7三人の兄候補
アシュリディク侯爵家の庭園は、妖精が住んでいそうな庭だ。
色とりどりの花が咲き誇っている庭を、父の腕に抱かれて見渡す。
花の種類が本当に多い。薔薇やチューリップ、ジギタリスのような花が、まるで、自然にそこにあったもののように植えられていた。
草丈の高さはバラバラで、なのにバランスよく配置されているから見ていて飽きない。
少し遠くの方まで視線を向けると木の下に小さな花が沢山咲いているのが見える。さわさわと風に揺れている様子は、私を穏やかな気持ちにさせた。
あ、あの虹みたいにグラデーションになってる花、綺麗だなぁ。
今度脱走した時は庭に隠れて寝るのもありかもしれない。日が暮れて、朝になっても私が見つからなくて発狂するテプトアの未来が見えますね。
やめておこう。
白とピンクの薔薇のアーチを通り抜けた父は、更に向こうにあるガゼボへと歩いていく。そこには三人の子供がいた。
私たちが来たことに気付いた三人が立ち上がる。貴族のような身なりの少年達は、少し緊張しているのか体が強張っていた。
「待たせたかな?」
三人の元まで歩み寄った父が、笑みを浮かべて椅子に座った。それを見ていた三人も父に促されて座る。
横から現れた従者が、分厚くて柔らかそうなクッションを父へと差し出し、それを受け取った父は膝へと置く。やり取りを見ていた私をそのクッションに乗せたあと、両手で支えてくれた。
多分見やすいようにだろう。直接膝に乗せられたらテーブルで隠れちゃうからなぁ、私。
「さあ、自己紹介をしようか」
いいよ。じゃあ、私からね!
あ、その前に、ちちよ。言いたいことがあります。
私今、ちちの方を向いて座ってるんだ。できれば反対向きに座らせてもらえると嬉しいな?このままだと三人が見えないからね。
え?俺だけ見てろ的な感じですか?
それとも背中で語れ、とかそういう感じ?
頭を左右に振ってみる。
「ん?リルの事は父様が言うから大丈夫だよ」
違うよ、そうじゃない。
困ったな、と思った瞬間視点が切り替わる。シュリンが後頭部視点にしてくれたようだ。有難いが、これで大丈夫?ほんとに?
逆さまになっているよりマシだけど。
この姿で困るのはこういったところだ。
頭はどっちか、向きは合っているのか、本人以外は分からない。ただ、這って前進しているとよく分かるから、父や使用人は観察してから抱き上げたりする。
父は向きを間違ったことはほとんどないんだけどなー。あれぇ?
これは故意だよね、ちち。
仲良くなって欲しくないのかな?
たまに、執事長のオルランや使用人に構って欲しくて、猫のように擦り寄ることがある。大抵腕に抱いてもらって一緒に散歩したりするんだけど、私たちが楽しそうにしてると毎回、にこやかな笑顔を振り撒きながら父がやってきて、連れ去られちゃうんだよね。
その後は決まって、ソファに座った父にテプトアが『最近のリルお嬢様について』という題名の報告書を渡す。父はそれを読みながら膝に乗せた私を撫でるのだ。
女の人に擦り寄っても微笑ましく見ているだけなのに、男の人だと連れ去り事件が発生する。
娘を取られたような気分になるのだろうか。
でも、仲良くならなきゃ。
兄様ってことは養子にするつもりなんだよね?
私は女だから爵位は継げないだろうし。この子達の内の一人に継がせる気なんだよね、きっと。
そういった理由でこの三人が来たなら、将来を考えて良い関係を築かないと。
困ったことになるかもしれないよ?ちち。
はぁ、と上からため息が降ってきたと思ったら、クルンと三人のほうへと向かされた。紹介する気はあるようだ。
シュ、シュリンさん!切り替えお願いします!
「では、まずリルを紹介するね。アシュリディク侯爵家の嫡女、リル・アシュリディク。三歳だよ。事情があって、この姿になっていることは説明したから分かっているね。いつ、この繭の中から解放されるかは分からない。だから出来ればこのままのリルを受け入れて、仲良くしてあげて欲しい。元気な子でね、よく遊びたがるんだ。隠れるのが好きだから見つけてあげて」
ありがと、ちち。
「さて、次は君たちの番だよ」
父が声をかけると、一番小さな子が頷いた。どうやらこの子が一番手のようだ。
「はい。ではぼくから。ストルブーク公爵家の三男、ヴァンゼスともうします。六歳です。本をよむのが好きで、しずかな図書室にいる時が一番おちつきます。こんど、一緒に本をよみましょう。よろしくお願いします」
父と同じ銀色の髪に、海のような深い青色の目の可愛い男の子が、軽く頭を下げた。
年齢の割に落ち着いてる子だなぁと思いながら、私もペコリと頭を下げる。
読み聞かせてくれるのかな、楽しみだ。
次は、男の子の隣にいた少年が口を開く。
「アルジャダ伯爵家の次男、ジルエンと申します。先日十歳になりました。このたびはこのような機会を頂けたこと、光栄に思います。宜しくお願いします」
濃い茶色の髪に、紅茶色の瞳をしたその子はかしこまった、お決まりのような挨拶を終えて礼をした。
うん?
私を見ているようで、見ていない。
どこか作り物めいた笑顔を浮かべている。
これはあれでは。あなたに興味ありません、の態度ではないだろうか。
あれ、仲良くしよーねの会では、ない?
おかしいな。
首を傾げていると、最後の子がこちらを見ていることに気付いた。
「ヨテル子爵家の長男、ジョント。九歳だ。父上が、領都からずっとさきにある港町の代官をしていて、ホーファードおじさ、ゴホン、……叔父上とはよく会うんだ。だから、リルのことも結構知ってる。ようやく会えて凄く嬉しい。仲良くしような」
私はコクリと頷く。
笑顔が似合う爽やか少年は、つやつやの黒髪で新緑色の目の格好いい感じの子だ。貴族なのにどこか親しみやすさを感じさせる雰囲気をもっていて好感度が上がる。背が三人の中で一番高い。
父を叔父上呼びってことは、いとこかな。
「ヴァンゼスは姉の子で、ジョントは弟の子。ジルエンはリルのお爺様の妹の子供の子供だよ」
後ろから囁くように告げる父を見上げる。
つまり、本好きの可愛い公爵家の子もいとこで、伯爵家の、オマエ、ガンチュウニナイ、のジルエンは、はとこ。
把握した。
「君達には夏の終わりまで滞在してもらう予定だよ。部屋は用意してあるから、自由に過ごしてほしい。最終日には誰を選んだのか伝えるからね」
三人に視線を向けていた父が、今度は私を覗き込むように見てきた。
「リル。天気が良いからここでお茶でもしようか」
そうしよ、ちち!
私は何度も頷く。
しかし、お茶をしたくない人もいたようだ。
「あの。ぼく、ここの図書室にきょうみがあるんです。……いまから行ってもいいですか?」
遠慮がちにそう言ったのはヴァンゼスだ。さっそく我が家の図書室がどんなものか、見に行きたいようだ。さすが読書家。
「いいよ、案内させよう」
父が視線を向けると、頭を下げた使用人がヴァンゼスを連れて立ち去る。
「君達はどうする?」
「俺は、叔父上とリルと一緒にお茶したい」
ジョントのお茶会参加が決定した。
何か面白い話し聞けるかな。港町の事とか知りたい。
私、なにも知らないんだよなぁ。領都も、住んでるのに外に出たことがないから、どんな感じなのか全然分からないのだ。
三歳だからか誰も教えてくれない。
ジョント君話してくれないかなー。
「僕は荷解きをしたいので、部屋への案内をお願いできますか」
「分かった。部屋へ案内してあげてくれ」
「畏まりました」
ジルエンもこの場を後にする。
君はなんとなくだけど、理由をつけてこの場からお暇すると思ってた。私嫌われてる、多分。初対面なのにたまに私を見る目が冷たい気がするのは、気のせいじゃない。
でも、冷たい目で見られたって私は挫けないのだよ。
仲良くなってやる。覚悟してねジルエン君ー!
今はお茶会だー!
私は呑気にそう思っていた。
ーー庭園でお茶会の準備が進められている頃。
ジルエンは使用人に案内され、当てがわれた部屋へとやってきた。
「案内ありがとう」
感謝の言葉を口にして部屋に入り、後ろ手でドアを閉める。
パタン、と閉まる音が静かな室内に響いた。
立ったまま動かなかったジルエンが、伏せていた顔を上げる。先程まで浮かべていた笑みは消え、感情を失ったように無の表情となっていた。
「なんだ、あれ。……あんなの人じゃない」
ボソリと呟かれた言葉には、なんの感情もこもってはいなかった。
室内に差し込んでいた陽の光は、雲に遮られて次第に届かなくなり、部屋の中が徐々に暗くなる。
ひんやりとした空気が周囲を漂い始めた。
顔が歪み、表情に変化が現れーーーージルエンの怒りの感情が露わになる。
「あの中から引き摺り出して……確かめてやる」
ジルエンは宙を睨みつける。
ギリリ、と噛み締めた歯を鳴らした。




