足音
離宮の冬は長い。雪に閉ざされるということはないが、王都より半月は春が遅い。周囲を木々に囲まれているため、薪の材料に困ることがないのが幸いである。
曇った窓を手で拭って、ウィリアム王子は憂鬱そうに外を眺めた。第二王子が突然やって来てから、毎日この調子である。
周囲の人間の心配をよそに、王子は心の裡を漏らすことはなかった。リリアナにすら、である。
「王都は、もう春が近いのでしょうか」
誰に漏らすともなく告げた言葉に、侍女長が応える。
「もう10日もすれば、最初の春風がふく頃合いでございましょう」
「春になれば、マーガレット王女殿下が、婚前儀式のためにトリステス連合国に向かわれるそうです。先日、ここに来た折にアルバート殿下が教えてくださいました。ご自身は、夏までにエルスルート大公国に、エドワード殿下は秋にはシジュフォス騎士領に遊学のため、出発なされるそうです」
窓の外を見遣ったまま、ウィリアムは呟くように告げる。ウィリアムには、兄が二人、姉が一人いる。長兄エドワード、姉のマーガレット、次兄アルバートの三人である。最近、突然やって来たアルバートを除いて、ウィリアムとは面識がない。噂によると、ウィリアムも含めた四人ともが全員よく似た面立ちをしているらしい。
「その、ご遊学というのは、何ヵ月ほどなさりますの?」
リリアナが訊くと、ウィリアムは淀みなく答えてくれる。
「ここ二百年ほど、王家の男子は遊学することになっているのですよ。確か期間も2年間で、私の知る限りは例外はないようですが、今回がどうなのかは聞いていません。ただ……」
今回の遊学が、いずれも伝統に則って2年間ならば、この国の王子王女は、今年中にウィリアムを残して全員が国外に出ることになる。国内に残る王族は、国王、王妃、王弟、ウィリアムの四人だけだ。
ウィリアムは、側仕えの騎士に声をかけた。
「ブランドン、私は詳しくないのだけれど、こんな風に一時に全員を国外に出すなんてこと、あるのでしょうか」
「それは珍しいでしょうが、殿下、ご自身のことをお忘れでは? 陛下も王妃殿下もいらっしゃいますし、王弟殿下もご健在です。何ら問題はないかと存じますが」
宥めるような騎士の言葉に、そういうことが聞きたかったわけではないと言って、ウィリアムは子供らしからぬ笑みを見せた。
「この国のほとんどの人にとって、私は、いないも同然の存在ですよ。それに」
言葉を切る。表情が消えた。
「王妃さまは、健在ではありません。二月ほど前から床につかれて、医師の見立てではもう長くないとも言われています。アルバート殿下を通じて、ご伝言をいただいているのです。
妾が儚くなれども、王宮には、けして近づく事ならぬ。代替わりし、新たな王が起つまでは、離宮から一歩たりとも出ることのなきように、と。
……あの方は、何を見ていらっしゃるのでしょうね。何が、近づいているというのでしょうか」




