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最終話

 ミナギを送り届けた後、ヒサヤはアドリエル等に連れられて離宮の一室へと足を向けた。


 本来であれば、一番最初にあわなければならない人物であるが、彼とすれば、自分のために重傷を負ったミナギを彼女が本来あるべき場に送り届けることの方が重要であったのだ。


 一国の皇子としては軽率な振る舞いであったかも知れないが、それでも彼の中での優先度は上であり、他の者達も特に言及することはなかった。


 そして、厳かな装飾が施された襖の前に立ち訪いを告げた彼らに対し、前に立っていた神衛達は一礼して襖を開く。


 彼らにとってみても、五年ぶりの帰還であるはずなのに、ヒサヤの姿に疑問を持つことはない様子であった。



「来たか……、久しぶりだな。ヒサヤ」



 そして、開かれた部屋の中から耳に届く声に、ヒサヤは鼓動が跳ね上がる事に気づく。


 数年ぶりの父なる人の声。だが、それにはすでに力は無く、記憶の中にある父リヒトの声とは大きくことなっていたのである。



「殿下」


「ああ……」



 そのことに動揺しつつ、アドリエルの言に促されたヒサヤはゆっくりと部屋の中へと足を踏み入れる。


 緊張なのか、不自然に身体が震えているようにヒサヤは思えたが、他の者達。特に、リヒトとまともにあったことのないサキなどは、緊張からか表情を完全に凍りつかせている。


 皆も似たような状態であることが分かったのか、ヒサヤの気持ちは心なし区軽くなっていた。


 だが、それも部屋の中にて、妙齢の女性と若い男女を側に置いたリヒトの姿を目にすると、再び身体が震え始める。



「ほう? 五年の間に、随分苦労をしたようだな」



 そして、傍らに立ったヒサヤに対し、リヒトは身を横たえたまま、静かな笑みを浮かべつつ、そう語りかける。


 笑みこそ浮かべていたが、すでに身を起こすことも出来ないほどに身体は衰弱している様子。


 話を聞く限りでは、この数日の間に状態はさらに進行したというのだ。




「ミオが……逝ったそうだな」


「はい。我々に、スメラギの未来を託して」


「最後まで、他者の心配か。あいつらしい……」


「父上。お身体は……」


「見ての通りだ。すでに虫の息。と言うのが正しいかな……? まあ、ここから先は身内の話だ。アイナ、せっかく来てもらったところ悪いが、三人だけを残して外で待っていてもらって良いか?」


「ええ……。ごゆるりと」




 そして、ヒサヤと軽く二、三言交わしたリヒトは、傍らに立っていた妙齢の女性、征家トモミヤ家当主アイナに対して、そう告げると、彼女の促されるようにサキやアドリエル等は部屋から出て行く。


 そして、部屋に残ったのはリヒトとヒサヤ。そして、ヒサヤの双子の弟に当たるハルトとその妹に当たるルナの四人だけが部屋に残ることになったのだ。



「ふむ。と言っても、儀式の類はハルトに引き継いでいるし、後事はアイナに話しておいたから改めて話すこともないんだがな」



 そして、家族だけになった室内にて、改めて口を開いたリヒトであったが、為すべき事はすでに為していたらしく苦笑するだけであった。


 国事などに関する儀式はハルトからヒサヤに託せば良く、国政に関しては当然神皇の身で行うわけではない。



「……それでは、話してくれますね? ミナギやミオさんが苦しみ続けたこと、母さんが背負ったことを」


「…………お前が背負うことでもないんだぞ?」


「彼女等はその責を一身に負うことで、命を投げ出して俺を救いました。だからこそ、彼女等のことを知るのも俺の責任だと思っています」


「……報告に拠れば、巫女から概要は聞いているだろう? なれば、あの時に俺達の所に何が起きたのか」




 そんなヒサヤの言に対し、リヒトは表情を引き締めつつ、ゆっくりと口を開いたのであった。



◇◆◇◆◇



 皇太子ヒサヤ帰参の報は、各地で交戦を続けるスメラギ首脳たちの元へと届けらていた。


 とはいえ、皇都天津上を中心としたセオリ地方。女神の檻による天津上攻撃に呼応する形で侵攻を再開した清華との交戦するインミョウ、クシュウの両地方における戦いもまた激しさを増し、駆けつけてきた首脳は、スメラギ水軍と取りまとめるキリサキ父娘と巫女の名代として駆けつけてきたミュウの三名だけであった。


 それでも、各地で交戦を続けるスメラギ軍の意気は上がり、膠着状態を打ち破ってベラ・ルーシャや清華を打ち破る部隊も出てきているという。



「二、三日の間に色々と起こり過ぎね。とはいえ、本当に殿下をお連れできるとは思ってもいなかったわ」




 父、シュテンとともにキツノ離宮へと駆けつけてきたハルカは、サキとの再会やアドリエル等の無事を喜びつつ、ヒサヤの生還をまだ信じ切れていないかのように口を開く。


 とはいえ、常に行動とともにしてきたというサキの姿と言に、ハルカもまた納得せざるを得ない。




「それにしても、よく生きていたわね」


「たしかにね……、シロウもユイも……」


「っ!? そうだったの……あの二人も」




 久方ぶりの再会と言う事で、出来るだけ親しみをこめて語りかけるハルカに対し、サキもまたかつてのように語りかける。


 とはいえ、二人の間にあった何か。いや、共通する一人の存在がかけている事をお互い口には出せなかった。


 ハルカ自身、彼女がこの場に居ない事実に、何事かを察せざるを得なかったのだ。




「色々あったようだが、結果としてあの二人のおかげで我々も殿下も帰還することが出来た。立派にその役目を果たしてくれたのだ」


「そうね。サキほどの付き合いはなかったけど、シロウとは同窓だし、ユイは神衛の後輩でもある。むしろ、私なんかより立派に責務を果たしてくれたわね」


「貴女も水軍をまとめ上げているみたいじゃない。リアから聞いたけど、女神の檻の攻撃の時、貴女が上手く指揮をとったから水軍は壊滅せずに済んだとか聞いたけど」


「女神の檻? まあ、あの光に攻撃された時は、経験豊富な連中のおかげよ。私なんてまだまだ。にしても、リアが私を誉めるなんて珍しいじゃない?」




 そして、どことなくしんみりとし始めた空気にアドリエルが、目を閉ざしつつ、倒れた二人の成したことをたたえる。


 ここにいない人物の名は、彼女としてもあまり口にしたくはないのだろう。


 そして、サキから自身に対するリアネイギスからの評価を耳にしたハルカは、不敵な笑みをリアネイギスに対して浮かべる。


 初対面の時から、何かと揉めることの多かった二人。とはいえ、当人のあずかり知らぬ所での言葉に、ハルカはほくそ笑み、リアネイギスは不機嫌そうに顔を背ける。




「誉めてなどいない。水兵のおかげだとは最初から思っていたわよ。まったく、ちょっと誉めるとすぐ調子に乗るのだな」


「あんですって? 無事だったことを喜んでやってるのに」


「知らんわ。相変わらず適当な脳みそをしているな」


「このっ!! あんたの弱点知ってんだからね。その無駄にモフモフした耳を撫でてやる」


「わっ!? こら、止めろっ!!」



 そんな調子でじゃれはじめる二人。


 端から見れば、組織の精鋭たる暗殺者達と教団主力の聖堂騎士達を蹂躙したティグの皇女とスメラギ水軍の次期頭領として海原を駆け回る女頭領の姿とは思えぬ光景が、室内に控える者達の眼前で繰りひろげられる。


「若いって良いわねえ」


「何を言っておられるのですか? 閣下もまだまだお若いですよ?」



 そんな二人のやり取りを見ながら、アイナとハヤトが笑みを浮かべる。


 アイナ自身、この場の者達の親世代であり、征家トモミヤ家の当主であるのだが、その見た目は同世代にリヒトやミオに比べるとまだまだ若々しい。


 リヒト達も十分すぎるほどに若作りなのを考えると彼女の姿は法術の類によるモノかと邪推するほどのそれ。


 とはいえ、若いと言われて悪い気も当然しない年齢になっているアイナは、そう言ったハヤトへと視線を向け、口を開く。




「ふふ、ありがとう。それにしても、ハヤト君も大変だったわね」


「ティグの血が前面に出てきたようですが、さすがにこれでは不便ですね。膂力が上がったわけでもなく、正気を失うわけでもないのですが」



 そう言うと、ハヤトは変わり果てた自身の身体を見まわす。


 白と黒の毛は眼前にてハルカとじゃれるリアネイギスの持つそれと酷似しているが、それが尾や腕、足などの部分的ではなく、全身を包み、爪なども鋭く尖っていることを考えると、人たるそれよりも獣に近い姿であることに違いはない。


 ただ、その結果として長き時を鎖に繋がれながらも、肉体が衰えることもなかったというのは皮肉な話でもある。


 だが、いつまでもこの様な姿でいたいともハヤトは思っていなかった。




「ミュウ陛下もいらっしゃっているし、治す方法もあると思うわ。とりあえずは、戦乱が落ち着いてからだろうけど」


「ええ。今のところは、人を驚かせてしまう以外に問題はないですしね」


「そうね……。それにしても、ミナギちゃんのことは……」




 そんなハヤトとアイナのやり取り中で、アイナが口にした少女の名に、室内が一斉に静まり返る。


 状況を知るハヤトやサキ等は、ミナギの容態を気にして表情を暗くし、口にしたアイナとハルカも、周囲の様子に何事かを察するしかない。



「……ミナギは、どうしたの?」



 とはいえ、いつまでも沈黙しているわけにもいかず、親友の姿が無いことを疑問に思い続けていたハルカが、サキやアドリエルに対してそう問い掛ける。



「ミナギは、殿下を守って……」


「まさかっ」


「無事よ無事。ただ、まだ目を覚まさないのよ……、ミオさんも亡くなられて、ひどく傷ついたみたいだし」


「そう……閣下も」


「今は、妹さん達と一緒にいるわ。でも……」


「でも、なに?」


「なんというか……、あのまま眠っている方が、ミナギにとっては幸せなんじゃないかと思えてならないのよ」


「何を言っているの?」


「だって……、大切な両親が亡くなられて、お兄さんもあんな目にあわせられて、ミナギ自身だってあんなに傷ついているのに……。なんだか、すべての不幸があの子に降りかかっているみたいでかわいそうなのよ」




 そんなサキの言に、ハルカは思わず目を丸くする。


 あえて、女神の檻のことを伏せてはいたが、ハルカ自身、ミナギに降りかかった多くの不幸を知っている身であり、サキの気持ちも分からないでもない。



「皆さん、お父様が……どうしたのですか?」



 そんな時、部屋を訪れたルナの声に皆が顔を上げる。


 ルナもまた、何とも言えぬ雰囲気に目を丸くするしかなかったが、サキやハルカはすぐに態度を改め、眼前の皇女に対して口を開く。




「何でもありませんよ。それで、殿下、如何いたしまたしたか?」


「あ、はい……。お父様とお兄様が、皆様をお呼びするようにと」




 そんなルナの言に、室内の者達は一様に顔を合わせる。


 皇族間の話は終わりを告げたのであろう。そして、改めて皆を呼び寄せると言う事は……と、皆の胸裏によぎる一つの事実が、そこには存在していた。


 そして、皆が皆、表情を引き締めて先頭を歩くルナの後に続いたのであった。



◇◆◇◆◇



 声が聞こえた。セピア色に染まった世界を歩きつつ、私に語りかけてくる声が。


 あの時、学園祭の演舞を終え、一人大学の屋上にて過去を見つめていた私の元に届いたそれと同じそれ。


 そして、それを境に世界はセピア色に染まり、その場にいた全ての者達は消え、音も声も私の耳に届くことはなくなったのである。


 そして今、私は一人、落ち着いた作りの民家へと足を運んでいた。この世界の、そして、元の世界の天津上に構えられていたツクシロ家と同じ作りのそこが、この世界おける私に実家でもあった。


 そして、家へと戻ってきた私。元の世界とは異なり、現代風の装飾や調度品が置かれている玄関や廊下を歩き、居間に通じる襖を開ける。


 すると……。




「お母様……、お父様……」


『来たか。ミナギ』




 洋風のフローリングになっていた居間は、質の良い畳が敷かれ、その中央にあるテーブルに座す男女。


 見紛うはずもない、父カザミと母ミオの両名が、神衛の軍装に身を包んでその場に座しているのである。




「……ここは、いったい何なのですか?」



 私は、二人の眼前に腰を下ろしつつそう問い掛けると、お父様がゆっくりと口を開く。




『世界と世界の狭間。と言うのが正しいかな? いずれにしろ、お前が元いた世界と私達が生きていた世界の双方とも異なる』


「何故、この様なことに?」



『貴女が望んだことを……、貴女の口から聞いておきたいと思ったからよ』


「と、言われますと?」


『ミナギ、私達はな。お前に、平和な世界で幸せに生きて欲しかったのだ。私達の無力さ故に、お前を不幸にしてしまった』


「ですが、私は」


『分かっている。貴女の気持ちも確かめずに、やってしまったことだというのは。それでも、貴女が元の世界ではなく、平和な貴女が生きるはずであった世界を選んで欲しかったのだ』




 そういって、二人は静かに瞼を閉ざす。


 たしかに、戦乱に包まれ、明日をも知らぬ運命にある世界よりは、すべてが平和というわけではなくとも、目の前に平和というモノが存在する世界にて、我が子が生きて欲しいと願うのは、親ならば当然のことなのかも知れない。


 しかし、私は、そのような事は望んでいなかった。




「お二人の気持ちは、本当に嬉しいです。ですが、私は……、私は」



 そして、こみ上げてくる感情に、私は思わず言葉を詰まらせる。


 熱くなった目元には涙もこぼれているのであろう。二人の姿が潤んで見えもいる。




『…………分かった。再び、私達の勝手が、お前を苦しめてしまったのだな』


『でもねミナギ。決して忘れないでね? 私達のために戦うのではなく、今後は自分の為に、自分が大切にする者達のために戦って欲しい』


「……はい」


『っ!? 時が来たか……。もう少し長くあれば良かったが』


『致し方なかろう。このような機会を与えていただけただけでも』


「っ!? お父様、お母様っ!?」



 刹那、セピア色の世界は急速に闇に染まりはじめ、逆に二人の姿は柔らかな光に包まれはじめる。



『ミナギ』


「っ!? お母様……」




 そして、困惑する私を、お母様はやんわりと抱きしめてくれる。




『ふふ。いつの間にか、私の身長を超えてしまっていたのね。カザミが長身だから不思議じゃないのでしょうけど』


『だが、顔はお前にそっくりだよ。誰よりも他人を思う優しいところもな』


『ふ、惚気?』


『娘と妻を自慢するのは当然のことだ』


「ふふ……、お兄様とミルが聞いたら怒りますよ?」


『おう、忘れてはおらんぞ?』




 そして、互いに笑いあう私達。


 そう。私が望んでいたのは、こんな時間であったのだ。かつての生でも、元の世界でも味わうことの出来なかった温もり。


 いや、ソレを思い出させてくれたのは、目覚めから今日までの三年間。そこにも、これと同様の温もりはあった。だが、私はそれを否定してしまった。


 身勝手だとは思う。しかし、だからこそ、私は元の世界で生きなければならないのだと言う事も。




『時間ね。……ミナギ、最後に忘れないでいて。私達は、このスメラギの空から、いつまでも貴女を、貴方たちを見守っている。だから……』


『失われた私達ではなく、お前の目の前にある者達を見つめてやってくれ……』


「――っ!? お父様っ!? お母様っ!?」




 そう言って、私の目元から伝う涙を拭った二人の姿は、ゆっくりと瞬いた光の中へと消えていく。


 私達をずっと見守っているという言葉とともに……。



「っ!?」



 そして、私は腕にわずかな温もりを感じつつ目を見開く。


 陽は落ち、周囲は宵の闇に包まれつつあるのだろう。ただ、私の目元には、涙を拭った跡がはっきりと残っている。



「う、んん……」


 それを見て取ると、私の手を握り、身を揺らず小さな身体。




「ミル? …………帰って来たのね。私は……」



 そう呟いたミナギは、自身が身に着けている衣服。神衛服の胸元を染める大輪の花を目に止めると、今がどんな時かと言う事を察する。


 そして、ミルを起こさぬよう、ゆっくりと立ち上がると、私は導かれるように、とある場所へと足を向けたのであった。



◇◆◇◆◇




 夜半にも関わらず、足を運べる全ての者達がその場へと駆けつけていた。


 アイナをはじめとする高家の関係者。シュテンをはじめとする軍務政務の関係者、そして、サキやアドリエルのような皇太子ヒサヤの関係者などが、一人の男の最後に立ち合うべくその場に足を運んでいたのだ。




「皆も知っての通り、スメラギは今、未曾有の国難に瀕している。だが、その事態に際し、私は神皇としての責務は愚か、病床にて明日をも知れぬ日々を過ごしている。加えて、この右手に灯りし刻印……。本来、スメラギを守護し導く力を持ったこの刻印の力によって生き長らえているに過ぎぬ」




 病床より、神衛達に身体を支えられて身を起こすリヒトは、そう言うとゆっくりと右手の甲にて光を放つ刻印をかざす。


 初代神皇より受け継がれし刻印。その力の強大さを恐れるあまり、歴代の神皇は国難の時を除き、その力を身に宿すことはなく、聖地にて厳重に封印されてきた。


 しかして、今はその国難の時。だが、その力の行使を許されしリヒトは、重篤な病に冒され明日をも知れぬ状況にあった。


 だが……。




「しかし今、神皇位を受け継ぐべき皇太子ヒサヤの尊がこの地に帰参した。この者の事情を知る者も知らぬ者も様々であろう。だが、皇位を継承する資格を持った唯一の人間であり、その身をスメラギの未来に捧げる覚悟もすでに用いていること、神皇としての行為等もすでに伝承した。ここにおいて、私は身に刻まれし、刻印とともに、皇太子ヒサヤの尊に神皇位を継承する。なお、本来の営まれるべき儀式は、この国難を脱した後執り行うこととし、この場においては簡易的な継承の儀にて執り行うことを許されたい」



 そして、リヒトの言を受け、ヒサヤがゆっくりと立ち上がり、リヒトの傍らに腰を下ろす。


 この場にある者達は、一重にスメラギの行く末、加えて皇統の断絶を憂う者達が大半であり、ヒサヤの帰還と皇位の継承を否定する理由などは存在していない。


 だからこそ、皆が皆、ゆっくりとその行く末を見守るしかなかったのだ。




「ミュウの話では、かの解毒剤は本物であるそうだ。サキなる娘は助かるぞ」


「そうですか……。良かった」


「だが、お前はそれで良かったのか?」


「その苦しみを身に刻むのも、私の罰です……」


「刻印は、宿主を散らせぬようその身を癒す。だからこそ、永遠なる生を否定してきた歴代の新皇たちは、それを身に宿すことを拒んできた。お前は、生き続ける限り、身に植えつけられた毒に苦しめられ続ける事になる」


「覚悟の上です」


「そうか……。それならば、よかろう」




 そして、皆が見守る中で交わされた親子の会話。


 組織によって植えつけられた毒。シオンが手にしていたその解毒剤は一人にしか適用できず、ヒサヤはそれをサキに対して使用することを選んだ。


 自身は、刻印によっていかされる限り、その作用に苦しみ続ける。それが、カザミをはじめとする多くの者達を害した自身に対する罰であると。


 そして、その覚悟を、リヒトにもハルトにもルナにも止める事は出来なかったのだ。


 鮮やかな青き光が、リヒトの手からヒサヤの手へを移っていく。


 刻印は自らの意志で宿主を選び、その意志を曲げた者には、死にも等しき痛みとその美の滅びを与えると言われている。


 だが、件のそれは、スメラギ皇室とともに生み出されたとされるほど、この国の根幹に深く根ざしている。


 だからこそ、刻印の継承は、神皇位の継承と同列に扱われるのである。そして、身に宿した刻印を、神皇の身より取り外し、聖地へと封印するのが、巫女の責務でもあった。



「……ここに、神皇位の継承はなった……っっ」


「陛下っ」



 そして、刻印の継承を終えると、リヒトはすべての力を使い果たし、その場に崩れ落ちる。


 慌ててそれを支える神衛や駆け寄って行く典医達を制し、リヒトは目を閉ざしたまま、ヒサヤに対して語りかける。



「さあ、新たな神皇として、何か言え。俺が生きている間にな」


「…………はい」



 そして、その傍らに座してヒサヤに対し、リヒトは力無くそう告げる。


 それに頷き、立ち上がって周囲の者達へと視線を向けていくヒサヤ。


 皆が皆、新たな神皇の誕生に臨席し、その言葉に対して息を飲んだその時。部屋の扉がゆっくりと開かれた。



「えっ!?」



 何事かと、扉へと視線を向けた者達。


 そして、その多くがそこにあった人物の姿に、目を見開き、その身を硬直させる。



「…………遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。陛下」


「……遅いぞ。もう、継承の儀は終わってしまった」


「も、申し訳ありません」


「ふ、いいさ……こっちへ来い」




 そして、皆の視線を受けた彼女、ミナギ・ツクシロは、ゆっくりと眼前にて苦笑を浮かべるヒサヤに対して頭を下げる。


 ヒサヤもまた、苦笑したままその言に応えると彼女を自身の元へと呼び寄せる。


 そして、周囲が困惑から、安堵の笑みへを表情を変える中、ミナギはゆっくりとヒサヤの元へと歩みを向けていく。


 そして。



「改めまして陛下。ご即位、おめでとうございます……きゃっ!?」


「そんな畏まった態度はどうでも良い。良く帰って来たなっ!! ミナギっ!!」


「え、えっ!? ヒ、ヒサヤ様っ!?」



 ヒサヤの眼前に立ち、祝いの口上を述べ、膝をつこうとしたミナギを、ヒサヤは多摩等うこと無く抱きしめ、安堵の声を上げる。


 そして、それに対して盛大に困惑するミナギの元に、サキやハルカ達が駆け寄って行く。



「本当に、ミナギなんだよねっ!?」


「そ、そうですよ?」


「危篤だって聞いていたのに。でも、本当によかったよ……」



 厳かなる即位の場は、一転、若者たちへと再会の場へと変わっていく。


 参列する者達は、突然の状況の変化に最初は戸惑いつつも、祖国を救った英雄たちの安堵に皆が皆、苦笑を浮かべつつ拍手を持ってそれをたたえはじめる。




「お前もサキもハルカも、いや、全員に言っておくぞ。もう二度と、俺の前から消えるんじゃないぞっ!! いいな」


「もちろん。ミナギ、言っておくけど、簡単に勝ちは譲らないからね?」


「……はい。分かりました」




 そして、自身を抱きしめつつ、力強くそう語りかけてくるヒサヤとそれに応じたサキの言に、ミナギは笑みを浮かべながらゆっくりと頷いたのだった。



◇◆◇◆◇




 一つの戦いは終わり、一つの時代もまた終わりを告げようとしていた。



 そして、ミナギとミオ。悪役令嬢としての運命を背負った二人の女性の戦いもまた、静かに終わり告げたのであった。

なんとか、最後まで書き続けることが出来ました。

これも、多くの皆様のおかげと思っています。特に、これまで感想をくれた皆様の声は、非常に執筆のための力になりました。


また、web拍手にて。特に、更新のたびに盛大な拍手を送り続けてくれたお二人の方には、反応が無くて沈んでいた時に非常に大きな助けになりました。

この場を借りて、お礼申し上げます。本当にありがとうございました。




最後に、中々まとまらぬ点。いたらぬ点。ついでに、恋愛モノなのに戦いばっかり書いてしまった点など、問題は多かったと思いますが、この物語はどうだったでしょうか?


感想や評価などをいただけると、今後の執筆のためにも非常にありがたかったりします。




それでは、100話以上50万字以上の長きに渡り、お付きあいいただき、本当にありがとうございました。

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