ザルツブルク会談
戴冠式後にフランツ・ヨーゼフは1848年以来の政治犯すべての大赦と差し押さえ財産の返還を発表した。皇帝に忠誠を誓う限り、祖国に戻って良いと伝えた。
後にエリザベートにエルトリア政府からブダ郊外のゲデレー城を奇贈された。
喜んだシシィは夫に対してもうひとり子供、産んでいいと伝えた。
7月上旬、カフェ「テレーゼ」てはメキシコで敵軍によって銃殺されたマクシミリアン皇帝の話でもちきりだった。
「6月19日に首都ケレタロの鐘の丘で死刑を執行されたって」
「やっぱ皇帝を見捨てたナポレオン3世はクズだな」
「それよりフランス皇帝がメキシコに傀儡政権を作ろうと考えたことが、驚きなんだけど。メッテルニヒのブラジル支配の魂胆もそうだけど、何であんな辺境な地で治めたがるのでしょう」
メキシコは1831年にスペインから独立そたものの、フランス寄りの保守派と土着の民族派が対立していた。
人間の野望と支配欲は際限なく続くと、リアは分かり切っているが、大陸遠征までは理解できなかった。
「そこがナポレオン3世の浅さかだよ。でも大丈夫だの。リアちゃん、ああいうのはいつか、痛い目に合うから」
「そうなれば、いいのだけど……」
戴冠式の翌日、人々はシシィの美しさを褒め称えた。
「やっぱ皇妃様は素敵だなぁ」
「このままずっとエルトリアにいてもらいたいものだ」
「そのための献上した城館だからな」
(別荘なんて、マシロも欲しいなぁ……)
マシロはイブリックを傾けてぼんやりして、コーヒーを焦がした。
(城かぁ。自室は手狭だし、本を貯められる城館は憧れだなぁ……)
リアも呆然とした。
マクシミリアンの遺体がウィーンに届くとゾフィーは泣き崩れた。
「なんと可哀想に。罪人のように処刑されるとは!」
意気消沈したゾフィーは争いごとから身を引いた。
後に公爵夫人ルドヴィカがゾフィーを慰めようとポッセンホーフェン城館へ招待した。
8月にナポレオン3世が派手好きのウージェニーを伴ってザルツブルクを訪れ、マクシミリアンのお悔やみを述べる予定だった。
「あんな人殺しとは会えません!」
ゾフィーはフランス皇帝の会見を拒否した。
シシィは嫌々参加して、和やかに一つのテーブルで二組はついた。
ナポレオン3世は「ロシアの南下政策にお気をつけくだされ。かつてのクリミア戦争のようにワラキア、モルダヴィアへ侵略して、やがてはバルカン半島へ侵攻するだろう。我々はオーストリアを援助する」と同盟を誘ったが、皇帝はフランスでの再開を約束だけして別れた。
夜の9時になるとフランツ夫妻は寝室へ向かい、ナポレオン夫妻は宴へくり出して行った。
ザルツブルク会談はエルトリアのカフェ内でも話題になった。エリザベートとウージェニーとの優美対決でもあった。
「くるぶしが見える短めのスカートのウージェニー」
「エルジェーベト様は裾が床まで届く古風なドレス姿だけど、気品さはうわまっているな!」
「ウージェニーは13歳年上なのか!」
「顔立ちはフランス皇妃だが、魅力は我らのエルジェーベト様だな!」
ザルツブルク会談はマスコミにとっても美女コンテストの場となっていた。
(結局、何を会談したのだろう)
客の盛りあがりにいまいち乗れないリアだった。
エルトリアのカフェの客は暇を持て余している貴族たちである。彼らの豪華な衣装で察しがついた。
フランツ・ヨーゼフはバーデンバーデン近郊へプロイセン王と冷ややかな雰囲気の中で会談した。
12月末に皇帝は12月憲法を発布した。
形式上は議会制民主主義に基つぎ司法権の独立を承認し、信仰と良心の自由、所有権の不可侵、集会、結社の自由などを保障した。
全権は皇帝に委ねられてはいた。




