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アドリアン・ターナーの魔術講義[2]

 これは、持論なんだが、と前置きして魔術師(アドリアン)は言った。

「魔術を習得するまえに、まずはマナと瘴気の話をしなければならない。一般に、瘴気は嫌悪され、神気とも呼ばれるマナは有り難がられている。瘴気をマナに転化する、いわゆる浄化という術は頻繁に実施され、周辺はマナに満ちていると思われているが、これは正しい認識とは言えない」

 彼は、計算に使う黒板を取り出した。リリアナが前世に見たことがあるものとは違い、黒大理石に似た艶のある石が装飾された木の枠の中に填まっている。大きさは、一抱えーーB4サイズほどだろうか。細長いクレヨンに似た透明の石で白い、まるでペイントマーカーで描いたような濃い線が描ける。指輪をした手でさっとなぞるときれいに消える。魔道具なのだという。

 そこの両端に1と9を書き、その下に9と1を、さらにちょっと考えて間に5を書いた。勿論、こちらの文字である。リリアナが思うに、ローマ数字みたいに見える。

「大気中のマナと瘴気は、割合で表すことができる。全体を10とすると、マナが1のとき瘴気は9となる。上がマナ、下が瘴気の割合だな。現実には、もっと細かい数値になるが、重要なことは、この場合、マナの最大値は10ではない、ということだ。どれだけ浄化を行ったとしても、瘴気はなくならないし、そこまでの必要もない」

 そう言って、1,9と縦に書いた下に発狂と横書きした。横に書くのは、こちらの言葉が横書きだから当然なのだが、リリアナには新鮮な感じがする。

「瘴気が濃すぎる場所に行くと病気になりやすいのはよく知られている。一月(ひとつき)程度滞在すると8割の確率で発狂するとされるが、同様にマナが濃すぎる場所に滞在すると9割の確率で自我の喪失、衰弱死、宗教死が発生する」

 9,1の下に自我の喪失と書くと、数字を埋めてそれぞれの下に単語を書いていく。すると、ある種の表のようなものが完成した。


1,9 発狂/激性薬草

2,8 凶暴化・疫病/農作物の枯死

3,7 抗争の頻発/不作傾向

4,6 治安の悪化

5  影響なし

6,4 治安の改善・疫病の減少

7,3 豊作傾向

8,2 気力の低下

9,1 自我の喪失/農作物の聖化


「これがマナと瘴気の割合ごとの長期的な影響だな。瘴気は悪いだけではない。主に人間の活力に影響する。これが活性化しすぎると、我欲が前に出すぎて争いごとが増える傾向にあるし、疲労しやすいということだな。活力が沈静化しすぎると、気力の低下が起きる。マナと瘴気の割合は、通常、完全に固定されることはなくて、お互いに影響しあって、常に変化している。マナも瘴気もよく似た性質を持っていて、割合が6割を超えるとマナは瘴気を僅かずつマナに転化させる。逆に瘴気はマナを瘴気に転化させる性質がある」

 ここで、彼は生徒たちの反応をうかがうように、視線を巡らせた。王子が質問する。

「アドリアン、少し聞きたいのですが」

「はい、殿下」

「マナの割合が高い場合の、自我の喪失というのは、どういう状態なんですか」

「生きた人形、というのが近いかな。意志がほぼなくて、与えられなければ食事も取ろうと考えない状態だね。世話をするものがなければ衰弱死、宗教上の理由から、わざわざ衰弱死の状況に自らを追い込んで恍惚のまま死亡するのが宗教死だ。神殿が認める、唯一の自殺方法だな。まぁ、宗教死を自殺と一緒にすると神殿には怒られるけどね」

 ここに導師どのがいなくて幸いだったな、と笑ったアドリアンは、冗談を言うような顔つきのまま言った。

「このマナと瘴気の性質にこそ、神の意志を感じなくもないけどね。瘴気濃度は、それなりの規模の町であれば、放っておけば常に上がり続けるし、紛争や略奪で一気に上がることも確認されている。これに反して、マナは放っておいても上がり続けることはないし、一気に濃度を上げる方法もない。紛争で穀倉地帯を奪ったとしても、不作を覚悟しなきゃならない。戦争の旨味も半減しようってものじゃないか」


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