マリー・ゾフィー妃
第10章 ライヒシュタット公爵
1824年11月4日、フランツ帝の2番目の息子、フランツ・カールとバイエルン王国の皇女ゾフィーが結婚した。
大変な美人のゾフィーにはウィーン市民が歓喜で迎えた。
結婚祝いの宮廷舞踏会が開かれ、少しふくよかなゾフィーの他にライヒシュタット公爵も人々の注目を浴びた。
13歳の少年公爵でも高身長で気品あふれる美男子であった。青いフロックコートの少年は貴婦人、プリンセスたちから声がかかり、優雅なダンス姿に皆は魅了されていた。
「もう潮時だな」
ライヒシュタット公に完敗したデオンは舞踏はやめようと感じたところ、19歳のゾフィーに「少し踊ってみない?」と誘われた。
大柄の女性だが、軽く踊ってみるとステップが合っていい感じに決まった。
「あなたのおかげで体がほぐれたわ。じゃぁ」
ゾフィーはライヒシュタット公にも声をかけた。
デオンは隅にいるメッテルニヒに寄った。
「私は宮廷舞踏は引退だ。身長と爵位もライヒシュタットには敵わない」
公爵はゾフィーよりも大きいのだから、デオンと差があり過ぎて嫌になった。
「私はリア嬢でまだ踊って欲しいのですけどね」
「あんたの会場とかなら、リアで出てやる。公爵は大物になれるか?」
デオンは横目で尋ねた。
「もちろん。でも親ナポレオン派の者に狙われたら厄介でありますね。ブルボン王家も黙ってはいないでしょう」
メッテルニヒは微笑みながらも表情を険しくした。
ナポレオンの息子はナポレオン信者と反ナポレオンのブルボン王家もひきつけてならない存在であった。
順番がきたライヒシュタット公はゾフィー妃と踊ると貴顕らはダンスをやめ、2人の舞踏を凝視した。
「すげー、社交界の英雄じゃん! 完全にデオンの負けだー」
デオン頭上のサラマンダーマシロが跳ねた。
「確かに95歳の私には公爵の若さがまぶしすぎる」
「その見た目で95歳は無理があり過ぎます……。あなたはウィーン会議からかなり経つのに容貌が変わっておりません」
中高年のメッテルニヒは苦笑した。
「マシロの国で調べたら、私は不老不死だそうだ。不老なのは合っているがな。何だったら、エルトリアの妖精騎士として皆に説明してくれ」
「というと向こうで妖精さんと結婚したのですか?」
「婚約状態なのは認める。私を女装させて楽しむ策士な女さ」
デオンは目を閉じると、ルカとのぬくもりが思い出されて少し赤面した。
「それはおめでとうございます。あの様子だとライヒシュタット公は社交界の寵児になりそうですね」
ライヒシュタット公爵は多くの貴族から家に招かれたり、遠足や劇場に誘われるほど人気者となっていた。
「いいか、メッテルニヒ宰相の舞踏会には行っては行けないぞ。他はどこでもいいよ」
フランツ帝は冬の夜の舞踏会行きを認めた。
ライヒシュタット公爵は上級貴族と政府系の舞踏会へ毎晩出かけて行った。そこでマリー・ゾフィー妃に会い共に踊り明かした。
メッテルニヒ主催の舞踏会でリアは白いドレスで出たものの、気のりがしなかった。
「やっぱ、引退するわ」
リアはメッテルニヒに宣言した。
「急にどうしたのです?」
「やっぱ、これからはゾフィーとライヒシュタットの時代だわ。時代の流れには勝てん! 私のような武闘派には輝けない世界なのさ」
シカ鳥の大軍が王宮に出ればいいものの、渡り鳥ではないのであてにならない。
「マシロはライヒシュタットにつきまとったほうが楽しそうだ」
頭上のマシロにデオンは従って、王宮内をうろついた。
サロン室で特にゾフィー妃の夫婦中の噂が飛び交っていた。
「ゾフィー妃はフランツ・カール公爵と仲が良くないそうだ」
「つまらない夫と周りに吹聴していたな」
「ライヒシュタット公に熱い視線を注いでいるのもわかるよ」
よく晴れたある日、王宮中庭にデオンはゾフィーと会った。類い稀なる美女の公女とは、ダンス時はまともに会話していなかった。
「あら、妖精の騎士さん」
「フランツ坊やと仲良さそうだな」
「公爵はつまらないあの人と違って会話が楽しいし、礼儀も素晴らしいのよ。あなた、緑のコートなんて妖精みたいね」
「なるほど。そりゃあ、大モテだ」
行儀がよい知性者と高身長じゃ、張り合うのが無理だとデオンは諦めた。
1825年になるとゾフィーはオペラや芝居にライヒシュタット公を誘い、2人だけの様を周囲に見せつけていた。
劇場に来ていた一般客はオペラグラスで王家コンドートメント座席の二人を覗き込んでいた。
9月にカロリーネ・アウグスタ皇妃がエルトリア女王戴冠式に出るため、ライヒシュタット公爵とマシロを頭上に乗せたデオンはウィーン東のポジョニ(プレスブルク)へお供した。
フランツ帝とカロリーネはエルトリアの貴族にかわいがっているフランツ少年を紹介して廻った。
「きれいな貴公子だね」
「礼儀正しくていい子だ」
カロリーネは白銀のリヨン生地の礼装と王冠をかぶり続けていた。礼装は金色の花の刺繍と真珠と宝石か散りばめられている。
フランツ帝はマントと礼装、十字架が斜めにさしてある金の王冠をしていた。
「あれはイシュトヴァーン王冠だろう?」
「違うぜぃ。イヴァン王冠だ。マシロの父のだぜぃ」
「ハンガリーの英雄が見事にいない世界だな」
デオンは笑うしかなかった。
「わぁ、竜が飛んでいる」
ライヒシュタット公爵は天空を見上げて驚いた。快晴の空に赤竜が舞っていた。
「気が利く竜じやないか」
城の屋根に居座ってブダ周辺を飛び回るだけの赤竜が、皆に細長く繊細な姿を披露していた。
式の最中に万歳の声がすべての道に響いていた。




