失意
皇帝はシェーンブルン宮殿でボヘミアの戦場報告を待っていた。
白と赤の軍服のフランツ・ヨーゼフはシシィに付き添われながら、平静さを保っていた。
夜の7時になって、侍従長クレンヴィエ伯が電報を手にして皇帝の元にかかりつけた。
ケーニヒグレーツの戦闘。全軍敗北。
要塞の逃亡中。そこへ包囲される危険あり。
皇帝は文面を凝視して立ちつくした。
「こんなに違うのか……。プロイセンと我が軍は。こうなったらナポレオン3世に和平の仲介を頼むしかない」
皇帝はパリ駐在大使に打電させる。
我々の敗北すべての原因は、ナポレオン皇帝が無為のまま中立の立場を貫いたことにある。
彼がこの立場を捨てて、ドイツでしかるべき手を打つよう説得すべし。プロイセンだけがドイツを支配をするのを防ぐためには、フランスが武装して介入するしかない。貴下は可能な限り速やかに積極的な回答を引き出すべく、努められたい。
7月4日、ウィーン北駅には負傷者を満載した汽車が連日到着していた。
シシィは朝から晩まで負傷者を手当てして看病していた。ゾフィーや民衆からも好評を得ていた。プロイセン軍がウィーンへ接近しているという報告が宮廷人や市民を混乱させていた。
逃げられる者は市内から逃亡して、財産を安全な所に移した。宮廷でも荷造りが忙しかった。
7月5日、ウィーンの混乱はカフェ「テレーゼ」の客たちに知られ、彼らは皇帝をせせら笑った。
「ああなったら信頼ガタ落ちだよな」
「武器の質に差があり過ぎて、心苦かったわ」
「全く準備不足で笑える連中だ」
リアたちは笑い出した。
7月16日。ウィーンの外務省と内閣官房の最重要書類や宮廷文書館の貴重な写本が船でブダに運ばれた。高価な絵画、皇帝家所有の毛皮、王権を象徴する品も船でエルトリアに運ばれた。
エリザベートも7月9日にウィーンへ離れ、ブダへ向かった。
3日後にはウィーンへ戻って、バート・イシュルから首都に連れ戻された子供たちを引き取った。
「何でエルトリアなんですか。子供たちはバート・イシュルの方がはるかに安全で山のきれいな空気を吸えるのよ。ブダのジメジメした空気と悪い水が皇太子の健康を損ねるか心配だわ」
ゾフィーは同行を拒んだ。
そしてバート・イシュルに残って、貴重品はすべてそこへ運ばれた。
ウィーンの駅でシシィは皇帝と別れるとき、夫の手をキスした。
市民は皇帝に幻滅した。皇帝が国家の利益よりも王朝の利益を優先したと非難した。
シシィと子供たちはエルトリアで大歓迎を受けた。デアークやアンドラーシ、その他の政治指導者が駅まで出迎えに来ていた。
2人の政治家に普墺戦争に敗北したオーストリアがエルトリアに譲歩して、アウスグライヒ Ausgleich(和協)を結ぶ時だとせまった。
ドイツの覇権がプロイセンに移った以上、オーストリアは東方へ活路を見出すしかなくなった。
シシィは一時ウィーンに戻り、皇帝に不穏なブダとペシュトの状況を伝えて、外相メンスドルフを更迭してアンドラーシを抜擢して欲しいとせがんだ。
7月17日、皇帝はアンドラーシと会見した。
彼から皇妃の分厚い手紙を渡された。
皇帝には長身の伊達男の伯爵との不信感が強かった。
「その件を徹底的に検討し、熟考したい」
エルトリアと妥協するとボヘミアのスラブ民族を抑える決断がまだないので、皇帝はすぐに和協には応じなかった。
ウィーンに対する不満はエルトリアやボヘミアだけでなくガリツィア、トランシルヴァニア、トリエステから日々上がっている。
18日にエリザベートはシェーンブルン宮でアンドラーシを招いた。
19日にはデアークもホーフブルク王宮に訪問した。皇帝は両人と会談した。
オーストリア皇帝とマジャール人貴族との間の和協が煮詰まってきた。
この和協にはボヘミアのチェコ人やエルトリア内のハルダーフォルク、スロヴァキア人、ルーマニア人などの諸民族は度外視された。
皇帝に拒絶されたシシィはブダへ戻った。
宮廷では反エルトリアの気運が高まり、イタリアとドイツから追放された多数の王侯貴族がウィーン王宮に避難してきた。
政治問題の議論や言い争いが日常の光景になっていた。
皇帝宛にシシィからはエルトリアの要求を伝える長文の手紙が送られてきて皇帝を悩ました。
ボヘミアの村々と田園は戦争で荒廃し、疫病と飢餓で人々を困窮させていた。
シシィは別荘を借りていたが狭く、田園の城館を欲していた。
皇帝に城を持ちたいとせがみ、皇帝は後のイタリア停戦交渉の中にこう送り返した。
もし望むならば、ゲデレーへ戦傷者を見舞いに行ってもよい。ただしその事を持って、ゲデレー城を購入するつもりだとは思わないように。わたしには資金がなく、この厳しい時局にあっては厳しく節制しなければならない。直轄領もプロイセンにひどく荒らされてしまったので、回復まで何年もかかるだろう。来年度の宮廷予算は500万まで削減したので、200万以上の経費節減が必要となる。厩舎の半分近くを売却するし、非常に切り詰めた生活をしなくてはならない。
7月20日にはテーゲトホフ副提督が指揮したアドリア海のリッサの海戦でイタリア海軍を破った。南部方面軍はまだ北イタリアで戦っていたのだ。
21日の吉報にゾフィーが大喜びした。
カフェ「テレーゼ」にも吉報が届いていた。
「弟のマクシミリアン大公が海軍改革での勝利だな。皇帝はいっそ彼にして欲しい」
「マクシィの方が改革派で話が通じそうだしなぁ」
「でもイタリア海戦で勝って何が貰えるのかしら?」
リアが何気に尋ねた。
「そういえば……デンマーク海戦で勝っても何もなかったような」
「それはご苦労なことで……」
リアは帝国を哀れんだ。




