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アドリアン・ターナーの魔術講義[3]


 アドリアンの講義は、意外にも流れるように滑らかだ。

「さっき、マナと瘴気には、一定割合を超えると相手を自分に転化させる性質があると言ったんだけど、これを転化傾向と呼んでいる。この速度は大して早くない」

 黒板の表示を手のひと振りで消して、転化傾向(ターン・テンデンシー)と書いた。この板書も、恐らくは魔術師ならではの鮮やかな手技なのだろう。少なくとも、こんな風にぱぱっと消えるのをリリアナは見たことがない。他の講師は、丁寧になぞって消していたように思う。

「ただし、割合が7.5を超えると、この速度が劇的に早まることが確認されている。反転現象(リバース・フェノメノン)と呼ばれるが、これは、この現象が現れている際に術者死亡や大規模魔術の破損等を切っ掛けとして割合が容易に反転することからこう呼ばれるんだ。実は、この現象を利用して瘴気濃度を下げる試みが何度か行われたことがあるんだが、成功例はない。濃度割合が不安定になっているせいだな。いずれも瘴気濃度が9割で安定して、定住可能区域に戻るまで10年以上かかっている。一度上がりきった瘴気濃度は、容易には回復しないんだよ」

「聖女様でも、難しいのですか」

 王子の質問に魔術師は、あぁと気の抜けたような声を出した。浄化を得意とするとされている聖女に期待するのは当然の話に思えるが、ことはそう簡単にいかないようである。

「聖女は、覿面(てきめん)に瘴気に弱いんだ。瘴気濃度が9割越えるようなところに放り込んだら死ぬかもしれないな。その代わり、マナの濃度割合が高くても影響はほとんど受けないんだが」

 そう言って、定住不可能なほど瘴気濃度が高い場所の一般的な浄化の方法について説明を始めた。いわく、まずは離れた場所に小規模な神殿を設置し、その内部を浄化するのだそうだ。

「で、マナの増幅装置を置くわけだな。まぁ、ただ内側を銀メッキしただけの箱なんだけど」

 アドリアンは、黒板をさっと消すと、図を描き始めた。四角の中にくるりと渦を巻く矢印。この矢印の示す流れは、右上から入って、左下から出ていくようだ。

「マナも瘴気も閉じた空間に入れて循環させると増える性質がある。密閉空間である必要はない、というか、密閉すると爆発の危険があるんで、何となく閉じていればいいんだけど、生物の体内もしくは鉱物の入れ物が飛び抜けて効率がいい。穴が2つ空いた内側が金属の箱を用意して、こんな感じでマナがぐるぐる回るように外から操作してやるのが安全で効果が高いんだな。魔術師や浄化の術を行う神官の体内でも似たようなことは起こってるんだが、容量の問題と、あと巧くやらないと体内に魔石ができて危ないことがあるんで、技術的に簡素な方法をとるのが一般的だ」

 ここで、言葉を止めて、姿勢だけは良いが、話の内容はボンヤリと聞いていたマリヤの顔をのぞきこむ。

「こぉら、聞いてんのか暴力侍女。お前のことだぞ。声明の時にお前の体内で、これに似たことが起こってる」

「え」

 リリアナの見たところ、台詞以上に至近距離から視線を合わせられたことに動揺して固まっているマリヤに、ふわっと笑う。アドリアンの方は、マリヤの動揺に気づいていないのか、あるいは気づいていても意に介していないのか普通の調子のままだ。

「魔術師は、体内でマナを循環させて魔力を精製する。基礎訓練で、これを徹底的にやるんだ。魔力は体内に溜め込まずに身に付けた素体ーーある種の鉱石や、空の魔導石でもいいーーまぁ、こういうのだな」

 じゃらじゃらと腰に提げた鎖を取り出す。宝石のように透き通ったキューブ型のものが大量にくっついている。色とりどりで、ぼんやりと光っているものもあり、装飾過剰なストラップのようだ。

「これに魔力を溜めるように訓練するんだ。体内で魔力を溜めてもいいのは骨くらいで、他の部位に溜め込むと、病気になったり、ひどい時には死ぬから」

 当面は、この間の道具で何とかなるけど、今度訓練だな。身振りで腕を示して、にっこり笑った。この間の道具というのは、先日渡していたバングルのことだろう。脅された格好になったマリヤは、神妙な顔つきで分かりましたと(うなづ)いている。

「今度、空き時間を教えるように。で、だ。土地の浄化の話だったか。そうして、マナを増やして神殿内が安定すれば、聖女を呼んでもいい。神殿から土地づたいに浄化をしていく。ーーマナと瘴気に関しては、こんなものかな」

 次は、魔術と自然法則についてだ。魔術師の宣言に、マリヤはうんざりした顔つきだ。アドリアンは苦笑して、必要な知識だからねと言った。

「万が一ってこともある。聞いておいて損はないよ」

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