帰国
11月17日に皇帝夫妻は北イタリアへ出発した。
ミラノを中心とするロンバルディア州とヴェネツィア州を回るため、鉄道でウィーンからライバッハへと一行が向かった。
デオンたちはゾフィー大公妃と留守電になったが、2歳のゾフィーの遊び相手になった。
「何か、シシィ楽しそうに出掛けていたね」
「姑無しだぜ」
皇帝らはイタリア入りしてヴェネツィアでは住民が冷淡な態度で皇帝夫妻を迎えていた。
東へ進んで着いたミラノでも、人々の静かな抵抗だけではなく、歓迎行事にイタリア貴族の大部分がいなかった。
エリザベートは皇帝に助言して、イタリア国内の政治犯に恩赦を与え、免税の措置をとった。
1857年1月。デオンはカフェの新聞を読んだ。
「エルジェーベトの美貌は皇帝が兵隊やカノン砲を用いるよりも巧みにイタリアを征服した。すごいなぁ」
「夫より外交の才気があるようだな」
客の辛辣な感想にリアは笑った。
「あのヒゲに大した才能はねぇよ」
マシロの意見で皆が笑い出した。
3月に皇帝一行が帰国した。
「お母様、5月にはエルトリアを視察しようと思います」
「ならマシロたちをそこで返してちょうだい」
ぶっきらぼうにゾフィーは言い放った。
4月の準備期間にシシィは2人の娘をエルトリアに連れて行くとゾフィー大公妃に伝えていた。
最初は反対されたが、シシィはしぶとく言い争い、5月には幼い二人をエルトリアに同行させることになった。
一行は船でドナウ川を下り、ポジョニを経た。
フランツ・ヨーゼフはエルトリアに行く前に48年の3月革命の逮捕者たちに恩赦を与えたり、没収した財産を返還した。そのおかげか一行はブダまですんなりと行けた。
デオンたちはカフェへ向かった。
ブダ王宮広場では歓迎式典が行われた。
丘のブダと対岸の平地のペシュト街の間に、ゆったりと流れるのがドナウ川である。
ペシュトは赤茶色屋根の家々が立ち並ぶ古都であった。
式典に来たエルトリア貴族たちは、ダイヤを散りばめた衣装で誇らしげに式にのそんだ。
シシィがきれいなエルトリア語で挨拶すると、貴族や市民は目を丸くした。
ブダ王宮での宮廷舞踏会でエルトリアのカドリールの踊りをシシィが夢中になった。
大公ヴィルヘルム、次はニコラウス、最後にエステルハージ伯爵を相手に踊り明かした。
閲兵式なは皇帝夫妻が馬上でのそんだが、人々はシシィの美しさと馬術にも驚嘆した。
皇帝夫妻の来訪はカフェ内でも話題の一番だった。
「皇妃様、可憐でいいなぁ」
「エルトリア語が流暢に話せるなんて素敵なお方だ」
「シシィはあれでも大公妃ゾフィーと仲が悪いぜぃ」
サラマンダーマシロはカップに泡が消えないようにコーヒーを注いだ。
「姑はイビったりしてるんですかい?」
「そりゃあ、もう子供部屋で揉めたり、エルトリアに子供連れて行くことでも争ったり大変だぜぃ」
マシロは長い舌を器用に扱いながらカウンター席の客と話し込んだ。
「確かに2人の関係がこじれるばかりね……」
野生と開放的な育ちの公女様と伝統的な育ちのゾフィー。
デオンのような他者が割って解決できるほどの浅い亀裂ではなかった。
順調に進んだ皇帝夫妻のエルトリア訪問は5日目の南東部デブレツェン滞在で終わりを告げた。
長女ゾフィーが29日に病死したのだ。
私たちの子は天使になりました。長い闘いの末、あの子は9時半頃安らかに逝去いたしました
皇帝はブダで母宛に電報を打った。
ウィーンに戻ったエリザベートは自室にこもって、何週間も泣き暮らした。ゾフィー大公妃はお気に入りだった孫を亡くしたことをなじった。
数ヶ月後、シシィは次女の養育をゾフィーに任せた。
1858年8月21日。シシィはラクセンブルク城でルドルフを産んだ。
ウィーンには101発の祝砲が轟いた。
後にエルトリアの新聞でも皇太子誕生で寛大なる施しを期待しているウィーン市民の記事があった。
「お二人は戴冠式にはエルトリアへ必ず来訪してくれるだろうし、そこでおねだりするのも手だな」
「跡継ぎを産んだのだから、シシィはゾフィーに対して大きな態度に出れそうね」
リアはのんきに意見した。
「そうだね。つまらないいざこざが、じきに無くなるさ」
「こら、早く注文をとって来い!」
マシロがサボるリアを叱った。
冬になってデオンたちがウィーンへ来るとシシィは体調が悪く、皇太子の出産から体力が回復していなかった。
公爵夫人のルドヴィッカがウィーンへ呼ばれて弟妹を連れて、公爵家の主治医フィッシャー医師を伴った。
シシィはバイエルンの家族といたほうが朗らかな様子だった。
「ルドルフって子供部屋にいるのか?」
デオンはゾフィーに尋ねた。
「そうよ。あの子は大佐になったから立派な軍人として育てるのよ。あなたたちはギーゼラの所に行きなさい」
「ライヒシュタットより出世が早いんだな……」
「ルドルフは健康体だから、あんな悲劇は起きないわよ」
まだ赤子だから資質が不明だが、突発的な事故だけは起きないで欲しいものだと、デオンは案じた。




