シュヴァリエ・デオン伝 ボーマルシェ
1775年5月、ボーマルシェはブリーヴァー・ストリートの趣味人の家のようで、洗練されたデオン邸宅を訪ねた。
ペテン師でいかがわしいボーマルシェがデオンの交渉役になった。デオンは内心、歓喜した。
「私は一介の女に過ぎません。私が置かれた苦境をどうか、国王と大臣たちに伝え、何とかとりもってください」
デオンは嘘泣きして涙を流した。
ボーマルシェはうろたえ、デオンの罠にはまってしまった。
デオンはボーマルシェに誘われて市長ウィルクスの晩餐会に出た。ボーマルシェの友人ギュタンはデオンを「関心をそそる女」と評した。
以前からデオンを知っているはずの誹謗作家モランドもデオンを女と確信したのだ。
シュヴァリエ・デオンの回想録 フレデリック・ガイヤルデ
あれほど抜け目なく、あれほど経験豊かな3人の男どもが、どうしてかつての竜騎兵を娘と見なしたのか?
それほどこっけい味あふれる18世紀の歴史が、我々に提供してくれる最も驚くべき韜晦趣味のひとつなのだ。
「私、本当はフランスの関係に大事な機密書類を持っているの」
デオンはボーマルシェへウインクした。
「それは素晴らしい! ああ、今まで大変だったでしょう。ではマドモアゼル・デオンの帰国への手配を尽くしましょう」
ボーマルシェは国に書簡を送った。
多くの迫害を受けたこの人間が、すべてを許される女性であると思えば、心はしみ入るような同情の念に揺れ動かされます。陛下、この驚くべき人物を言葉たくみに、甘言を持って寵絡するならば、12年及ぶ逆境のため、気持ちもすさんでしまったとはいえ、再び支配下に置くことができましょう。
デオンはパリへ慌ただしく戻るボーマルシェを見送って笑った。
「あのお人好し野郎は、ヴェルサイユに稲妻のように向かった。忠実なモランドが世話した娼婦どもから、ぼられにぼられ、性病を移されて出発しやがった」
10月にボーマルシェがデオン邸へ着き、フランス帰国のための取り引き条件を示した。
「つまり女装しろと、何の問題もないわ」
デオンは条件をのんだ。
11月4日に妥協和解Transactionという長い契約が結ばれた。
我ら2人下記署名す。ピエール・オギュスタン・カロン・ド・ボーマルシェは、1775年8月25日付け、ヴェルサイユ発の、フランス国王私的命令を特別に依託される者。
件の命令はロンドンのシュヴァリエ・デオンに通達され、それがしにより確認されたその写しは、また本証書にそえられるものとする。
そしてシャルル=ジュヌヴィエーヴ=ルイ=オーギュスト=アンドレ=ティモテ=デオン・ド・ボーモン嬢は、これまでシュヴァリエ・デオンの名で知られた熟女、侍臣、元竜騎兵連隊隊長。我ら2人、以下のことに合意し、ここに署名する。
第4条 それがしことカロン・ド・ボーマルシェは、国王陛下の名において今日までシュヴァリエ・デオンを装って、本来の娘を隠してきた仮装を、完全に取り止めることを要求する。それがしは国王の名においてシュヴァリエ・デオンの亡霊が完全に消え去り、フランス到着前に、シャルル=ジュヌヴィエーヴ・デオン・ド・ボーモンが己の正真正銘の性について、公式に一切の疑惑なしの声明をなし、再び娘の服装に立ち戻り、彼に関する一般大衆の見解を永久に固定させることを断固として要求する。
一方私こと、今日までシュヴァリエ・デオンの名で知られた熟女にして当核の人物シャルル=ジュヌヴィエーヴ=ルイ=オーギュスト=アンドレ=ティモテ・デオン・ド・ボーモンは、国王の名において上記に課せられたあらゆる条件をのみ、ひたすら国王陛下に、敬意と服従の最大極まりない証を示す事とする。また、我が性を公に表明して我が身を一切の暖味さから解放し、死ぬまで、娘の衣装を身に付け、着続けることに同意する。
デオンはボーマルシェとの交渉期間中に恋人のふりをして振る舞っていた。
カロン宛の手紙には「あなたのかわいい女竜騎兵より」と書き、相手は「我が親愛なる女騎士へ」と返信した。
ボーマルシェからは多くの贈り物が届いた。2人の親密さはゴシップ屋の餌食になって、結婚の噂が捏造され、ロンドンからパリへ流布された!
しかし金銭問題が絡むと2人は容赦ない敵同士となり、約束を守らないボーマルシェを「この悪党が!」とデオンが罵れば、相手は「口やかましいオールド・ミス」と怒鳴り返すのだ。
交渉がもつれたままボーマルシェが帰国した。
1775年秋にはデオンが3ヶ月に及ぶ高熱に苦しんだ。
12月5日にはブロリー伯爵宛に書簡を送った。
伯爵殿、今こそこれまでの疑惑から覚醒させていただくときです。戦場と政界においてあなたが会われた竜騎兵連隊隊長ならびに副官は、もっぱら男の姿をしていました。だが、実は私は一介の娘でしかありません。もし国家の政策やあなたの敵どもが、私をして数ある娘のなかで最も不幸な娘としなかったならば、私は死ぬまで娘として自分の役割を保ち続けていたことでしょうに……。
そして疲れ果てたデオンは1777年1月1日に無条件で帰国したいとヴェルジェンヌ伯爵に通告したのだった。




