3聖者
「このような時間ではご迷惑になるのでは」
夜明けが近い時間帯に呼び出すことに躊躇いのあったホーファードが神官に尋ねると、神官はスッと視線を流しシュリンに固定した。
周囲で自由に動き回っているシュリンは人間の視線を気にすることなく思い思いに行動している。
「シュリンがいつこの場からいなくなるかわかりません。できるだけ早い方がいいかと。緊急連絡用の魔道具を所持しています。お呼びしても宜しいですか?」
ホーファードはゆっくりと頷いた。
「可能であれば、こちらとしては来て頂きたい」
「わかりました」
神官が動き始めると同時に部屋の扉をノックする音が鳴り、ホーファードはリルをベッドの上へと下ろしそちらへと足を向ける。
部屋の外には執事長と侍女長、他数人の使用人が駆けつけていた。
「旦那様、先程大きな音が聞こえてきましたが何が起きたのですか」
落ち着いた声音で問いかけてきたのは執事長のオルランだ。あれだけ派手に窓が割れ、室内からは衝撃音が聞こえたのだ。ホーファードが使用人達の立場だとしても、気になって仕事が手につかないだろう。
これ以上動揺が広がらないようにと冷静さを保つ中年の男は、先代の頃から侯爵家に仕えてくれている執事だ。流石だなと、ホーファードも普段通りを装って返答する。
「詳しい説明は少し待ってくれ、今は余裕がないんだ。神官様も私も無事だから、心配しなくていい。……アビアメーネは」
侍女長が少しだけ前へと出る。
「おやすみになられました」
「そうか、……今からはこの部屋には誰も近づかないように」
「承知致しました」
幾つか指示を出してからホーファードが部屋へと戻ると、連絡を終えた神官が腰帯についた小袋に魔道具を仕舞っているところだった。
「お待たせしました」
「こちらも先程説明が終わりましたので大丈夫ですよ。聖者様はじき来られると思います」
神官がホーファードに告げ終わった直後、ふわりと風が吹き抜けた。
「よし、ここであってるな」
少年から青年に差し掛る時期特有の、少し低めの声がホーファードと神官の耳に届く。
声のした方へと向いたホーファードの視界には、純白の長衣に、同色の金の刺繍が施された外衣を纏う十代前半の少年が立っていた。
移動に神力を使ったのだろう。光の粒が聖者の周りを舞っていた。神聖な気配を放つ少年から目が離せなかったホーファードは時が止まったように見つめ続ける自分に気づき、無遠慮だったかと目を伏せる。
「ああ、サシャテ様」
神官が聖者の方へと歩み寄る。
「聖者様、このような時間にご足労頂けましたこと、感謝致します」
礼を取ろうとしたホーファードにサシャテは一度手を振った。
「あー、そういうのいい。聖者って肩書きはあるけど平民だからさ、正式な場以外でお貴族サマに頭下げられたりすんのとか気まずいんだよ」
軽い調子で話しかけてきたサシャテにホーファードは目を丸くさせた。
貴族と平民の立場であればサシャテの態度や無礼な口調はよろしくないが、今少年は聖者としてここに立っている。神殿の中でも高位に位置する聖者に物申せる者は中々いない。
自らを犠牲にして尊い使命を全うする彼らに敬意を払わない者は、この地に生きる資格はないとホーファードは思っているが、礼を取るなと言われたら従うほかない。
「わかりました」
「ん。そこにいんのがシュリンか。へぇ、ほんと光ってんな。意外とかわいー感じじゃん」
近くでくるくると回っているシュリンを見下ろしたサシャテは、しゃがみ込んで手をそっと差し出した。
気付いたシュリンが回るのをやめ、よたよたと拙い足取りで手に近付いていく。
そっとサシャテの指先をシュリンが手で包んだ。
「話すことは可能でしょうか」
「わかんねぇ。とりあえずやってみる」
目を瞑ったサシャテを見ていたシュリンは、頭をこつんっと指先に当てた。シュリンの淡い光がサシャテを包み、キラキラとした無数の明かりが周囲に散っていく。
風がサシャテの薄茶色の髪を揺らした。
会話はない。おそらく念話で意思疎通を図っているのだろうと、ホーファードは終わるのをじっと待った。
「……。そういうことか、なるほどな」
時間はそう経っていない。
目を開いたサシャテは難しい表情を浮かべて手をよじ登り腕を走っていくシュリンを横目で眺めている。
「シュリンはなんと?」
「順序立てて説明してく」
肩に座り込んだシュリンから目を離したサシャテが立ち上がる。
そしてホーファードを見た。
「ここで命名の儀をして名を授けた。名付けをする事で世界、大地との繋がりができるのは知ってるな?」
「はい」
「今回起きたことは、大地との繋がりが原因だ。その…、なんて名だ?」
「リルです」
ホーファードが告げる。
「リルが大地と繋がった時にな、地脈とも繋がったみたいでリルの体内に地脈に流れる力が一気に入り込んできたんだ」
呆気にとられたのち、驚愕に目を見開く。
地脈は大地の生命線で、膨大な魔素が流れている。あり得ない、とホーファードは思った。
「は……地脈?そんな馬鹿な。人間が直接地脈と繋がるなど聞いたことがありません!」
声を荒げるホーファードに、サシャテは腰に手を当て俯きながら深く息を吐く。
「そう、普通はあり得ねぇ。精霊や聖獣ならともかくな。でもそういう人間がごく稀にいるんだよ」
「地脈には膨大な魔素が流れていると教わりました。……リルは大丈夫なのですか?」
「リルの体内に流れ込んでくる力をシュリンがリルを包むことで遮断してるから、今は大丈夫だ。徐々に自分で遮断したり、調整できるように、導くつってる。それまではシュリンの中から出せないらしい。あとは体内にある力を無意識に使わないように教えてやるんだと。加減も知らずに使ったら大変なことになるからな。最低一年、長くて十年はそのままだ」
「そんな……」
命が助かったことには安堵したが、その後続いた聖者の言葉はホーファードに悲しみを齎した。
現れた時はコレはなんだと驚いだが、大地の精霊には感謝をしている。リルを救ってくれたのだから。
何故かは分からないがリルは大地の精霊に好かれているのだろう。今も様子を窺うように複数のシュリンがリルの傍にいる。
しかし、最低一年、長くて十年もリルの姿を見ることはできないとは。成長するリルをこの目で確認する事ができなくなった事実は、ホーファードの胸を軋ませた。
「名付けが終わった後、攻撃魔法を受けたかのような衝撃が全身に走り、動けなくなりました。その場には私と侯爵様、そしてリル様しかいませんでした。侯爵様は私と同じ状態だったので力を使ったのは彼女ということになります。重力魔法に似ていましたが、私には魔力を感知できなかった。侯爵様もでは?」
今まで沈黙していた神官が口を開き、ホーファードに尋ねた。
「……そういえば。はい。吹き飛んだ時も魔法を使われた時に放たれる気配は感じませんでした」
「……私は、その時思ったのです。彼女は魔法を使ったのではないと。では何か。……サシャテ様は言いましたね。地脈から力が流れ込んだと。魔素とは言わずに、力と言った」
神官がサシャテを見る。
その目には重い真実を確かめようとする決意の色があった。
「彼女の体には何が流れ込んだのですか」
サシャテが瞼を閉じる。
「言わなくても分かるだろ?神殿関係者には知らされてるはずだからな」
「……やはり、あの力なのですね」
「お二人は一体何を……」
ホーファードは二人の会話についていけず困惑した。まだ何かあるのかと口の端が引き攣る。
「知りたいなら話すけど、話した内容を漏らさないように誓約魔法で縛らせてもらう。どうする?」
これから聞く話しはホーファードにとってあまりよくない内容なのだろう。直感的にそう感じたが、聞く以外の選択肢はない。
「誓約魔法をお願いします。リルに関することはどんなことだろうと知っておきたい」




