12絵本『旅うさぎと傷だらけの王子』
ヴァンゼスが椅子同士を引き寄せて、片側に座った。
「おいで」
空いている方に来いということかと、ピョンと飛び乗り、机の方へと体を伸ばす。
が、ちょっとこの態勢で本を見るのはつらい。
もう一度飛んで机の上で絵本を見ることにした。
クスリと微かに笑ったヴァンゼスに、早く読んでと机に体を打つけ、ぽふぽふと音を立てて訴えた。
「うん、わかった」
絵本を机に置いたヴァンゼスが表紙を撫でて、本を開く。
♢♢♢
あるところに、旅をしているうさぎたちがいました。
かれらは、みんな家族。
各地を転々と移動しながら、その日暮らしをする日々。
ある日、女神さまがうさぎたちの前に現れて、こう告げました。
わたしの目となり。耳となり。
世界の様子を教えてくれませんか?と。
うさぎたちは話し合い、決めました。
わかりました。
この世界の美しいところも。
醜いところも。
悲しみも、喜びも、痛みも。
すべて女神さまに見せ、聞かせます。
かれらは、旅を続けました。
旅自体は今までしてきたこと。
うさぎたちに苦痛はありません。
各地をめぐり、美しい風景や、動物たちのいとなみ、人間たちのようす。
すべてを女神様に。
目で見て。耳で聞いて、伝えました。
女神さまは、とても喜び、うさぎたちに祝福をあたえました。
どんなにつらい旅でも、疲れにくいからだ。
傷を負っても大丈夫なように、いやしの力を。
うさぎの王女には『女神の愛し子』という称号をさずけたのです。
かれらは大喜び。
そして、旅にでました。
女神さまに、この世界のようすを伝えるために。
ある日、うさぎの王女は小さな国の王子と出会いました。
その王子は傷だらけで、痛そうで。
うさぎはゆっくりと、王子に近づきました。
王子はうさぎに気づきましたが何も言わず、じっと見ているだけです。
警戒していた王女は、近づいても反応を見せない王子にほっと息をつきました。
そして、うさぎの王女は、王子にいやしの力を使いました。
ぺろぺろと王女が傷をなめると、たちどころに傷がなおり、王子は驚きます。
王子の傷はいたるところにあり、あっちこっちを舐めていやすのはひと苦労です。
うさぎは、涙を一つ王子の手に落としました。
しずくは波紋のようにひろがり、王子の傷をすべて治しました。
満足したうさぎの王女は、王子の膝にすわり、全身をかくにんします。
すると上からくすり、と笑い声が聞こえてきました。
王子はひとこと、
『ありがとう』
と、うさぎに言い、うさぎの小さな体を抱きしめました。
人間に触れられたことのなかったうさぎはびっくり。
しかし、あたたかな人間の体温と、うさぎをそっとつつむ腕に優しさを感じ、ながいながい旅の疲れがいやされるような心地になったので、おとなしく抱かれていることにしました。
それからうさぎの王女は、ときどき王子のようすを見に、城へと通うようになりました。
いつ見ても、王子は傷だらけ。
うさぎは王子がかわいそうでたまりませんでした。
いつものように王子の膝にのり、かれのからだをいやします。
王子はほほえんで、『ありがとう、わたしのかわいいうさぎ』と、まいかい撫でてくれます。
王女は嬉しくて、かれにすりすりとからだをすり寄せました。
しかし、なぜ、いつも傷だらけなのか。
うさぎは気になりました。
王女は城にひそみ、原因をしります。
王子は城のものたちに痛めつけられていました。
魔力をふやすため、強大なちからを手に入れるためと、魔法陣の上にいる王子を、剣で切りつけ、魔法をはなち、傷つけます。
うさぎは怒りにふるえました。
おとなしく攻撃をうけとめ、たえている王子があわれで。なみだがあふれてきます。
この胸の痛みはなんなのか。
王女は気づきました。
この人間が好きなのだと。
王女は城のものを止めようと駆けだしました。
しかし、それを王子は許しませんでした。
今まで優しい眼差しでうさぎを見ていた王子は、するどい目つきでにらみ『くるな!』と叫びます。
そんな王子におどろいたうさぎ。
足がとまり、動けません。
城のものがざわついて、あたりをキョロキョロと見ています。
うさぎは見つかりそうになりましたが、王子が注目をあつめるように言葉を告げて、みつかることはありませんでした。
その日から幾日かすぎ、うさぎの王女はふたたび、王子に会いに行きました。
ですが、王子に怒鳴られたのがかなしくて、姿を現すことができません。
影からそっと見ていたうさぎに、王子が気づき優しく声をかけました。
『この間は怒鳴ってすまなかった、こっちへおいで』
うさぎは王子の膝で話を聞きました。
王子の国は小さくても豊富な資源があり、他の国にねらわれている。
だから、王子として力をつけて、この国を守る。そのために試練を受けているのだと。
聞いてもうさぎはなっとくすることができませんでした。
それは王子だけが負わなければいけないことなのかと。
みなが力を合わせて、立ち向かえばいいのではないかと。
うさぎの王女が、家族とそうしてきたように。
くいくい、と王子に頭をこすりつけて見つめます。
王子は、かなしく微笑むだけでした。
ある日、小さな国に、敵が攻め入ってきました。
王子は立ち向かい、圧倒的な力で勝利します。
戦いはおわり、うさぎはようやく王子が痛い思いをすることがなくなると、安心しました。
けれど、ことはそう上手くはいきませんでした。
敵を殲滅した王子を恐れるものが現れたのです。
王子は二番目の王子でした。
王太子の座をうばわれることを恐れた第一王子が、うさぎの愛する王子の命をねらったのです。
王子はていこうしませんでした。
どんどん傷だらけになり、王子の命が失われそうになったその時。
うさぎは振るわれた剣の前に、飛び出しました。
小さな柔らかなからだが斬られ、赤色の雫がちり、うさぎは地に転がり、倒れました。
王子は叫び、うさぎに駆けよります。
うさぎは、王子に抱かれ、嬉しくなりました。
もう、痛くないよ、だいじょうぶだよ。
涙をこぼし、王子をいやします。
そして、うさぎの王女は女神のみもとへと、最後の旅にでました。
王子の腕のなかで、目を瞑ったまま動かなくなったうさぎはもう息をしていません。
王子は涙を流し、
『わたしにも治癒魔法がつかえたら、愛しいうさぎを助けられたのに』
と言い、その場にいたすべてのものの命をうばいました。
王子は、王になり、ながいながい時間を、国のため、民のためにつかいました。
そして、その生が終わるまえに、うさぎのお墓へと向かいました。
『わたしの愛しいうさぎ、もう君のもとへいってもいいかな』
『わたしは頑張った。だから君にもう一度会う権利を、……どうか女神さま』
王子はお墓を抱きしめ、その生涯を終えました。
♢♢♢
絵本を読み終えたヴァンゼスは息を吐いて、机に乗って絵本を覗き込んでいた私を見る。
「おしまい」
…………。
救いがない。悲しい、悲しいよヴァンゼス君!
うさぎが飛び出していったところで嫌な予感がしたんだよ。うさぎーっいくなーってちょっと前のめりになってしまった。
女神様が現れてうさぎを生き返らせてくれて、王子と幸せに過ごしました、ハッピーエンド。
……では駄目だったんでしょうか、作者さん。
ヴァンゼス君はこの絵本のどこに惹かれたの?
私はプルプルと体を震わせ、後味の悪い読了感に耐えた。
「悲しいお話だけど、この王子は本当にすごいと思うんだ。傷だらけになっても、国のためにひたすら努力した。そして力を手に入れたんだ」
王子が墓石を抱いて眠っている絵を、ヴァンゼスが指で優しくなぞる。
「ぼくも、王子のように頑張れば……いつか」
いつか?
言葉は続かず、黙り込んだヴァンゼスは、私に向けて微笑む。
その表情に、どこか切なさを感じた。
「あとね、もしかしたら悲しいお話じゃないかもしれないんだ。ここみて?」
ヴァンゼスが最後のページを開くと、そこにはたった一行だけ文字が書かれていた。
「この物語は、まだ終わっていない。そう書かれてあるんだよ。続きが出るかもしれない。……この絵本が発売されてもうずいぶん経ってるから、出るかは分からないけどね」
ゆっくりと絵本が閉じられた。




