戴冠式
6月7日。
「明日はいよいよ戴冠式だ。マスター、この店開いているかい?」
「マシロ一家は招待枠だから休むぜぃ」
「いいなぁ。まぁ、旧王だから当然か」
「ここの連中もマシロの扱いが軽いぜぃ」
「だってトカゲじゃ頭下げられないじゃん」
リアが茶化した。
6月8日、早朝4時に聖ゲレールトの丘城塞から放たれた21発の祝砲が轟いた。
郊外から市内に人が押し寄せていた。
街道沿いに人垣を作っている。
夜のうちに着付けと髪結を済ませたエルトリア貴婦人たちは、早朝6時に馬車で長い列を作ってオーフェンのマーチャーシュ教会へと出発した。
9時に戴冠行列が王宮からの行進を開始した。
高位貴族の旗手が11名。それに続くアンドラーシは胸に大きな十字の勲章を着け、手にはエルトリアの王冠を持っている。
その後ろには旒旗の旗手が、王権を象徴する品々を赤いビロードの敷物にのせて運んでいった。フランツ・ヨーゼフが後に続いた。
エリザベートは純白のドレスにダイヤと真珠、たくさんのレースをあしらった錦糸の薄い生地の両肩には大きなリボンが付いていた。
黒ビロード地にダイヤと真珠を施したコルセットと、長く豪華な裾とヴェールがエキゾチックなドレスを引き上げた。
11頭立ての馬車に乗った国王夫妻はブダ丘の上にマーチャーシュ教会へ向かった。
ゴシック様式に改修された教会は豪華に飾られ、フランツ・リストが作曲した「戴冠ミサ曲」が流れた。
指揮はリストではなく(本人がローマから来ていたのに関わらず)演奏も皇帝の宮廷楽団であった。後に新聞で批判されたのだった。
元帥服にマント姿のフランツ・ヨーゼフはエルトリア首座司教から国王としての聖別をうけ、アンドラーシが国王の頭に王冠をのせた。
エリザベートも聖別を受け、王冠は古来からの習慣により彼女の右肩に置かれた。
国王を前にしたアンドラーシは「王冠を授けられたエルトリア王、万歳!」
2人が教会から出ると「エルトリアの永遠の恋人、エルジェーベト万歳!」一斉に歓呼の声がわき上がった。
鎖橋を渡ってブダからペシュトへの祝賀行列は、参加者から馬で騎乗していた。
華やかな民族衣装に馬具や鞍、止め金の絢爛さや、剣帯や留め具に使われている宝石の豪華さ、トルコ石やルビーや真珠を散りばめたサーベルや古風の武器など豪華さが誇る行進だ。
武装した封臣と従者に着飾った帝国男爵や旗手は、下さい鎖かたびらや熊の毛皮を着込んでいた。やがて祝賀行進は演壇の前に止まった。
白馬にまたがった国王は4つの方向に向かって剣で十字を切り宣誓した。
「我々はエルトリア及び隣接諸邦の権利、憲法、法的独立と領土の保全を支持する」
国王は戴冠の丘を騎行したあと、豪勢な宴会が開かれた。
「お前ら、食いまくれ〜」
テーブル上のマシロはデオンと子供たちに命じた。
マシロ一家や招待客は大いに飲み食いした。
彼らが大食いしている中、国王夫妻はワインを飲んだだけであった。
陸軍演習場では夜の祝宴が開かれ、一般市民も参加できた。
牛やヤギ、2ピィまでも串に刺されたり、火葬用の薪の山に置かれたりして、焼かれていた。
樽からワインが注がれ、巨大な料理釜ではグラーシュが煮えていた。
馬車の車輪ほどのフライパンから魚とベーコン、パプリカのごった煮がすくいあげられた。
人々はグラーシュなどにありつけ、フランツ・ヨーゼフが現れると取り囲んだり、ひざまずき、または両手を高々とあげて「万歳」と叫んだ。
ロマ族の楽団の陽気なバイオリンが鳴り響く中、あたり一帯は火葬用の薪の炎が照らし出していた。




