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追放された魔力ゼロの土壌オタク、モフモフ神狼の落とし物で死の大地を豊穣の楽園に変える~土を殺した兄は地脈枯渇で破滅する~  作者: 黒崎 隼人


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第6話「銀狼の恩返しと豊穣商会の幕開け」

 岩陰の小さな水場から始まった開拓は、数週間の時を経て劇的な変化を遂げていた。

 かつてはひび割れた赤茶色の地面がどこまでも続いていた荒野の一部が、今や見渡す限りの緑と黄金色に染まり返っている。

 風が吹き抜けるたびに、腰の高さまで成長した麦の穂が波のようにうねり、ざわざわと命の音を奏でた。

 ルヴァが毎日残してくれる黄金の恩恵を土壌微生物と混ぜ合わせ、発酵床を作る。

 完成した極上の堆肥を荒れた地面にすき込み、収穫した麦の種を蒔く。

 その単純な工程を繰り返すだけで、土地は信じられない速度で魔力を蓄え、作物を爆発的に成長させていった。


「アルト、こっちの収穫も終わったわ」


 リリアの声に振り返ると、彼女は自身の背丈ほどもある巨大な籠を抱えて立っていた。

 強靭な麦の茎を編み込んで作った手製の籠の中には、はち切れんばかりに実った黄金の麦が山のように積まれている。

 彼女の額には汗が光り、泥で汚れた衣服はすり切れているが、その表情はかつてないほどに明るく輝いていた。


「ありがとう。こっちの脱穀もすぐに終わる」


 アルトは石で作った手製の農具を置き、手の甲で額の汗を拭う。

 彼の手のひらは厚い皮で覆われ、泥と草の汁で染まっていたが、その痛みすらも心地よい達成感に満ちていた。

 二人は収穫したばかりの麦を岩陰の広場に運び込み、大量の食料の山を見上げる。

 飢えの恐怖はもはや微塵も残っていない。

 しかし、同時に新たな問題が彼らの前に立ちはだかっていた。


「これだけの量、私たちとルヴァ様だけじゃ到底食べきれないわね」


 リリアが籠を置きながら、少し困ったようにため息をつく。

 作物の成長速度が異常すぎるため、消費する速度よりも生産する速度のほうが遥かに上回ってしまっているのだ。


「ああ。それに、これ以上の開拓を進めるには、石の道具じゃ限界がある。鉄のカマやクワ、それにまともな服や塩も必要だ」


 アルトは自分のボロボロになった外套をつまんでみせる。

 彼らが生き抜くための最低限の基盤は整った。

 だが、この豊穣の地をさらに広げ、いずれ兄の治める侯爵領の衰退に対抗するためには、外界との繋がりが不可欠だった。

 問題は、この莫大な量の作物をどうやって外界の街まで運ぶかだ。

 馬車もない荒野の真ん中で、人間の足だけで運べる量には限界がある。

 二人が考え込んでいると、高い岩の頂上に立っていたルヴァが不意に空を見上げた。

 ルヴァは深く息を吸い込み、胸を大きく膨らませる。

 次の瞬間、大気を震わせるような甲高い遠吠えが荒野の果てに向かって放たれた。

 ビリビリと空気が震え、麦の穂が強風に煽られたように大きく傾く。

 遠吠えの余韻が消え去った後、周囲には再び静寂が降りてきた。


「ルヴァ様、どうしたの……?」


 リリアが不安そうに見上げるが、ルヴァは静かに岩を降り、アルトの傍らに座り直した。

 それから数十分後、荒野の地平線の彼方から、土煙を上げて近づいてくる複数の影が現れた。

 アルトは警戒して身構えたが、ルヴァはまったく動じない。

 影が近づくにつれて、その正体が明らかになる。

 それは、ルヴァよりは一回り小さな、馬ほどの大きさを持つ十数頭の狼の群れだった。

 彼らの毛並みは本来なら銀色に輝いているはずだが、今は薄汚れ、あばら骨が浮き出るほどに痩せこけている。

 過酷な環境と人間たちの迫害によって、飢えと疲労の限界にあることが一目でわかった。

 群れの先頭に立つ片目に傷のある狼が、ルヴァの前に進み出て、深く頭を下げる。

 喉を鳴らして何かを訴えかけているようだった。


「ルヴァ様の同胞たちよ。助けを求めて、この地にたどり着いたみたい」


 リリアが狼たちの鳴き声を聞き取り、アルトに翻訳して伝える。

 アルトは迷うことなく、山積みになったパンと麦の山へ歩み寄った。

 籠いっぱいに詰め込まれた作物を抱え、狼たちの前へと運ぶ。


「腹が減っているんだろう。好きなだけ食べてくれ」


 アルトが地面に作物を広げると、狼たちはルヴァの許可を求めるように視線を向けた。

 ルヴァが短くうなずくと、群れは一斉に麦とパンに食らいついた。

 ガツガツという激しい咀嚼音が響き渡る。

 魔力と生命力に満ちた奇跡の作物は、彼らの枯渇した肉体を瞬く間に満たしていった。

 信じられないことに、食事を進めるにつれて彼らの薄汚れた毛並みが本来の美しい銀色の輝きを取り戻していく。

 浮き出ていたあばら骨の周囲に筋肉が膨らみ、瞳には力強い光が宿った。

 食事が終わると、片目の狼がアルトの前に進み出た。

 そして、濡れた鼻先をアルトの手のひらにそっと押し当て、深い敬意を示すようにその場にひざまずく。

 他の狼たちもそれに倣い、一斉にアルトに向かって頭を垂れた。

 ルヴァだけでなく、群れ全体がアルトを主として認めた瞬間だった。


「これなら……いけるかもしれない」


 アルトの脳裏に、かつてないほど巨大な計画の輪郭が浮かび上がる。


「リリア。俺たちはこれから、ここで生産した作物を外界の街へ売りに行く。この狼たちに荷を運んでもらえれば、馬車の何倍もの速度と量を運べるはずだ」


 アルトの言葉に、リリアは目を丸くした後、嬉しそうに顔をほころばせた。


「それなら、ただの農家じゃなくて、商売を始めるってことね」


「そうだ。俺たちの手で、この世界に新しい流通の血を通わせる」


 アルトはどこまでも続く黄金の麦畑と、自分に忠誠を誓う銀狼の群れを見渡した。

 魔法による搾取で土を殺す兄のやり方とは真逆の、命の循環による正当な成り上がり。


「今日から、俺たちは『豊穣商会』だ」


 アルトが力強く宣言すると、ルヴァと狼たちがそれに呼応するように一斉に遠吠えを上げた。

 命の熱を帯びた風が、荒野を越えて人間の住む領域へと吹き抜けていく。

 追放された無能な青年が、世界を根底から覆すための最初の一歩を踏み出した瞬間だった。

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