15ジルエンのパパとママ
ゆ~れ~るぅ~。
驚異のスピードで庭を駆け抜けるテプトア。
その腕の中にいる私は?もちろんグラングランと大きく頭が揺れてますとも。
庭から飛び出た私の侍女は、そのまま走って移動していたが私が揺れていることに気付いて速度を落とした。
「す、すみませんリル様。私、焦ってしまって」
優しく抱き直してくれるテプトア。
うん、視界がガタガタ揺れてしんどかったからスピード落としてくれて助かったよ。
それにしても、私は抱かれているだけなので苦労はないが、テプトアは急ぎ足で移動しているから疲れてるのでは?と思い視線を向けてみる。
汗ひとつかいてない、息も乱れてない、どれだけ体力あるの私の侍女。お庭からここまで結構距離あったのに。
侍女って体力もあるんだね。凄いな侍女……。
私が変なところで感心していると、玄関ポーチが見えてきた。
そこには姿勢良く立っている執事長のオルランがいて、私たちを視界に収めたオルランがゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
「執事長、実は先ほど庭にて」
テプトアが報告しようするも、手のひらを見せるように前へと出したオルランが話を遮る。
「ああ、知っているから報告は不要だ。旦那様にも既にお伝えしている。おかえりになられるまで待機しているように」
「分かりました」
え、もう父に連絡入れたの?
さっきの巨大シロツメクサ生えた事件からまだそんなに経ってないのに、報告が早すぎない?
オルランに頭を下げたテプトアが腕の中の私を見てきた。
「リル様、お庭に戻りますか?」
うーん、どうしようかな。
ジョントを庭に放置したままは可哀想だし戻ろっかなぁ。
悩みながら視線を彷徨わせていると、微かに眉を寄せどこかを見ているオルランの姿が目に入る。その視線の先を追ってみると、遠くに馬車が見えた。どうやら離れの方面にゆっくり移動しているようだ。
お客さんでもきた?
「お嬢様?」
テプトアが首を傾げて呼びかけてくるので、馬車の方を指差す。くうっ、ちゃんと伝わるかなこれ。
「……あれは」
テプトアはちゃんと気付いてくれたようで目で馬車を追っていた。
「アルジャダ伯爵家の馬車だ。連絡も寄越さず、急に訪問するなど無作法にもほどがある。日を改めるよう伝えたが、御子息に伝えることがあると言うばかりで帰る素振りをみせなかったのでな……。仕方なく離れに案内させた。旦那様のおられない今、邸に入れるなど以ての外だ」
いつもより低い声で話し出したオルランは相当頭にきているようで、目つきが鋭くなっていた。こ、怖い。
普段は穏やかな人で、散歩中の私がお腹を空かせてはいないかとおやつをそっと差し出してくれる、優しくて紳士なお爺ちゃんだ。そんな滅多に怒ることのないお爺ちゃんが怒るとかなり恐ろしく感じる。
がっしりした体つきで背も高いのだ、服越しでも分かる筋肉は盛り上がっている……威圧されたら誰しもが腰を抜かすだろう。
「ジルエン様は今庭園にいらっしゃいます、呼んで参りましょうか」
「いや、もう一人行かせてあるから気にしなくてもいい」
「そうですか……では」
踵を返そうとするテプトアの服を引いて待ったをかけた私は、腕から飛び降りた。
「リル様、どうしたんですか?」
「リルお嬢様、……そのお姿は」
あ、ニュースタイルの私、オルランに見られちゃった。なんだか恥ずかしいなぁ。
くねくねと体を捩っている……、場合ではない。
オルランには後でテプトアが報告してくれるだろう。今はそれよりもあの馬車だ。ジルエンの両親が乗ってるんでしょ?ご挨拶したい!
私はテプトアの足をぺちぺち叩き、馬車を指差す。すると、私の考えが分かったのかテプトアが嫌そうな顔をした。
「ダメですよリル様。私は嫌です。礼儀も知らない方たちにリル様を会わせるなんて、嫌ですからね」
えー、そんなこと言わないでよー。連れてってよー。
駄々っ子のようにその場で足踏みして馬車を指で指し続ける。ぴょんぴょんと跳ねて行きたいと強調していると、だんだんとテプトアの頬に赤みが差してきた。
「ううっ、可愛すぎますリルさまぁ……」
目をうるうるさせて私を見てくるテプトア。オルランが見てるよ、すっごい半目で見てるよ。
「テプトア……」
「だって、執事長は断れるんですか!? こんな可愛いリル様にお願いされて!」
少しの間を置いて、テプトアの言葉を華麗に無視したオルランが私に近寄り片膝をついた。
「……お嬢様、なりません。あの方々にお会いになるのは旦那様からお許しを得てからで……」
話している最中にも私は駄々を捏ねた。
オルランの膝をよじよじと登り胸元まで向かうと、首筋や頬、顎のあたりにすりー、すりー、と頭を擦りつける。
じいじー、連れてってー。
「……ッぐ」
微かにこもった呻き声が聞こえてきたので、覗き込んでオルランを見つめていると、見つめられた当人は眉の間を指で摘み天を仰いだ。
「……私も行きましょう。少しだけ、そうお約束してくださいますか」
やったー!分かったやくそくするー、ありがとオルラーン!
「執事長をも魅了するリル様、すごいです……」
「馬車を用意させます。暫しお待ちください」
オルランはそう言ったがそれほど待たずに馬車はやってきたので、三人で離れへと出発した。
数十分後、私が住んでる屋敷よりも小さいが立派な屋敷が窓の外に見えてきて、オルランの腕の中ではしゃぐ。
ジルエンの両親が乗っていた馬車はもう屋敷の近くに止まっていた。誰の姿も見えないので、既に中に案内された後なのだろう。
ゆっくりと停車した馬車から順に降りて、玄関へと進む。
使用人が待機していたのか直ぐに扉は開き、オルランと私、テプトアと中へと入った。
左手にある扉が開かれているので、そこにジルエンのママパパがいるのでは?と私は当たりをつける。オルランも迷うことなくそちらへと足を進めているので間違いない。
部屋に入った途端、強烈な香水の香りが鼻を刺激した。
『くさー』
シュリンが反応したので同意する。
く、くさい。部屋に入る前からなんだこの匂い、と思っていたが。これはジルエンママの香水の香り?ちょっとつけすぎでは?
つけたどころか被ったのでは、と考えるほどに凄まじい匂いだった。
テプトアは目を伏せて、両手をぐっと掴んで我慢しているし、オルランは咳払いで誤魔化している。
「失礼いたします。我が主人、ホーファード様の御息女であらせられるリル様が、ジルエン様のご両親に面会したいとのことでまいりました」
オルランの言葉にソファに腰掛けていた二人が勢いよく立ち上がった。
ジルエンの父親であろうその人は、同じ茶色の髪に紅茶色の目をしていて、顔立ちが似ていた。違うのは体形で、ふくよかで横に大きい。それより目につくのは、装飾品だ。じゃらじゃらと指にも手首にも、首元にも大量のアクセサリーをつけていて、どこの成金だと言いたい。
母親の方はジルエンと全然似ていない。鮮やかなルビー色の髪に藁色の目。年齢に合っていないひらひらフリフリの可愛らしいドレスを着ているのに、胸元は大胆に開いていて豊満なそれを見せつけている。
二人並ぶと違和感がすごい。
コント用の装いですか?
「おお、それはそれは! 私もお会いしたいと思っていたのだ。で、リル嬢はどちらに?」
満面の笑みで問いかけたジルエンパパに、オルランはいたって冷静に、静かに告げた。
「今、私の腕の中におられますのがリル様でございます」
「…………は?」
「そ、その白いのがリル、さん?」
二人の顔は引き攣っている。
はーい、私がリルですよジルエンパパママー。はじめまして!
ジルエンママが私を白いの呼びしたことに眉をぴくりと動かしたオルラン。お、怒ってる?
「ファムア! 口を慎め!」
「も、申し訳ございません」
ジルエンパパに叱られたジルエンママが、頭を下げた。
「リ、リル嬢、初めてお目にかかる。私はジルエンの父親のゴヴィット・アルジャダだ。この度はお会いできて大変嬉しく思っている」
「わたくしはファムア・アルジャダ。ジルエンの母ですわ」
ジルエンパパはなんとか表情を取り繕っていたが、ママは駄目だった。憐れみと同時に見下したような眼差しでこっちを見てくる。
ふむふむ、そういう人ね。
「リル嬢はまだお小さくて可愛らしい、手に持ってるのはガラス細工かね? それとも宝石か。いやはや、美しい。……少し見せてもらっても?」
ジルエンパパが近づいてくる。
その目はシロツメクサを完全にロックオンしていた。
私が持っているから高価なものなんじゃないかと思ったようで、飢えた獣のように目をギラつかせながら確かめようとしてくる。
ゲスい。この人、ほんとにジルエンのパパかな。怪しくなってきた。
ジルエンママはつまらないと表情に出しているものの気になってはいるのか、ジルエンパパの後に続く。
香水警報発令!
至急窓を開けて換気されたし!だれかぁー!
「父様、母様!」
その時、聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。
ジルエンきたー!




