曇天
第11章 メッテルニヒ体制
1835年3月2日、フランツ帝は肺炎で急逝した。67歳であった。パルマのルイーゼには早馬で知らされた。
ウィーンの葬儀では弟たちと先頭に立った。
メッテルニヒは憔悴して「私は父であり、主人であり、友人を失った」と落涙した。
市民はかつてのように皇帝が息を浮き返すと願っていたが、崩御の報のままで失望した。
フランツ帝はナポレオンに苦汁を飲まされ、神聖ローマ帝国を滅ぼされ、娘をナポレオンに奪われ、1826年12月にはブラジルへ嫁いだレオポルディナが夫の暴力で29歳で急死した。
妻を3人も亡くし、ナポレオンを倒して平和な時代が享受できて市民は皇帝を愛していた。
そんな中、知識人と芸術家からも嫌われていたメッテルニヒの検閲と言論統制だが、手抜きも多かった。
市民は涙で葬儀をむかえ、先行きに不安を感じていた。
長男のフェルディナント1世がカール6世の相続順位法に定める長子相続の原則で、即位した。
「えー、あの莫迦が皇帝? メッたんどうかしてるぅ!」
マシロがサロン室のテーブルで騒いだ。
「そうね。兄は頭が弱く、てんかん持ちだからとても会議や執務なんてこなせないわ。こうなるとますますメッテルニヒの独裁になるでしょう。弟たちと装弾して、その点を気をつけてやってくださいね。それが心配です」
ルイーゼはゾフィーに頼み込んだ。
「フェルディナントって頭が少し大きい奴か?」
デオンはマシロたちに尋ねた。
「そうだぜぃ。あいついくら話しかけても無反応でつまんねぇよ。コケとキノコとかいじってさ」
「マシロに無反応とは、相当なものだな……」
デオンが肩をすくめた。
後にルイーゼはパルマへ帰って行った。
宰相のメッテルニヒと内務大臣コロヴラード、皇族のカール大公の3人が皇帝の代わりに政務を行った。
ウィーン会議の赤子・ナポレオン戦争の出費で財政再建がさらに深刻な問題となっていた。
メッテルニヒはかつてはロスチャイルド財閥から資金を入手して外交・会議をこなしたが、もうそんな余裕がなかった。
ロスチャイルド家はユダヤ系の国際的金融資本家でオーストリア鉄道投資に加わっていた。
1836年から最初の蒸気鉄道が走り始めた。
1836年の夏にゾフィーは政治的環境の変化について話そうとルイーゼを誘った。
シェーンブルン宮殿の色とりどりの花庭で2人はくつろいでいたが、ボンベル首相から急ぎの手紙が届いた。
「パルマでペストが発生したのですぐに戻ります」
「まぁ、どうかお気をつけて」
ルイーゼは荷物をまとめて馬車に乗り込んだ。
「なんだペストって遅れて来るもんだなぁ」
サラマンダーマシロは2人の子供にもみくちゃにされていた。
「また、大変なことになったのだな」
しゃがんだデオンは子供に脚を踏まれていた。
「お姉様はパルマでは立派な女王様なのよ。きっと難局を切り抜けてくれるでしょう」
パルマのペストは9月まで続いた。患者は1212人で死者は438人。ルイーゼとボンベル首相は修道女と共に患者の手当を命がけで続けていた。
パルマ国民はルイーゼを慕い続けた。
グラーベン通りのカフェ内は学生、作家、芸術家、労働者と客層が変わってしまった。
マシロは学生席で生クリームを長い舌ですくうと「この生暖かさがいいんだな」と芸術家がマシロの背中を触り続けた。
「あれ?」
デオンは学生が読んでいる本のタイトルを読んだ。
「『シュヴァリエ・デオン・ド・ボーモン伝記。 比類なき外交官と竜騎兵連隊隊長』いつの間に本になったんだ。コレ……」
原稿はライヒシュタット公爵に渡して以来、行方知らずだった。
「あー、妖精騎士さん?」
「きゃーっ、デオンさん!」
学生と女性客がデオンの周囲に集まって来た。
学生は「デオン記」を持っていた。
「なぁ、この本は売れているのか?」
「そりゃ、大ベストセラーですぞ」
禿頭のマスターが答えた。
「これは、作者の私に金が入らない嫌なパターンか……」
デオンはがっかりして、テーブルに突っ伏した。
マシロはチョコレート・トルテを頼んでいた。舌でフォークを操ってケーキを食べるさまを、学生たちが眺めた。
「このトカゲ、甘党なんだ。だから太っているのか」
「マシロはぷりちーなサラマンダーだ。ぷくぷく姿で子供と貴婦人をメロメロにするのが使命なのだ」
「このトカゲかわいい」
マシロは女性客に触られていた。
6歳になったフランツは将来の皇帝として週13時間の授業を受けていた。
マシロは2歳年下のマクシィの遊び相手になったが、乱暴に投げられたり、いたずらの道具にされた。
マクシィは宮廷人に愛された。




