ウィーン革命前夜
第12章 1848年ウィーン革命
2月22日、フランスでは全権政治を攻撃する共和主義者が大集会を開き、労働者と学生の応援を得て大デモ、ストライキを行った。
23日には警備の軍隊が発砲して多数の死者が出た。市民が立ち上がった。
24日には市庁と議会を占拠して、王政の廃止と共和派の樹立を宣言した。ルイ・フィリップ王はロンドンへ亡命した。
2人の社会主義者を含む共和派の臨時政府ができた。
2月革命の報はパリのロスチャイルド財閥から至急報でのモールス信号の電報が、メッテルニヒに24日の夕方に届いた!
雪が舞う夜にはホーフブルク王宮で宮廷舞踏会が開かれた。ゾフィー大公妃の長男フランツが8月18日には満18歳になるので、皇位継承権が得られる。
彼をお披露目するため、招待された上級貴族たちは娘たちを連れて集結していた。
「女どもの獲物を探す目がすげーな」
臨時のフランツ護衛のデオン頭上のマシロが述べた。
「確かに、皇妃になれる機会だからな。フランツィが美男子だから目の色が変わるのが無理ないか……」
フランツは将来を担う貴公子として、貴顕たちの羨望を浴びていた。
「ありゃ、相手もとびっきりの美人じゃないと釣り合わないな」
デオンは笑みを浮かべて舞踏を眺めた。
2月25日、メッテルニヒはパリ革命の経過をフェルディナンド皇帝に報告した。
珍しく驚いた皇帝は緊急会議を開き、皇族たちと皇妃、大公妃と従者のデオンらも駆けつけた。
「フランス国王はご無事でロンドンに亡命できました。けれど共和制ができて、2人の社会主義者が入閣してきました。我がオーストリア帝国はフランスとは違います。これはパリだけの出来事であって、ウィーンには起こり得ないことです。私の目の届くウィーンにあっては!」
メッテルニヒは熱弁をふるった。
「いや、そんなことはありませんよ。フランスからの波は必ずや我が国にも波及します!何らかの手をうたなければ大変なことになります。故マリア・ルイーゼ様のように国民のだけの政策を第一にしないと。あの方が皆に慕われたのはそのためです」
ゾフィーがすかさず口をはさむとマシロは「そうだそうだ」とはやしたてた。
「いや、パルマでも昨年秋、学生デモが起こり、マリア・ルイーゼ様はウィーンから急ぎ帰られました。それが命取りになられたのです」
メッテルニヒは一同を沈黙させた。
「今はパルマのことよりも、ウィーンがどうなるかだろう? 過去にフランス革命を賞賛した私なら、市民側を応援するぜ。メッテルニヒ、もう辞めちまえ」
叫んだデオンはゾフィーの後ろへ廻った。
「そうだとしても、誰が後を継ぐのだ」
「今の路線でいいのではないか」
皇族たちはメッテルニヒを後押しした。
「ダメじゃねーかっ!」
デオン頭上のマシロが怒鳴った。
「だったら私と夫で市民らと話し合うから、あなた方は、知識人限定で伝えたら?」
ゾフィーは小声でささやいた。
後にゾフィー大公妃怒鳴ったフランツ・カール大公は非公式に知識人たちと何度も会合をしていた。
3月1日。カフェなどではパリの2月革命の様子が市民の間にも伝わってきた。
刺激を受けた商人が工場主に弁護士、作家などの知識人、大学教授や学生などそれぞれのグループ間で会合が始まっていた。
ウィーンは市壁によって、貴族・ブルジョワが住み、商業を中心とする市内区と、小市民的手工業者及び労働者が住み、生産業を中心とする市外区と2つに別れている。
市内区は高層建物が並び、市外区は流れ者の貧乏人、失業者の住む粗末な小屋が広がる。
デオンは夜に劇場で長期興行となった「飼育法」というメッテルニヒ風刺の喜劇を観に行った。
「検閲当局はついにサボったな」
「陰謀だぜぃ」
大入りの観客の中に密偵はいなかった。
小汚い労働者と小市民的な学生と2分したカフェでも、メッテルニヒへの文句は一致した。
「かつてのヨーゼフ2世は改革にまい進したが、メッテルニヒ体制では旧来依然のままだ」
「新聞、出版物は相変わらず検閲され続け、政治言論も規制! これでは旧支配者の意のままだ」
「メッテルニヒの野郎をぶしのめせ!」
「ところでデオン殿、攻撃する上で街の弱点、何か知っていますか?」
客たちはデオンの周りに集まって来た。
「そういや、警官とか少ないような。私も気が向いたら手を貸してやる」
デオンが暇つぶしのつもりで気軽に答えると客が歓声をあげた。
「マシロは面倒だから頭にへばりつくぜ」
デオンはマシロが寝ていてもたいして気にならなかった。
市民たちの高揚感が懐かしくも感じていた。かつてのフランス革命時のように。




