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恩寵、あるいは長き呪い

 リリアナにとって、夜は長い。身体を持たない彼女には、眠りが訪れることはないからである。半実体とはいえ、身体性のある精霊達と違い、魂のみに近いありようを持つ彼女には、意識の途絶は致命的なのだ。

 ウィリアム王子の寝台に程近いテーブルには、リリアナの為だといって彼女のサイズのテーブルセットと寝台がある。どうやっても、身体の上に掛布を置くことが出来ないので、寝台については、使われたことはない。

 王子は、この数ヶ月程だろうか、声明を始める少し前あたりから、夜中に(うな)されることがある。触れることの出来ないリリアナには、何もしてやることができず、もどかしいばかりである。

 魔術師と話している時に倒れて以来、王子は同様に倒れることが多くなった。いずれも何かしら難しい発言をした後であり、医師にみせても悪いところはないと言うし、起きれば倒れたことなどなかったかのように平然としている。

 きっと、王子に何かが起こっているのだ。リリアナが暮らしていた世界では常識外になるようなことが。

 気配を感じて、寝台の殿下に目をやれば、彼は目が覚めたのか、ぽかりと目を開けて天蓋の彫刻をぼんやりと見ているようであった。

「リリアナ」

「……ウィリアムさま、どうかなさったんですの」

 突然、声をかけられたことに驚いて、やや間をおいて応えると、王子は目線を天蓋にあてたまま、小さく息をついた。

「リリアナ」

 呟くような小さな声に応えて傍に寄っていくと、確かめるように王子は何度か彼女の名を呼んだ。その目に姿を映せるように、目の前から顔を覗きこむと、震える声で、また、リリアナの名を呼んだ。

「リリアナ……リリアナ、僕は、怖いんだ」

「ウィリアムさま……?」

「6歳になってから、知識と……記憶が降りてくるんだ。昔の、アガルタ古王国の、王族の、記憶……」

 王子によると、その現象は王家の者にだけ起こるもので、神の恩寵と呼ばれるのだという。ある種の知識を得ることは知られているが、過去にそれを得た者の記憶までも受け継ぐのだとは、本人以外には知られていない。

「溺れそうになるんだ。記憶が多すぎて……僕がいなくなるんじゃないかって、そんな気がして」

「大丈夫ですわ。ウィリアムさまは、ウィリアムさまです。他の誰かになったりなんかしませんわ。わたくしが、傍にいるんですから」

 とくに根拠はなかったが、リリアナは自信満々で請け合って見せた。王子の不安定さを見るに、そういう態度の必要を感じたためである。

「リリアナ、僕は……一生、この離宮から出られないかもしれない。僕の母は、多分、こうなることを知っていたんだね。僕を王族から外したかったんだ。無理だと知っていても」

 やけに冷静な言葉だった。これは、ウィリアム王子自身の言葉だろうか? それとも……。そんなことは、本人にだって分からないのかもしれない。だから不安がるのだ。

「過去に、閉じ込められていた人が何人もいるんだよ。知識だけを利用しようとして、有り難がる振りをして、閉じ込めるんだ。神の恩寵、だなんて。国にとっては、そうかもしれないけど、本人にとっては……僕にとってはーーどうなんだろう」

 話しているうちに、外の世界を知らない自分に気づいたのか、途方に暮れたような声がこぼれた。

「ウィリアムさまがどうあろうとも、わたくしはお側にいますわ。貴き方からの思し召しですもの。ウィリアムさまが、わたくしを見ることはなくなっても、それは変わりませんわ」

 リリアナの言葉に、王子の答えはなかった。ややあって、ぽつんと「リリアナが見えなくなるのは、やだな」とだけ言った。妖精を見ることができるのは、子供と、一部の見る目のある者だけだと言われる。リリアナは姿を現してはいるが、見る目のない者には、はっきりとは見えないらしいのだ。

 見えない方が当然であるのに、リリアナも、いつしか王子の目に写らなくなる日が来るのは寂しく感じた。



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