カプツィーナ霊廟
1815年11月。翌日も朝風呂でデオンの髪をルカが洗い浴槽で右隣にルカが寄り添った。
カフェ開店前には化粧までしてもらった。
「次はもっとかわいい服作ろうかしら。ブラウスもたくさん用意して」
「普通の普段着でいいよ」
「だってぇ、色々着せたいの。そうだ、マリー・アントワネットのピンクのフリフリ衣装もいいねぇ」
ルカの尾が激しく揺れている。
「それは……」
リアは一瞬、着てみたい気になっていた。
「僕もバラの衣装とか見てみたいです」
笑顔のユーリがコーヒー豆の粉砕の手を休めた。
「ピンクの派手な衣装のリアさんと仕事したいなぁ」
キリルもにこやかになって焙煎作業を休んだ。
「お前ら豆の手を休めるな!」
マシロが一喝した。
余暇と休日は王宮のフェンシング場でデオンは身長差も苦にならずマシロの子供たちと勝負してすべて勝ち取った。
「こんな小さな人に負けるなんて、デオンさん強いなぁ」
キリルはデオンの頭をなでた。
「小さいは余計だ!」
「父さん良く見つけてくれたね。デオンさんは教会の人だったのですか?」
尾を振り続けていたユーリが尋ねた。
「それはこの身体の人だ。私は取り憑いただけだから悪霊みたいなものだよ」
我ながらいい例えだとデオンは微笑んだ。
「デオンさん私のお手伝いしてくれるからいい人よ」
ルカがデオンの腕をつかんで揺らした。
妖精の国だとトロールに妙な眼差しで見られるから嫌だが、変わった世界を見聞できるのは興味深い。
「私のお菓子褒めてくれるからデオンさん好きよ」
カムナギはクグロフをおやつとして持って来た。
「フランツ帝はケチだからたらふくくれないし、カムナギのおやつタイムは助かる!」
ウィーン会議後に倹約を迫られたオーストリア宮廷はかつての贅沢ができなかった。
サロン室で皆で菓子を食し、デオンは得意がって外交官時代の話を披露した。
「やっぱり女装が大正義!」
ルカの好奇心をたぎらせてしまった。
クーシーによる夜のラテン語講座のおかげでデオンは本が完全に読めるようになった。
眠くなるとクーシーにベッドまで運ばれて子供のように添い寝されていた。
第9章 ちびナポレオン 小フランツ
1816年3月7日にルイーゼはパルマへ旅立った。
4月にはフランツ帝の旅行でルドヴィッカは実家のモデナ公家を訪れていたが、結核のため4月7日に亡くなった。
29歳であった。
4月中頃、マシロとデオンはウィーンのホーフブルク王宮に戻ってきたが、葬儀があるから近くのカプツィーナ納骨堂へ行くように促された。
地味な教会の地下にハプスブルク家の棺と心臓が入ったツボなどが安置されている。
暗がりの中、デオンはサラマンダーマシロの明かりで質素な棺から、華美なロココ様式や死神のようなガイコツと天使などの装飾付きの棺を見つけた。
デオンとサラマンダーマシロは葬列を避けて、天使に取り憑かれた難破船のような棺を眺めた。
「この天使の集団といい、棺のセンスがどこか狂っている……」
デオンはつぶやき、マシロはうなずいた。
さらにマリア・テレジアとフランツ・シュテファンの特別な棺はとびっきり大きいのだ。
棺の上では互いに見つめ合う夫婦の像と見守る天使像、周囲のゴテゴテした彫像も派手だった。
「大砲まであるぅ。女帝すごい!」
デオンははしゃいだ。
「相変わらずデカイぜぃ」
夫婦の巨大棺のそばで地味な色、形の棺があった。十字架が目につくだけでデオンは墓碑銘を読んだ。
「よき意志を持ちながら、何事も果たさざる人。ヨーゼフ2世。ところであっちは誰の葬儀だろう」
デオンらは一団に寄るとルドヴィッカがイタリアで亡くなったことを知った。
「結核だったのか。なのにウィーン会議で行事と舞踏会など、身体が持たないよな」
デオンはマシロを持ったまま、別の棺を見に行くと子供が入る大きさの棺がいくつもあった。
「ガキも色々死んでるからな」
マシロはヨーゼフ2世の弟カールが天然痘で16歳で早世した話をした。
「たとえ皇族でも、病気で死ぬのは皆と一緒ってことか」
身体の丈夫さが取り柄のデオンには無縁の場所だが、死者を見舞う機会は無いとはいえない。
ハプスブルク一族の棺観察が思いの他愉快に感じたデオンであった。




