレラ流行で、プラーターの円形建物を訪れる群衆が激減した。


 11月2日、皇帝は博覧会の閉幕を、宣言した。

 観覧者は4万人に及び、総額1500万グルデンの大赤字だった。

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