シュヴァリエ・デオン伝 交渉
1774年4月28日からルイ15世は熱が出て、吐き気が出て寝込んだ。
5月3日には自らの体にできた膿胞で天然痘と分かり、エイモン枢機卿とパリ大司教によって告解の儀式を進めた。
5月4日の夜に、王は魂の救済のため、愛人のデュ・バリー夫人に退去を命じた。
「リュールへ行け。マダム、私は病気だ。自分のなすべきことは分かっている……あとは、あなたに対して、この先もずっと心からの友情を抱きつづけると約束するだけだ」
64歳の王は風貌だけは美しさを保っていたものの、不節制で顔には深いしわと赤班ができ、まぶたは重く垂れ下がった。
王は若い頃に天然痘にかかったので、免疫があると信じていたが、気力が次第になくなり、食欲もなく「もう長くはあるまい」と廷臣たちにつぶやいていた。
ルイ15世は5月10日に亡くなった。
「彼を失うとともに、私もすべてを喪失する!」
報告を受けたデオンは嘆き悲しんだ。
7月にブロリー伯爵に書簡を送り、亡き国王の哀悼と新国王への奉仕を懇願した。
「先王からの秘密組織、継続してみようかな……」
「機密局なんて利点より欠点だらけでいらないわよ。すぐに潰しなさい」
「ああ、わかったよ。あの秘密通信は何の役に立たない。余の公的業務に有害だ」
ルイ16世はマリー・アントワネットの進言で機密局を廃止した。
機密局が廃止されると、ブロリー伯爵はリーダーとしての労を充分に労われ、他の機密局員たちも階級と果たした仕事に応じて年金が賜われた。
ポーランド将軍には年20000リーヴル、モネ将軍には8375リーヴル、シュヴァリエ・デオンには12000リーヴル。
「それは高すぎる!」
「ハレンチ騎士には法外過ぎます!」
「騒動ばかりの田舎貴族には不当過ぎる!」
大臣たちの異論が続いた。
「我々が欲しいのはデオン殿の秘密通信文と機密文書です。年金をエサに取り戻せばいいのです」
ブロリー伯爵が大臣たちをなだめて使者の手配をした。
デオンは使者に14000ポンドの保証金を要求したが、交渉が決裂した。
次に擲弾兵隊長が来た。
「マドモアゼル、どうか結婚してください!」
デオンは苦笑した。1週間の談合の後、以前の要求を上回る法外な保証金をデオンが要求したが、交渉は決裂した。
1775年1月、デオン宛にブロリーからの手紙が届いた。
ヴェルジェンヌ伯爵殿がなされた提案をお受けにならず、国王があなたに示されたご厚意の値打ちもお分かりにならない事を知って、非常に驚きいっております。正直に申し上げて、それがいかなる理由によるものか、私には理解できないことですが、あなたが理性と義務と、あなたご自身の利益の為に耳をかたむける事を、そして速やかに恭順の意を表し、これ以上長く抵抗すれば、取り返しのつかないほど悪くしかねない過失を償われることを切望します。
デオンは伯爵の意に従う気がなかった。
外務大臣ヴェルジェンヌはデオンの要求額を不当だと笑い、ルイ16世はデオンを完全無視した。




