孫たちの肖像画
7月初めにペルシャ、ポーランドなどに伝わり、ボヘミアを経てウィーンに伝染病ペストが襲った。
城壁と密集した家々、狭い道路によってペストが一気に蔓延した。
市民は郊外へ、皇帝一家は郊外のシェーンブルン宮殿へ避難した。
赤子を抱いたゾフィー大公女とサラマンダーマシロを抱いたデオンは馬車に乗った。
「やったぜ。シェーンブルンへ帰れるぜぃ」
赤ちゃんはマシロを見つめて、喜んでいた。
「フランツィはマシロちゃんが触りたいのかしら」
「はい、どうぞ」
デオンは赤ん坊の小さくてふくよかな手にマシロを握らせた。そしてマシロの頭をしゃぶっていた。
「サラマンダーをしゃぶるとは豪胆な子だ!」
デオンは驚嘆した。
「さすがフランツィねぇ」
ゾフィーが微笑んだ。
避難した皇帝一家は弟たちの家族、子供たちの家族に、メッテルニヒ宰相一家や、有力政治家と加わって、大所帯となった。
「このままじゃ、兵舎にペストが流行るじゃないか! 早く戻って来てくれぃ!」
フランツ帝はライヒシュタット公に、ウィーンのアルザー通りの兵営から帰るように懇願した。
8月になってからライヒシュタット公爵が戻ってきた。
青ざめて憔悴しきって、呼吸が苦しそうで、痩せ細っていた。
「莫迦野郎! 何でこんなになるまで兵営にいたんだよ! 死んだら何も残らなくなるんだぞ!」
デオンは泣きながら叫んだ。
「他人の身体を持ったお前が言っても、いまいち説得力がないぜぃ」
頭上のマシロがぼやいた。
「確かにそうだけれど……」
公爵が訓練しすぎて身体を壊したのは判るが、何で必死になるのだろうか。
彼は宮廷西側の公爵の自室へ運ばれて行った。
1ヶ月ほどの安静後、ゾフィー大公女とデオンが付添で訪れた。
ゾフィーは公爵の世話のため、宮廷人の目を気にせず、頻繁に公爵の部屋に通っていた。
「私はあなたか公爵みたいな人と結婚したかったわ。カールって趣味が狩猟だけでつまらないもの」
ゾフィーは妖艶な笑みをデオンに向けていた。
「私は読書が趣味ですが、私のどこが面白いのですか?」
「あなたの女装趣味よ。噂から頭のトカゲでわかったのよ。舞踏会で見たかったのに、何でやめちゃったの?」
「あなた方に勝ち目がないので、戦略的撤退しました」
「なら、リッター・デオンとして踊ってくれる?」
ゾフィーは笑い出して誘った。
「喜んで」
休養中のプリンスは顔色が少し良くなっていた。
「皇帝には孫が3人になりました。あなたと私の坊やフランツとサレルノのマリー・カロリーヌ嬢です。この3人が一緒にいる肖像画を描いて、皇帝にお贈りしたいのです。肖像画はエンダーに頼みたいのですが、どうでしょうか」
ゾフィー大公女が公爵に提案してきた。
「いいですよ。ここにいる今が、一番時間があります」
画家が来るまでマシロはカロリーヌに抱かれ、彼女が手放すとフランツィが欲しがってデオンはマシロを預けた。
絵が贈呈されるとフランツ帝が上機嫌になった。
「かわいい孫たちで素晴らしい絵画だ!」
茶色上着のライヒシュタット公が、白いフリルの服のフランツィを膝の上にのせていた。
巻き毛と青いマフラーのカロリーヌは、絵師に向けてフランツィの靴に右手を差し出していた。
「フランツィはマシロがお気に入りだな」
坊やはマシロをつかんでいた。20歳のライヒシュタット公はあどけなさが残っていた。




