求婚
1818年初夏には皇帝夫婦はドナウ川ほとりのメルクの修道院近くのペルセンボイク城へ静養しに行っていた。
川の両側に緑のブドウ畑が広がり、黄色と白の華麗な修道院近くに、赤茶色屋根の城があった。
質素な城で皇帝とルイーゼと7歳のフランツが、再開を喜びあった。
フランツ児が夏休みの間、サラマンダーマシロとデオンはエルトリアへ帰っていた。
「お帰り、デオン!」
ルカが泣きながら出迎え、デオンに抱きついた。
胸に顔を沈められたデオンは困惑した。
カフェの出勤日には淡い緑で落ち着いたデザインの装いをルカからもらった。
袖はだぶついているが、スカート部分は清楚でケバケバしさがなかった。
「こういうのでいいんだよ」
エルフたちがほうけている間、デオンはカフェの隅で着替えた。
「似合うよ!」
キリルは抱きつき、「やっぱりリアかわいい!」と尾を振り続けていたルカは頬ずり、カムナギはキスを交わした。
笑みを浮かべたユーリはカウンターへ戻ってコーヒー豆の焙煎を始めた。カムナギとルカがカウンター奥の調理室に入った。
キリルはリアに口づけしてから、カウンターへ赴きコーヒー豆を砕いた。マシロは細かく砕いてもらったコーヒーでトルココーヒーをイブリックで温めた。
「あれ、リアちゃん帰ってきたのかい」
客の口コミで店内に客が増え出した。
「リアちゃん、どこ行っていたんだ?」
「ちょっと、出稼ぎでウィーン王宮の宮使いしていたの」
「すごいなぁ! リアちゃん働き者だなぁ」
リアは内心あせった。
(言えない。検閲サボってから、カフェでダベっているなんて、言えない)
休日はデオンはブラウス姿でマシロの子供たちとフェンシング勝負を重ね、昼食後にオリーブ木々のあるブダ王宮中庭へ散歩した。
草色で耳が垂れていて鼻も垂れた生き物3頭を眺めた。
毛がもっさりしていて、互いに尻がくっついた2対の生き物でピィと鳴くことから2ピィという。
「あの、デオンさん」
ルカが赤らめた顔でおとなしい様子に奇妙に感じた。尾がしおらしく振りが少ない。
「あのね、デオンさん。私と結婚してください!」
「ファッ? 君は結婚相手に女装させたのか?」
妖精の考えることは全く解らない!
「そのぅ、きれいなデオンさん着飾りたかったから。てへ」
ルカがいたずらな笑みを返した。
「おーう、いい話じゃねぇか。よし、ルカはくれてやる!」
白狼頭上のサラマンダーマシロが茶化した。
「マシロ、普通父親ならテメーに娘をやれるかで怒るところだろう」
「いや、充分にやれるぞ。デオンはエルトリアの王族一員になれるんだぞ。何、断る気になってんだ」
トカゲは極端に短い脚を動かしていた。
「いや、あんた王様じゃないから。それにハプスブルク家の勢力が優勢だから」
「ガーン!」
さすがのマシロも大口を開けたまま固まっていた。
「じゃ、私のことキライなの?」
ルカは泣き出しそうな震え声で聞いた。
「そういうことじゃない。私には結婚はまだ早い! 時期がきたら決める! きっと」
デオンは叫んだ。エルトリアにいる以上、逃げられない問題だからいずれ考えると結論づけた。
「じゃあ、忘れてないでよ」
ルカはデオンを抱擁し続けた。
夜にはデオンは喜び勇んでルカの部屋にあるラテン語の古い本を読み漁った。
15世紀のエルトリア王、マーチャーシュ王の蔵書であるコルヴィナ文庫の何冊かがルカの部屋にもあったのだ。
銀の縁飾りが当時としては貴重なもので、美しく彩色された手稿本で、ギリシャ語で記した本もあった。
詩、戯曲、哲学、医学に数学と教養人のデオンには夢の蔵書である!
「でも母さんの方がもっとたくさん持ってたよ。後で頼んでみるね」
「お願いします!」
デオンはルカの両手を握った。
さらにたくさんの貴重な書に触れられることに興奮して「やった! 名高いコルヴィナ文庫がいっぱい読める!」ルカの腕を掲げて彼女に抱きついた。
(この人って本のことになると大胆になるのね)
デオンがすぐに寝入ってベッドに楽々運べたが、彼の服を脱がす無粋なことはルカはしなかった。
同意なしの行為では彼女の矜持が許さなかった。
翌晩はヴィクトリーアの部屋にデオンは訪れた。
「ようこそ。あなたの望み通り本は読み放題ですわ」
金髪の王妃はデオンと同じ緑の瞳であった。
「それでは遠慮なく読ませてもらいます」
しかし本を取るとギリシャ語であった。
「困った。ギリシャ語も忘れてしまった……」
「私、昔は魔術の師匠とギリシャへ住んでいたの。ギリシャ語ならいくらでも教えてますわ」
「では、お願いします!」
デオンはひざまずいた、連日、ギリシャ語講座を受け、デオンは眠くなるとヴィクトリーアのベッドで眠っていた。
ギリシャ語をものにすると王妃の文庫を読破し、大量のラテン語も読み解いて、デオンは幸せな読書時間を過ごしてきた。
次の休日は王宮の近衛隊80人とデオンはフェンシング訓練をするはめになった。
「近衛隊の40人の子供たちとお前は会っていないから、ここで特訓だぜぃ」
トカゲの子供たちは皆赤毛だが、母親似とマシロ似に分かれていた。デオンは連続80人と手合わせして全勝したが、ふらついて床に座り込んだ。
「今後、訓練は各自でしてください……」
デオンは膝に顔を付けて休んでいると、クーシーがグラス1杯の赤ワインを持って来た。
「ちょっとした栄養剤よ」
「確かにワインは生き返る」
デオンは一気に飲むと味がしなかった。
「これあなたの薬か?」
「だから栄養剤よん」
微笑んだクーシーは尾をゆっくり揺らしながらフェンシング場を出た。
デオンも部屋で休もうと立ち上がった。
8月の終わりごろ、マシロとデオンはウィーン王宮へ戻った。
1817年には王宮前の城壁と城壁上に木を植えて市民に散歩道として開放した。
市内の多くの上層市民は、300メートルの緑の斜提先の城外区の建物を見下ろし、向こう側のウィーン森と山々が眺められた。
9月にフランツ少年の夏休みが終わると、マシロたちは授業の合間に話し相手ができた。
「お母さんはまだ、かえってこないかなぁ」
少年は手紙を読んでため息をついていた。
ある日、先生と小フランツとサラマンダーマシロとデオンはウィーン南方のラクセンブルクの広大な野原と森へ出かけた。
「わーい、肉がたらふく食えるぞ」
白狼頭上のマシロは跳ねて喜んだ。
狩猟犬たちは白狼に怯えたものの、少年のラッパで狩りに目覚めた。デオンは木陰で読書をしていた。
しばらくすると木が揺れだし、デオンは脇を見るとイノシシがいた。
イノシシは走り回った後でデオンに向いた。
デオンは立ち上がり帯剣を抜いた。突っ込んだイノシシの鼻先へ斬りつけ、怯んだ時にとどめを刺した。
少年旅団は野ウサギ、キジ、ウズラばかりだった。
「だらしないなぁ、私なぞイノシシ倒したばかりだぞ」
「これは料理しがいがあります」
連れていた料理人たちはイノシシに興奮していた。
「おめぇもたまには役に立つな」
「あんたの子供にフェンシングしごいたんだから、これは自慢してくれよ」
「おねえさんすごいなぁ」
「君も剣技を鍛えて強くなりたまえ」
デオンが得意がっている間、大物と小物がバーベキューになってデオンもマシロも焼き肉に酔いしれた。




