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ソルフェリーノの戦い
6月24日早朝、フランツ・ヨーゼフと参謀、ナポレオン3世も後方にいて、前線に出ないまま戦闘が始まった。
皇帝はガルダ湖南岸の高台に立って戦況を見たが、20万の軍隊が衝突して、眼前の敵と交戦しているだけであった。
オーストリア軍は弾薬と砲弾、食糧不足のまま戦い続け、フランツ・ヨーゼフは結局、戦況全体を把握することなく進撃を命じていた。
午後になるとナポレオン3世はソルフェリーノに砲兵を集中させて、近衛兵中心の歩兵で市街をおさえた。
午後2時にはオーストリア軍はすぐに撤退し、暴風雨の中でナポレオン3世は白兵戦を命じた。
フランツ・ヨーゼフはなんとか全体を撤退させ、ヴェローナ、マントヴァで要塞を築いて防衛を強化させた。
フランス・サルディーニャ軍は8500人以上の戦死者を出し、進撃が出来なかった。
オーストリア軍は12000人が犠牲になった。
両軍の兵士が負傷して放置されて死にゆく現状を目の当たりにしたスイス人のアンリ・デュナンは、クリミア戦争のナイチンゲールの活躍を知ってから、国際赤十字を作ることを提案した。




