勇者とは何であるか
「そういえばさ、勇者が召喚されちゃったらしいよ」
魔術師が、もののついでのように言ったので、はじめリリアナは、ちょっと変わった冗談かと思った。けれど、ウィリアム王子が真っ当に応じたため、驚いて目をぱちくりとさせた。
「あぁ、例の伝統行事ですか。迷惑極まりないですね」
「伝統行事……ですの?」
「百年に一度のね。異世界から人を喚ぶんだよ。勇者だってことになっているけど、実際、どういう条件づけをしているのかは分からないんだ」
勇者を異世界から喚ぶだなんて、物語のようだとリリアナは思ったが、そういえば彼女自身も異世界からの転生者なのであった。
「迷惑というのは何ですの?」
「ありがたいことに、勇者さまは、我らがアガルタ王を魔王として討伐にいらっしゃるそうだ」
「……なんでまた」
そんなことになっているのか。思わず零れた言葉に、アドリアンがため息混じりに言う。呆れているというか、とても面倒くさそうな様子だ。このことで、何か余分な仕事が発生しているのだろう。
「神に嘉された王なんて、実態としてはアガルタ王しか残っていないからな。目障りなんだろうさ。邪神が選んだ王ということにしたいんだろう。そのために宗教まで作っている」
どうやら、この世界には神殿以外の宗教団体があったようである。リリアナには初耳である。
「神殿以外に宗教があるんですの?」
「リリアナにとっては奇異に見えるかもしれませんが、数百年前から新興宗教がいくつかあるのですよ」
「新興宗教」
数百年も経っていたら、既に新興でも何でもないのではないかとリリアナは思う。恩寵とやらのせいで、この王子は時々、時間の感覚がおかしい。
「王妃様は、勇者の襲撃で何事か起こると考えていらっしゃるかもしれませんね。偶然の一致というには、あまりにもタイミングが良すぎる。ただ……だとすると、あのお方は一体、いつから何を見ていらっしゃったのでしょうか。まさか……わたしがこの離宮にいることすら関係あるなどということは」
何かの可能性に思い到ったという様子で、ウィリアムは押し黙ってしまった。リリアナは、ふと感じた疑問を誰へともなく口にする。
「王妃様は、王家以外からいらしたのでしょう? 王家に対する恩寵が顕れることがあるのかしら」
「ありますよ。王家に入る儀式をしないと王妃になれないのですが、それを経て以降、神の恩寵が顕れることは非常によくあります。ただ、私のような形で顕れる方が珍しいようですから、身体の頑健さや頭脳の明晰さとなって顕れた場合、ほとんど知られることはないでしょうね。過去には、恩寵で得た予知の力に耐えかねて出産後に王家を出る儀式を行った王妃もいますし」
「予知ですって?」
「ええ、非常に珍しいですが、わずかに例があります。疑われる例も」
「どういうことですの?」
「予知というのは、非常に扱いが難しい力です。予知の結果をだれかに話すことで未来が変わってしまい、まったく逆の結果を引き起こすことがあるのです。実現しなかった予知は、妄言と見分けが付かないのですよ」
アドリアンが、その場の誰もが考えた疑問を呈した。恐ろしくて考えたくない可能性を。
「王妃殿下が、予知により知り得た情報に基づき、今後訪れるだろう悲劇を回避するために、おひとりで対処された可能性は?」
「……ないとは、言えないでしょう」
絞り出すように王子が言った。だとしたら、それはいつからのことなのか。彼(ウィリアム王子)が生まれる前からか。誰にも相談することなく?
「もし、おひとりで全てを決めてしまわれたのだとしたら」
リリアナは言った。
「ひどいお方ですわ。そんなやり方では、誰も助けて差し上げられないではないですか。確実な方法かもしれませんけれど、それでは、あまりにも独りよがりで」
言いながら、その言葉が我が身に返ってきて彼女は口ごもった。死を選んでここにいるリリアナの所業が、兄に対して独りよがりであることは端からわかっていた。相談して、それでも死なないでほしいと言われれば、彼女は従っただろう。ただ、それで徒に命だけ長らえてしまえば、兄の人生を食いつぶしてしまうであろうことは明らかだった。だから、彼女は早めに死なねばならなかったし、選んでそうしたのだ。
「お助けすることは、できないのでしょうか」
王子の言葉に、魔術師は顔を顰めた。不本意そのものという様子だ。
「病気に関しては、手助けできることはないだろうな。それ以外に関して何かできたとしても、王妃殿下をお救いすることにはならないんじゃないか。むろん、勇者対策は充分すぎるほどにやるけどね」
そうなのであった。王妃様を救うには、病気から救わなければどうにもならず、しかも当然ながらできうる限りの手は王宮により尽くされているのであった。




