6私の侍女はかわいい
今イイところなんですよ、テプトアさん!
もうあとちょっとでね、眠れそうなところでね。
私は無視を決め込んだ。
「はっ、扉が開いてる……。リル様、こちらにいらっしゃるのですか?」
どうやら屋敷様は扉を閉め忘れたようです。テプトアが部屋へと入ってきた。
見つかる、見つかってしまう。
「この間はカーテンの裏、その前はソファの下、そのまた前は執務机の引き出しのなか」
室内を歩き回り、ソファやテーブルの下を覗き込んでいる私の侍女、テプトア十八歳。翡翠色の瞳とミルクティー色の髪。綺麗なウェーブがかった長い髪を、職務中は一つに括りお団子状に纏めていて、凛としてみえる。
だが、彼女は天然アホの子である。
散歩とみせかけた脱走を、毎回見落としてしまうのだから。
隙がありすぎるのだ。
そこも可愛いと私は思っている。思ってるよ?
「執務室に入るなんて、本来はいけないことなんですからね?旦那様にお許しを頂いているから良いものの。しかも、見つけにくいところばかりで眠っていらっしゃるからお探しするのも大変なんですよ?ほら、出てきてくださーい、リルお嬢様ー?」
私はいませんよ。違うところを探してみると見つかるかもしれませんね。
ゴミ箱の中には流石に入らないよ!私をなんだと思ってるんだ!
「あっリルお嬢様!そんなところにいたんですか!?あ、危ないので降りてきて下さい、お願いします!」
視線を彷徨わせていたテプトアが、上を見てしまった。眠気はもうとっくに消え去っている。誰のせいか、犯人は君だ。
「今日は旦那様がお帰りになる日ですよ?そこで眠るのは止めにして、玄関ホールで待ちませんか?あ、それともお庭にいきます?綺麗なお花で花冠を作ってお嬢様に差し上げますよ」
そう、今日は父が帰ってくる日だ。
予定では昼だと言っていたのでもうすぐ帰宅するだろう。そのこともありドキドキそわそわして朝から落ち着かなかったのだ。何せ久しぶりだったから、早く会いたくて堪らなかった。
早く帰ってこないかと思う日々は、今日でさよならだ。
仕方ない、降りようかな。
私はテプトアがいるところの、丁度真上まで天井を這っていった。そして一心同体シュリンさんに先の方を糸状にして天井にくっつけてもらって、みょーんと垂らしてもらう。
蜘蛛が糸を使って降下するように、じわじわと下へ降りていく。
「あわわ、ちょ、どんな降り方してるんですか!」
下でワタワタと手を動かしているテプトアが可愛いのでゆらゆら体を揺らして振り子のように降りることにした。優秀な侍女は対応すべく、あっちへふらふら、こっちへふらふらと危なっかしくなった。
無事にテプトアの腕の中へと到着した私は糸状のシュリンの一部を引き戻してもらう。
「ふう。もー、怖いことしないでくださいお嬢様」
ごめんね。それはお約束できません。と思いつつ腕の中でもぞもぞと動き、正しい位置に頭部分がくるように方向転換した。
「あ、すみません。こっちが頭でしたか」
撫でる手つきは優しい。いい子なのだ。
私を抱いて部屋を出たテプトアが、廊下を移動する。目的地は分からない。どこへ向かっているのだろうか。玄関ホール?お庭?
「あ。お嬢様、どっちに行きたいですか?」
歩くのをやめたテプトアが尋ねてきた。
今聞くんですか。
私は喋れないからね。選択肢を言ってもらえるかな?
「お庭がいいですか?」
お、気付いたね。
私は頭を左右に振った。ノーの場合の合図だ。
「んと、じゃあ玄関ホールですね」
コクコクと頷くと、にっこりと微笑んだテプトアが再び歩き出す。
玄関ホールを見下ろせる位置まで辿り着いた時、ホールの先の大きな扉が開き、父であるアシュリディク侯爵が姿を見せた。
揺れる髪は銀、執事長へと流れるように視線を向けた瞳は澄んだ青空色だ。整った顔立ちに、すらっとした長い手足。上質なスーツを着こなしたオールバックの男前が私の父である。かっこいい。
私は父を見た瞬間、テプトアの腕の中から脱出した。
「あっ、リルお嬢様!」
テプトアの声に、父がこちらへと視線を向けた。驚きの表情を浮かべて足を踏み出す。
父が駆けつけるより早く、私は這って、階段を転がり、ポヨンッポヨンッと跳ねて父に向かって飛んだ。
「リル!」
少し変な方向に行きそうになったが、父はしっかり抱きしめてくれた。優しく撫でてから、腕の中の私を見る、その眼差しは愛おしいと言わんばかりに柔らかくて温かい。
「危ないだろう?痛くないかい」
困ったように笑う父に私は一つ頷く。
シュリンが物質化したこの繭は柔らかいのに結構頑丈だ。
以前脱走した時、同じように階段から落ちて、私は痛みを感じなかったからシュリンに平気か聞いたら、『ぜんぜんへいきー、もっとたかーいとこから落ちてもいたくないよー』と気の抜けるような声が聞こえてきた。
一心同体の相棒は痛みを感じていない。もしも感じた時は多分分かると思うし、私も無事ではない。なんとなくそう感じる。
それにもしもシュリンが痛い思いをすると分かっていたら、絶対にこんな事はしない。
「良かった。あまり危険なことはしないで欲しいな?父様びっくりして心の臓が止まってしまうよ」
ごめんなさいの気持ちを込めてもう一度頷いた。
「いい子だね。大好きだよ、リル」
私の頭部分に、父が口付けた。
私も大好きだよ、ちち。
「今日は、リルの兄様になるかもしれない子達と一緒に帰ってきたんだ。庭に案内させているから、私と一緒に挨拶しに行こうか」




