強固すぎる結界
冬も半ばを過ぎたその日、離宮には今年初めての雪が降った。うっすらと白く染まった窓の外を見やって、ウィリアム殿下は言った。
「こうやって窓越しに見ると、雪ってきれいですね。去年は、外で遊んでいたのですが、そんな感じはしなかったですよ。遊びすぎて風邪を引くところでした」
リリアナが、今日は外に行かないのかと訊くと、子供らしからぬ答えがかえってきた。
「あとで剣の稽古をつけてもらいに外に出る予定ですが。雪遊びは、もういいですよ。リリアナとこうして話す時間のほうが、ずっと貴重です」
王子は、この半年あまりの間に言動がすっかり変わってしまった。『神の書』を学び始めたあたりから、急激に大人びたことを言うようになったのだ。その、大人びた発言のなかには、リリアナに対するアプローチ紛いの誉め言葉がかなり含まれている。言われる方としては、困惑しかない。
「子供のうちは、遊ぶのも仕事のうちだと思いますけれど。体力作りにもなりますし」
「体力作りなら、あとでしますよ。今は、リリアナのほうが大事」
そう云って、にこりとした殿下は、相変わらず輝くような笑顔で、すごくかわいい。最近では、こう言えばリリアナが、なにも言えなくなるのを分かっているような気さえする。
と、そこに魔術師が、きちんと入室許可を得て入ってきた。リリアナとのお茶の間だけは、許可を得ないと入れてもらえなくなったのである。
「防御結界の調整がエンドレスで、参った……。この冬は毎日だぞ、毎日」
魔術師は、どっかと座るとお茶を差し出した侍女を手ぶりで労って、ぐいっとカップを呷った。
「魔術師も大変ですね」
「そうですわね」
「誰のせいだと思って……っ」
「まぁ、誰のせいだと仰るの」
「そこで上品そうにスミレの砂糖漬けをいただいてる妖精姫のせいですかね!」
そうとうなストレスがあるらしく、語気も荒く返してくる。
「わたくし?」
「リリアナが?」
「声明のせいだぞ、間違いない。大体だね、僕は紋章魔術の天才なんだよ。こんなところの防御結界、清涼殿と比べりゃ楽勝だったわけ。それが、よりにもよって結界を程よく緩めるために毎日毎日努力しなきゃなんないんだぞ。不条理すぎる」
「アドリアン、清涼殿の防御結界って」
「程よく緩める、ですって?」
聞き捨てならない情報が複数あり、周囲がざわつく。清涼殿は、神殿の本部が入っている壮麗な建物である。季節に関わらず、ほんの少し涼しいことから、そう呼び習わされているのだ。聖職者でないアドリアンが関わっていたのは驚くべきことらしい。
「清涼殿は、もう大分前から魔術師協会が面倒みてるよ。王城もね。協会ったって、国の機関だし、隠してない。そんなことより、結界だよ結界」
「結界が、どうしたんですって?」
「強固になりすぎて困ってる。リリアナ、なんか知らないか」
「なにかと言われても……アドリアン様が何をどう困っているかも分かりませんし、そもそも、防御が固くなって何が悪いのかが」
「何がって、そりゃ外界と完全に遮断されたら困るでしょ、色々と。下手したら買い出しに出たが最後、帰れなくなるよ。攻撃されてる最中でもあるまいし、必要ない強度だ」
説明されれば、確かにそのとおりだった。離宮の防御結界は、恐らく王子の護衛程度の用に足ればよいのだ。非常時でもないのに出入りに手間が要るようでは煩雑だろう。
「王子殿下はどうか分からないけど、リリアナには見えるから分かるでしょ。声明が始まってからこっちの、マナの量」
「そういえば、随分と増えていますわね」
「そうなんだよ。多分、循環が良すぎて増える速度が異常なくらいになってる」
魔術師は、机の上、リリアナの椅子の前に何かを置いた。ピラミッド型をしていて、ガラスのように透き通ったオレンジ色のそれは、子供の手でも握り込めるほどの大きさである。魔術師が、その頂点に指をのせると、中でキラッと光るものがあった。星形の、紋様のようである。
「これは、協会が販売してる標準魔導石というものなんだけど」
説明によると、通常、土地に結界を固定する場合、この魔導石を埋め込んで、周辺のマナを取り込み、その力で魔法陣を作動させるのだという。
「ところが、だ。マナの過剰供給で効果が出過ぎてるんだよ。調整して、力を逃がすようにしているんだけど、もう限界かな。根本的に発想を見直さなきゃいけないんだけど……」
「無駄な努力ですね」
「あ? ……って、殿下!?」
「標準魔導石なんか使うからダメなんですよ。それもいくつも。マナは逃がしてしまっても構わないでしょう。魔導石は二重円陣で、精々3つもあれば用は足りますし、魔法陣はエマニエルの六角方陣を圧縮して礎石に刻めば十分でしょう。こんな森の真ん中では、火攻めされれば魔術など役に立たないでしょうし」
「言われてみりゃ、確かに……って、殿下が何故そんなことを」
困惑もあらわにアドリアンがボソボソとこぼすと、王子はニコリと笑って首を傾げて見せた。
「知っているのかって? 僕はこれでも王家の人間ですよ。古王国のね」
「恩寵……」
「それより、防御結界の組み直しを優先したほうがよいのではありませんか。緊急性が高いのでしょう? …あ」
「ウィリアムさま!」
アドリアンは、王子の言葉に応えて動こうとして、固まってしまった。当の王子が椅子に座ったまま、崩れ落ちてしまったからだ。




