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新生デオンの暇仕事  作者: kazfel
喜びに満ちた調べに共に声をあわせよう
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死の旅立ち

 ライヒシュタット公爵は、死の旅立ちのための秘蹟を授ける儀式を受けることになった。

 6月20日、公爵はワグナー宮廷司祭に告解(こっかい)を行った後、「私の病気は重いですが、治る可能性があります」とつぶやいた。


 儀式は午前11時から始まり、ライヒシュタット公は寝室で1人聖書を読んで待っていた。


 一行は宮廷の教会に集まった。

 ライヒシュタット公の部屋までの広い廊下の両側に、部下の歩兵連隊が整列していた。

 青い絨毯を一行が静々と進む儀式だ。

 先頭にデオンと頭上のサラマンダーマシロ、他のお付きの者たちで、礼服に身を固め、次に宮廷の高位の貴族、後ろにゾフィー大公妃、鐘を鳴らしながら進む宮廷教会の司祭たち、後ろに聖体を持った主任司祭ワグナー、その後方に皇太子や皇族夫人たちが続く。


 一行は手にロウソクを持ち、司祭たちが低い祈りの声をあげて、ライヒシュタット公の部屋の前に並んだ。

 部屋のドアの前にハルトマン博士とモル男爵が立っていた。一同は高位の順に隣の部屋に集まった。

 ワグナー主任司祭はライヒシュタット公に祈りを捧げ、ミサの聖体のパンを捧げた。

 一行は祈りを唱えながら、静かに宮廷教会まで戻った。


 ライヒシュタットは儀式に衝撃を受け、怒り、憤り、周りがみな、自分がすぐに死ぬと思うと、とても眠れたものではなかった。


「そういえばデオン様、あなたは一度亡くなったそうですね。4年間、魂が漂っている間はどのような感じでしたか?」

 デオンはゾフィーに不意に尋ねられた。

「どのようなって、全く覚えていないのです。あぁ、そうか! 私は肉体を得たから色々と思考ができたのか。存外、人間の魂はそんなに大したものではないのかも」

 デオンの発言で司祭たちが動揺した。

「あなたって本当、面白い人!」

 ゾフィーは微笑んだ。


 6月21日、メッテルニヒは在パリのオーストリア大使に連絡をとった。

「ライヒシュタット公はすでに亡くなったのも同然で、いま肺結核の末期にある。年齢を問わず襲うこの病気にかかると、人はあっという間に亡くなる。ライヒシュタット公は21歳だった」

 メッテルニヒは息子を結核で27歳に亡くしているので、1823年に公爵が結核の兆候が出たとき死期は21歳だろうと予言していた。


 6月24日、夕方にマリア・ルイーゼがシェーンブルン宮殿に到着した。

 次第に衰えていくライヒシュタット公は7月に入って少し調子が良くなってきた。時々バルコニーに出るようになった。

 7月6日、ゾフィー大公女に子供が生まれ、マクシミリアンと名付けられた。バルコニーに公爵がいたので麒麟に乗ったデオンは降りた。

 公爵は痩せ細り、顔色が悪かったがにこやかに迎えて、デオンのとりとめのない話を聞いていた。


 7月21日、夜に遠くの稲妻が光り、雷が鳴った。

「私は死んでいく。私は死んでいく」

 公爵が野戦用のベッドでもがく様子で医師が駆けつけた。

モル男爵の知らせで大勢の人々が集まって来た。

 マリア・ルイーゼが枕元にひざまずいて、静かに息をしている息子を見守っている。ベッドのかたわらにデオンらも駆けつけた。

 カール大公、ハルトマン博士、マルファッティ博士、マレシャル将軍らが駆けつけ、召使いたちも全員集合した。

「ナポちゃんと顔が、そっくりだぜぃ」

 マシロがつぶやくと皆がうなずいた。

 7月22日の朝、午前5時過ぎにライヒシュタット公爵が息を引き取った。

「死は人生の目的……」

 つぶやいたデオンは不思議に涙が出なかった。大声をあげて泣こうという気が起きなくなった。

(ルイ15世陛下の時は、あんなに嘆き悲しんだのに……)


 23日、リンツにいたフランツ帝はモル男爵から報告を受けた。

「フランツは妙に頑張り屋で身体を壊してしまって……(さち)少ない短い人生だった」

 フランツ帝は涙を流した。皇帝夫妻は葬儀に参加しないことになった。

 メッテルニヒに「君はほっとしたかも知れないが、わしは悲しい」と手紙を書いてまた落涙した。


 メッテルニヒはパリのオーストリア大使館に至急報を送った。

 自身の外交官の息子が結核で27歳に亡くなっていたので、メッテルニヒはひざまずいで十字を切った。


 宮殿の居室では遺体は12の燭台に囲まれ、赤いビロード布に覆われた銅の棺に入れられた。

 黒い絨毯の机上に安置されていた。シェーンブルン宮中の人々が静かに故人を(しの)んでいた。

 24日、遺体は松明を持った二人の宮廷騎馬兵を先頭に、連隊兵士の列に守られながら、ウィーンのシュテファン教会に安置され、4人の連隊兵士が護衛した。

 25日、一般市民のお別れが始まり、参列者が後を絶たなかった。

 27日、埋葬は第60連隊の軍楽隊の太鼓を先頭に、道の両側に連隊兵士が並んだ。

 その間を長い葬列が進み、ライヒシュタット公爵の棺は、霊廟カプツィーナに埋葬された。

 薄暗い中で棺と対面した途端、デオンは大泣きした。

「私は弟を失った。もう、彼ほどの弟は……」

 デオンは棺にすがって泣き続けた。

「確かに。お前はルカと結婚すれば義弟になるな」

 デオンは気持ちの整理がつかなくて、頭上のマシロの案をずっと、先延ばすことに決めた。


 埋葬の後、ライヒシュタット公爵の部屋の遺品整理を世話係だったモル男爵が行った。

「おお、これは……」

本棚に隠した厚めの原稿を手に取り、男爵は企んだ。

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