公爵の晴れ姿
6月14日、ライヒシュタット公の軍隊勤務先騒動が宮廷中を駆け回った。
頬ひげのディートリヒシュタイン先生が怒りに震えてデオンにも知らせていた。
「エルトリア第60連隊大隊長って、素晴らしい人事じやないか。何で怒っているのだ」
「冗談じゃないですよ! 公爵は大佐に昇進して、プラハの司令官に勤務するのだと公爵のご友人やハプスブルク家の皆さんは、ご立腹ですよ!」
「私は竜騎兵連隊隊長で満足だったのにな」
デオンはカール髪の先生の立腹の理由が理解できなかった。
「デオンは田舎の少貴族出だから、それでいいんだよ。公爵らは名門のハプスブルク家だぞ」
頭上のサラマンダーマシロがなじった。
6月15日、フェンシング訓練後、ライヒシュタット公爵は嬉しそうにしていた。
「大佐になれなかったって、先生が嘆いていたけど、そんなにダメなことなのかい?」
デオンは晴れやかな面持ちの公爵に尋ねた。
「とんでもない! 兵隊と一緒に汗を流して、第一線の兵士たちと訓練できるので、とても楽しみですよ」
「そうだよな! 軍人は兵隊からもまれていくのがいいよな。急に偉くなってつまらない事務仕事より最高だ」
「僕はデオンさんみたいに、前線で戦える兵士として鍛錬して行きます!」
公爵は朗らかな笑顔で答えて去った。
「20歳かぁ。若いっていいなぁ……」
デオンは公爵の細い背中を見て、感嘆した。華やかで輝ける未来が彼にあって憧れてしまった。
「103歳のおじいちゃん」
頭上のマシロが茶化した。
「まだ102歳だ!」
デオンが無駄に怒鳴った。
6月16日朝の4時から、ライヒシュタット公は宮廷を出た。白の軍服と青ズボンで愛馬をさっそうと駆けた。
朝6時には大隊を連れてアルザー通りの兵営から、郊外の要塞斜堤をよじ登る訓練を始めた。
公爵は汗だくになって兵営に戻り、無名兵士の墓の護衛で午前11時に勤務について午後に兵務の猛勉強をした。
パルマのルイーゼ宛に手紙も書いた。
大隊に赴任したことに、私は大いに満足し喜んでおります。これは皇帝が配慮してくださったもので、新兵の半分と若い将校と一緒に任務についています。私の部下、将校、上官は、この世界の善意に満たされております。我々は互いに教育しあい、我々は我々を結びつける善意のみに今後がかかっています。
後に兵営の中に大隊長の部屋ができ、ライヒシュタット公は王宮から引っ越した。
7月29日。ホーフブルク王宮の3階の全開した窓から、1歳の赤ん坊を抱いたゾフィー大公妃とデオンと頭上のマシロは、外の広場を眺めた。
将軍の葬儀の送別の儀式、行進の指揮にライヒシュタット公爵が行った。
ナポレオン2世を見ようと大勢の人々、特に女性が多かった。王宮の広場の両側に観衆が密集していた。
「評判の美男子のため女性たちがこんなに集まったのか……」
「モテモテだぜぃ」
デオンとマシロは広場を注視した。
長身美貌の大隊長が、白地の軍服の胸に聖シュテファン大十字勲章をつけ、抜いた剣が輝いていた。
多くのバラの花がライヒシュタット公へ投げられ、頬にも当たっていた。
「捧げ銃!」「敬礼!」「前へ進め!」
どの掛け声もしわがれていた。公爵の身体が痩せて汗をよくかいていた。
「今日は相当暑いのだな」
緑色のフロックコート着のデオンは寒さ以外は平気だった。
「あなたは暑さを感じていない特殊な人なのね。でもあれは、痩せ過ぎよ。何か病気なのかしら?」
ゾフィーは熱い視線を送っていた。
5日後、王宮の前で大隊長は大隊の視察を行った。
ナポレオンと同じような三角帽子に、ナポレオンがエジプトで使ったトルコ風の軍刀と、白馬に乗って指揮を執る姿が颯爽としていた。
大勢の観客の拍手が続いていた。
「あいつ、ナポちゃんを意識しているぜぃ」
「そうなのか?」
「ナポちゃんが、シェーンブルン宮殿で閲兵したの見たぜ」
「だけどあんなに痩せちゃって大丈夫なのかしらねぇ……」
26歳のゾフィーはいつまでも公爵を気にかけていた。




