ナポレオンの死
9月中旬にはデオンらはウィーンに戻り、ルイーゼと別れたフランツ少年は泣いていた。
冬の舞踏会となれば、ライヒシュタット公爵もダンスに興じた。宮廷主催ではデオンとして、メッテルニヒ主催などではリアとして参加した。
1821年5月23日にメッテルニヒは宰相に任命された。
「メッたん、偉くなったんだ。じゃ、スイーツ代もちょーだい」
デオンは構わず金を無心した。
「早く公爵の夏休みがくればいいですね」
「私は妖精たちにこき使われる前に、サボるのだ!」
デオンは小銭を握りしめて王宮を出た。
7月13日以降、10歳のフランツは5月5日にナポレオンの病死を知らされて大声で泣き出した。
机に伏していつまでも泣き続けている。
フォレスチ先生は困り果て、サラマンダーマシロとデオンに「どうかなぐさめてください」と頼み込んだ。
マシロは少年の背中へ飛び移り、短い脚でさすった。
「私も母親が急に亡くなれば泣き伏せるだろうな。今のうちにたくさん泣け。そのうち疲れて眠くなるさ」
デオンは背中を軽くさすった。
長く泣き崩れていたライヒシュタット公は、急に窓辺に立ちすくんでいた。
デオンは青空を見つめる少年に、声をかけられずにいた。
7月24日にマリア・ルイーゼは息子に手紙を出した。
私の愛する息子よ! 私たち2人に関する悲しい出来事に、あなたが非常に悲しんでいたことを聞いて、私はこうやってあなたに手紙を書き、話をするのを本当に心のなぐさめを感じております。私と同じように、あなたが嘆き悲しんだことを、私もそうだと確信しています。
お父様があなたを子供として迎え入れた、その善意に満ちた気持ちをお父様のよい点は真似をし、失敗した大きな岩は避けて通るように、努力しなければなりません。
喜んだフランツ少年は手紙を先生たちやデオンとマシロにも見せた。
ディートリヒシュタイン先生が「なんて素晴らしい手紙なんでしょう」と絶賛していた。
他の先生も感激していた。
「まぁ、ナポちゃんは勇敢な砲兵でそこはいいとして、相手の国を攻め過ぎたところは、真似しちゃいかん!」
デオンは得意げになっている少年に喝を入れた。
「はい!」
少年は元気に答えた。
1823年初夏、12歳のフランツは背が高く美形だが、母親の帰りを待っている甘えん坊であった。
6月6日にルイーゼはウィーンに帰って来た。
親子はいつものペルセンボイクとラクセンブルクの皇帝の館など訪れた。
マシロたちはエルトリアへ里帰りした。
「デオン! お帰り」
ルカは抱きつきさっそくデオンは妖精の国で収穫の手伝いに付き合わされた。
空で連想してもレモンの香りがするわけではないが、どことなくミルクの匂いがした。
麦とコーヒー豆は普通だが、極彩色と金色の葉の木々もあった。
労働者と監督のトロールの眼差しが相変わらずデオンに厳しく向いていた。
「私、彼らにさらわれたりしないよな?」
「ちゃんと私が守るから大丈夫よ」
小麦と乾燥コーヒー豆を荷車に詰め込み、農園のバーベキュー場のテーブルでコーヒーをいただいた。
「やっと落ち着ける……」
おかみさん風のトロールが黒パンを持って来た。
「ルカちゃん、お婿さん出来て良かったねぇ」
「デオン働きものだから最高の人間よ」
デオンは彼女たちの話を合わせればここは安泰に過ごせると悟った。独りで放り込まれたら戻る自信がない。
「そうだ、デオン。私たちが、きれいな理由をご存じ?」
すっとんきょうな声と質問でデオンは沈黙した。
「エルトリアのハルダーフォルクはしないけど、ノーマルエルフは人間を魅力させて奴隷にしてここで死ぬまで働かせるのよ。トロールたちも下人にデオンが欲しいそうね。あなた頑丈そうだし」
はるか昔々、下働きの人間を漁るために森に迷い込んだ者を次々とさらったノーマルエルフの集落があって、それをマシロが炎で焼き尽くして村人を救ったと、ルカも話してくれた。
「だからここを農地にできたのか。遠くの山々には何かいるのかい?」
「巨人の村と赤竜の仲間がいるよ」
「これは登山には、向かないな」
デオンは苦笑いした。




