8お茶会
使用人がせっせとお茶会の準備をしてくれています。
動きは丁寧で軽やか。一切の音をたてずに、軽食とお菓子が盛り付けられたティースタンドや茶器セット、カトラリーをテーブルに配置していく姿は優雅だ。
私は挙動不審のテプトアの膝の上に座って、その様子をぴょんぴょんと体を弾ませながら見ていた。あっという間だった。
揺れるたびに膝の上にあるクッションがズレて、それをそっと、何事もなかったかのように元の位置に戻すテプトア。流石です。
何故、私がテプトアの膝に座っているのかだけど。
実はテプトア、庭園に行く時からずっと父の後ろにいたのだ。
控えめに顔を伏せて待機していた彼女はお茶会が始まることを知ると「旦那様、あとは私にお任せ下さい」と頭を下げて静々と、いや、ささっと私を引き取った。
秒の速さで。
父が何かを言う間もない早技。
どこにその俊敏さを隠していたのか。
ちちは、笑って許してました。
そんなテプトアに、父が椅子に座るように言ってクッションを手渡したのだ。普通はお茶会の席で侍女を座らせることはないのだが、私はこんなだからね。
戸惑いながらも促されるまま席についたテプトアは恐縮しきりだった。
けどね、お任せを~って言ったのテプトアだからね?
そんな経緯でテプトアの腕の中にいます。
腕の中で興奮している私がぴょこぴょこ動くから、テプトアは大変だ。
「リルはすっごくわかりやすいな」
ぷくくっと笑いながら言われた言葉に、揺らしていた体の動きをとめてジョントを見る。
確かにわかりやすいよね。
私は言葉にできない分、感情は全て体の動きで伝えるようにしていた。
怒ってるよ、と伝える時はぴょんと飛んで体当たりしたり、大好きだよと伝える時はすりすりと頭を擦りつけたり。
人は表情と声、言動で喜怒哀楽を相手に示している。私は表情を見せられないし声も届けられないから、せめて動きだけでもと思って。
大袈裟なくらいで丁度いい。それが今では癖になってしまって大人しくしている事ができなくなった。
しかし、分かりやすいと使用人からは好評だ。
ならば良いかと現在に至る。
それに、生まれ変わってから感情を抑えるのが本当に難しくなってしまった。精神が若返ってしまったかのように気持ちの振れ幅が大きい。
感情のまま行動に起こしてしまって自分でもとめられない時がある。
でもさ、三歳だよ?
じっとしたまま動かないなんて本来の三歳児なら無理だと思うわけです。ならこれが正解だよね!
おっけおっけ。
「可愛いだろう?」
「ホーファード叔父さんが父さんに会う度に、リルのこと『かわいくて仕方ない』って言ってた気持ちがちょっと分かった」
ちち、そんなに毎度私のこと言ってるの?
じっと父を見ていると視線が合い、にこりと微笑まれる。
使用人が下がり傍に控えた。
準備は整ったようだ。お茶会の開始だ。
「気になったんだけど、リルは飲んだり食べたりできるのか?」
父がカップに口をつけ、一口紅茶を飲んだと同時に、問いが投げかけられた。
カップをソーサーに静かに置いた父は、複雑な顔をしながらほんの僅かに笑う。
「あれを飲食した、と言ってもいいのかが微妙なところだね」
「ん?どういうこと?」
「まあ、見ていたらわかるよ」
二人分の視線を感じながらも私は自分専用のティースタンドに夢中だ。
二段ある銀の器には小さく切られたサンドウィッチと数種類の果物、ドライフルーツのクッキーが綺麗に盛り付けられている。
カップにはミルクが注がれていて、ウンウンと頷いた私は早速、と体をテーブルの方へとみょーんと伸ばした。
ちょっとしつれいしまーす。
「あっ。お嬢様、私が取りますから」
いえいえ、自分で行って食べますよ。
マナー?マナーてなんだっけ。
いただきまーす。
白いテーブルクロスを這って銀のお皿にタッチ。
ぶどうに狙いを定める。
パクリ、パクリ。
「…………」
一粒、二粒と視界からぶどうが消えていく不思議な光景にジョントの口はポカンと空いている。
「おじさん、ぶどうが消えてる」
「消えてるね」
「あれ、食べてるのか?」
「あれで、食べたことになっているみたいだよ」
「…………」
ちゅーちゅー。
食事音付きでミルクを飲む。シュリンの技が炸裂しています。はしたないが、ちゃんと飲んでいることは伝わっていることだろう。
うまうま。
味はわからないけど気分的にはそんな感じです。
「どこに消えてるんだ……」
「さあ。ただ聖者様がおっしゃるには、ちゃんとシュリンが吸収分解してリルに栄養を届けているそうだよ」
「そっかぁ」
遠い目を披露するジョント君は、謎の生き物をほんの少しだけ理解したようだ。
最初は、母が授乳しようとした時にその現象が起こった。
あらかじめ聖者さんから伝えられていた事だったが、父と母は驚いていた。
それからはその時期ごとに赤ちゃんが食べるものを食べさせて貰いシュリンの中で過ごしていた。
けどね、おそらくだけど、私は食べなくても生きていける。空腹、というものを感じたことがないから。
ちょっと人間辞めてる感が凄いから食べるようにしているけども。
実際にこうやって美味しそうなものを目の前にすると食欲が湧くし、みんなと食べると幸せな気分になるから、食べるよ。食べるけど。
味がしないのがね。
味気なさすぎる食事に、せめてとシュリンに食べてる感を出してほしいとお願いした。あと、食べる速度も。
お皿に乗ったものが一瞬で消え去るのは食べた気がしないからさ。
当初、はりきったシュリンはそれはもう食べた時の音を頑張って表現してくれた。
ずぞぞぞぞおーーーー!
まるでお蕎麦でも啜っているかのような音をさせて食事を頂く私に、父は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして。
数秒後、
『リル……。その音は勘弁してくれるかい?父様、笑ってしまって食事どころではなくなってしまうよ』
と言った。
ずぞ………。
肩を震わせる無表情の父に、私はもっと可愛らしい、控えめな食事音をシュリンに提案したのだった。
もう随分前の話である。




